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第十四話~トランス~



 多勢に無勢だけれど、素人目にもマサが完全に押しているように見えた。

 そのせいなのかは分からないが、騎士たちが度々彼を罵倒する言葉を放っている。

 下手な口出しをしてマサに隙が生まれでもしたらマズイと思い黙っていたが、いいかげん我慢ができなくなった私は、ついにその心のままに行動を起こすことにした。

 食糧袋から手の平大の硬い芋を取り出し、1番腹の立つ発言の多いペイント付き甲冑男を目掛けて乱暴に投げつける。


「なっ!?」


 さすがに避けられてしまったが、私の行動が意外だったのか、マサを含む全員がこちらを向き、戦闘が一時中断された。

 騎士たちはフルフェイスの面を着用しているため表情は分からないが、マサはハラハラと擬音が聞こえそうな程度には心配顔だ。

 普通の人には、ご機嫌斜めでどう気を晴らすかと物騒な考えを巡らせているような凶悪顔にしか見えないかもしれないが……。

 とにかく、自分に注目が集まったのを良いことに、私は身の内に渦巻く感情を吐露し始めた。


「……ッタマきた。アぁッタマきた。

 貴方たち一体何様のつもり?

 たかだか噂を真に受けて彼を極悪人と勘違いするなんて、王国騎士ってヤツが聞いて呆れるわね。

 誰か、マサが実際に人を害する姿を見たことあるの?

 ねぇ、偏見なしに彼と接してみたことある?

 まさか1度もなくて、そんな人を人とも思わないような罵詈雑言吐きまくっているわけじゃあないわよねぇ?

 お国を、背負う、お偉い、騎士様が、ま・さ・か、事実も調べずに想像だけで人を罵るなんて真似するわけないわよねぇ?

 どうなの? ねぇ。

 ど・う・な・の・か、って聞いてるのよ!」


 ダンッ!

 と右足で床を大きく踏み鳴らす。

 けれど、誰1人として問いかけに答える者はおらず、部屋の中はシンと静まりかえった。

 それがさらに私の怒りを増長させる。


「あぁっ、そう!

 答えられないんだ? 否定しないんだ?

 へぇ、そうなの! 騎士様ともあろうものがね!

 ふぅん、そうなの! これがこの国の正義ってわけ!

 今だって、彼は自分が無実の罪で襲われているにも関わらず、貴方たちを傷つけないように気を付けて戦っていたのにね!?

 全くの素人にだって分かることが、どうして戦闘のプロである貴方たちに分からないのかな!?

 はっ! バッカみたい!

 変な思い込みに囚われているから、簡単な真実にも気付けないんじゃない!

 何が鮮血の悪魔よ!

 趣味の悪いあだ名付けて喜んじゃって、子供じゃあるまいし!

 大体ねぇ! 最初に言ったように、私は私の意志で彼の傍にいるの!

 なのに、勝手に助けるだなんだって……貴方たち正義って言葉に酔いでもしてるのかしら!?

 それに振り回されるこっちはホンットいい迷惑よ!

 誰に何吹き込まれたんだか知らないけど、話ひとつで簡単に踊らされちゃってさ!

 それで何が王国騎士!? 笑わせんじゃないってーの!

 自分の頭で考えるってことを知らないわけ!?」

「あ、あ……アミ、その……も、もうその辺で……俺は別に……」


 なぜか、顔を真っ青にさせたマサが挙動不審に弱々しい声で話しかけて来た。

 私は、そんな彼を鋭く睨んで怒鳴りつける。


「マサもマサよ!」

「……っへ?」


 途端、驚きに目を見開いて、ザッと音を鳴らしながら大きく後ずさるマサ。

 そんな彼の反応お構いなしに大股で距離を詰め、人差し指を向けながら口を開く。


「なぁに黙って悪人認定受けちゃってるわけ?

 ちゃんと否定しなさいよ、否定を!

 それの結果がどうとか、どうでもいいのよ!

 否定したって事実が大事なのよ! 分かる!?

 沈黙しちゃうとね!

 無意識に自分の中でもソレが肯定されていっちゃうんだから!

 だから、違うことは違う、嫌なことは嫌ってちゃんと口に出さなきゃダメなの!

 どうせ通じないしーだなんて言い訳して、自分のことを諦めてるんじゃない!

 いちいち私にスマンだ何だ謝る暇があったら、どう改善したらいいのか考えなさい!

 そりゃね? 否定を続けるってのはとっても大変で気力のいることよ!?

 でも、だったら、その時は周りの人を頼りなさい!

 1人で何とかしようとしなくていいの!

 黙ってたら、こっちだって助けていいのかどうか分かんないでしょう!

 分かった!? 分かったら、返事は! 返事!」

「……えっ、あ、お……おぉ」


 思わず、といった風にマサはコクコクと首を縦に振った。

 彼が頷いたことに満足したのか、私の激情はそれから急速に萎んでいく。

 そして、ふと正気に戻った頭で己の所業をかえりみて、一気に顔から血の気が引いた。


 う……あ……わ、私、何てことっ……。

 この世界に当てはまるのか知らないけど、騎士って確か、ある程度身分がないと就けない職業だったような……。

 だとしたら、身元もろくに分からない私なんか向こうの気分ひとつで処分……なんて……ひぇぇ!


 恐る恐る騎士たちの様子を窺うと、未だ微動だにしない彼らの姿が目に入った。

 マサの服の裾をクイクイと引っぱり屈ませて、私は彼に向き直り小声で話しかける。


「どっ、どっ、どうしよう。

 興奮しすぎて内容あんまり覚えてないけど、とんでもないこと言っちゃった気がするっ。

 あっ。ま、マサも……ごめんなさい。

 私、怒りすぎると見境なく説教しちゃう癖があるみたいで、その……」

「えっ。あー、そうか。

 ……いや、俺は別に構わんのだが」


 問題は……と2人で騎士たちへ顔を向ける。

 すると、ペイント甲冑の男が口だと思わしき場所を手で押さえカタカタと震え出した。

 小娘に好き勝手言われて激昂してしまったのだろうか……。

 私は非常に不安な気持ちでマサの服に縋りついた。















◇ ◇ ◇ ◇ ◇
















 里の者が俺を責める声が頭の中で幾重にも響いていた。


 団長の指示で熟練した連携を見せる騎士たちを、俺は無感動に眺める。

 同時に向かって来た3人を反射的に斧で薙ぎ払おうとして、それが当たるギリギリのところで正気に返った。

 咄嗟に太刀筋を変えて各々の獲物を飛ばすに留める。

 あのまま振り抜いていたら、全員胴から真っ二つになっていたことだろう。

 過去に引きずられて、取り返しのつかないあやまちを犯してしまうところだった。


 平常心を取り戻した俺は、背後のアミと前方の騎士たち、それから可能な限り宿も壊さないように細心の注意を払いつつ、次々と繰り出される攻撃を時に受け止め、時に受け流した。

 彼らが疲れに膝をつくのが早いか、攻めるだけ無駄なことを悟るのが早いかは分からないが、どちらにせよすぐに片が付くはずだ。

 そう考えて防御に徹していたのだが、突如、真後ろから見覚えのある塊が団長を目掛けて飛んでいった。

 以前、町で買った日持ちのする芋だ。

 そして、俺の後ろにいてそんなことができるのはたった1人。

 ……そう、アミだけだ。

 驚いて振り向くと、いつだったかの黒い空気を纏ったアミが投擲の形を取ったまま醒めた目つきでこちらを見ていた。


 っ止めろ、アミ。

 ヘタに手を出すと、お前まで悪だと勘違いされるかも知れないんだぞ。

 こんなことで間違って投獄でもされようものなら、悔やんでも悔やみきれん。


 当然、そんな俺の気持ちが通じるはずもなく、彼女は姿勢を正し眉間に皺を刻んで静かに口を開いた。

 その内容によると、どうやら今回の怒りは俺が騎士たちに言われのない中傷を受けたことに起因しているらしい。

 アミは俺に付き纏う聞くに堪えない噂をありえない話だと一蹴する。

 それが俺にとってどれだけ嬉しいことか、彼女には分かるまい。

 こんな『立てば死神、座れば悪魔、歩く姿に人が死す』などと囁かれる俺を、ほとんど無条件で信用してくれる者など他にはいない。

 少しは仲が良いと思っていた奴らにしたって、いちいち真偽の程を尋ねてくる始末だ。

 冗談混じりならまだしも、真剣な顔で聞かれてしまうのだから救いようがない。

 これまでも彼女という人間は俺の心の大部分を占めていたが、この一件で何者にも代えがたい唯一の存在になった。


 …………のだが。

 正直、今のお前は怖すぎるぞ、アミ。


 視線をやれば、あの精鋭揃いの騎士たちが一切の反論も出来ずに棒立ちになっている。

 ……さもありなん。

 怒りの矛先が自分に向けられている訳でもない俺ですら、心身が委縮するのを止められないのだ。

 動けば死ぬと言われれば納得しそうなほど極限まで張りつめられた緊張状態に、あぶら汗が流れる。

 まるで瘴気でも纏っているかのような、何とも重苦しい空気に窒息してしまいそうだ。

 前回はすぐにいつもの彼女に戻ったから分からなかったが、そうでなければ俺もこんな風に責められていたのだろうか?

 それを考えると身震いがした。


 だが、何と言っても今彼女が睨みつけているのは王弟だ。

 横暴な人物だとは聞かないが、それでも機嫌を損ねれば不敬罪で処分されることだってあり得る。

 今のアミに声をかけるのはかなりの度胸が必要だが、いい加減に止めなければ彼女の身が危ないかもしれない。

 乱れる呼吸を整え、俺はなけなしの勇気を振り絞って彼女に話しかけた。


「あ、あ……アミ、その……も、もうその辺で……」


 自分自身のこんなどもった声を聞いたのは初めてだった。

 直後、アミに鋭い目を向けられてギョッとする。

 反射的に身を引くと、完全に意識を騎士から俺に変えた彼女が指をさしながら間近に迫ってきた。

 彼女の迫力に気圧されてあまり話が耳に入ってはいなかったが、返事はと言われ、つい頷いてしまう。

 感情を出し切って満足したのか、アミはそれから緩やかにいつもの表情に戻っていった。

 かと思えば、いきなり顔面を蒼白にして先ほどまでとは打って変わって怯えた様子を見せる。

 どうした、と聞く前に彼女は俺を屈ませて小声で話しかけて来た。


 正気に返って、騎士相手に暴言を吐く真似をした危険さを理解したらしい。

 しかし、ほんの少し前の記憶も残っていないとは、どんな怒り方だ。

 と、考えたところで説教された内容を今さら思い出して、心の内で苦笑いが漏れた。

 騎士相手にしていた時のような容赦ない責めとは違い、俺に対してのソレはむしろ子を心配する母親のような風情だったな、と思う。

 しかし、自分を諦めるなとは痛いところを突かれたものだ……。

 彼女の言うように、人を頼ることを覚えれば少しは何かが変わるのだろうか。

 思考に耽っていると、今にも泣きだしそうな顔をしたアミが俺に謝って来た。

 俯きがちになる彼女に、気にしていない旨を告げる。

 そんなことより問題は……と言葉を途中で切って視線を上げると、団長はショックを受けているのか口に手を当てて震えていた。


 もし、こいつが怒り任せにアミを捕えようとでもしたら、庇ってくれた彼女には悪いが、俺は自分の持てる力を全て使ってでも騎士たちを止めるだろう。

 アミを失うくらいなら、たとえ一国を敵に回したとしても後悔はしない。

 それが原因で真に悪として追われる身になろうとも構わない。

 ただ優しいだけの彼女が理不尽な責め苦を負うなど、たとえ彼女本人が受け入れたとしても、俺は耐えられそうにない。

 だから、絶対に守る。


 弱々しく服に縋りついて来る彼女を前に、心の底から本気で強くそう思った。




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