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第十二話~選択~



 魔獣車の利用を支配人に土下座で断られた私たちは、徒歩で王都へ向かった。

 多くの人が利用する石畳の道は、平坦で安全であることを重視されて作られているため、少しばかり遠回りになっている。

 私たちは、様々な理由からその道を外れ、最短距離を行く選択をした。


 町を発ってから1週間。

 途中、特に障害物もない場所で久方ぶりにマサに走ってもらって時間短縮しつつ、ようやく王都に辿り着く。

 さすが、大国の中心都市なだけあってそのスケールの大きさは今までの比ではない。

 不思議な素材で出来た、端の見えないクリーム色の分厚い城壁。

 様々な形をとっている真っ白な家々。

 中央にそびえ立つ、サグラダ・ファミリアを思い起こさせるようなデザインの絢爛な城。

 常に清掃員が入っているらしい清潔感のある街並みは、中々に好印象だ。

 広場は情報板や旅の一座の芸に群がる人々で溢れ、すぐ傍の通りでは屋台が所狭しと並び良い香りを漂わせている。

 巡回の兵士がやたらとウロついているのは堅苦しいが、その分治安も良いらしいので、苦言を呈する者はあまりいないそうだ。


 マサは、なぜか敷地内に専用の風呂が作られている高級な宿の1室を借りた。

 これが他の男なら『何ぞ不埒なことを企んでいるのでは』と勘繰るところだが、相手はマサなので『人も多いし、安い宿は埋まっているなど何かしらの理由があるのだろう』と1人で納得していた。


 それから、再び外へ繰り出した私たちは、お米を探すべく商業区へと足を運ぶ。

 すると、案外あっさりと見つかった目的の農作物は、ヤスの言っていたように非常識な値段がついていた。

 やはり無理にここで買わずとも良いのではないかとマサに進言してみたのだが、彼は折れるつもりはないようだ。

 それでも必死に主張を続け、何とか最低限の量だけ購入するように話をつける。


 何だかんだ言いつつも、久しぶりに対面したソウルフードに心躍らずにはいられない。

 手に入れた米はそう多くないので、希望して私が持たせてもらうようにした。

 落とさないように縛り紐を手首に括りつけて、さらに両腕で大事に抱え込んだ。

 揺れる麻袋から時折聞こえて来るシャラシャラという音が愛しい。


 様々な国の人間が集まるらしい王都では、元の世界のように、看板に同じ内容の事柄が数種類の文字を使って書かれている。

 おかげで、付与された言語能力がこの世界ほぼ全種族のものをカバーしているのだと認識することができた。

 少し与えられ過ぎな気もしたが、それならそれで通訳や翻訳の仕事などに利用しても良い。

 元手もかからないし、マサがいれば悪いようにはならないだろう。

 そうでなくとも、そろそろお金を稼ぐ方法を探し始めるべきだ。

 そんなことを思った私は、何か必要な物はあるかと聞いてくれたマサに頼んで、ギルドへ連れて来てもらった。

 巨大な4角錐の白い建物に、見渡す限りの人、人、人。

 前の町で見たギルドとは比べ物にならないほどの規模の大きさに驚きながら、これならば私に出来る仕事も幾らかあるかもしれないと期待して足を踏み入れた。


 マサがついているので、哀しいかな当然私たちに混雑など関係なかった。

 ……確かに彼は尋常ではない顔をしているし、実力も相当に高い。

 おそらく、引き金に指をかけた状態の拳銃を額に押し当てられてでもいるような、そんな気分がするのだろう。

 私はそれに弾が入っていないと知っているから恐れもしないが、そうでなければ避けるのも道理だ。

 しかし、町中と違い彼程ではないにしろ強面や厳つい体躯を持った人間も少なからずいるというのに、揃いも揃って軟弱な。


 ギルドの登録労働者において、実は明確な職業というものは存在しない。

 受けた依頼の内容によって、それに見合った業種のポイントが溜まる仕組みになっているからだ。

 例えば、狩士や傭兵、他にも採集士、加工師、教鞭士、裁縫師、家事雑用士などとにかく多種多様な業種が設定されていた。

 階級以外に受注条件は定められていないので、誰でもどんな職の仕事でも請け負う事が出来るようになっている。

 掛け持ちの多い人間などは、各業種のドッグタグをジャラジャラと鳴らしながら歩いているそうだ。

 ちなみに、そういった人間が名乗る際は、1番高い階級の職業を告げるのが一般的らしい。

 壁一面に貼りだされた職業一覧表を眺めていると、その中に翻訳師というものを見つけたので、早速とばかりにマサに聞いてみた。


「マサ、この翻訳師っていう職の具体的な仕事内容が分かれば教えて欲しいんだけど」

「翻訳師?

 あー、っと、そうだな。

 書物の別言語版作成だろ、あと、別種族間の相互通訳。

 遺跡に刻まれた古代言語の解析に……まだあんだろうが、すぐ思い出せるのはこのぐれぇだな。

 何だ、アミは翻訳師の仕事がしてぇのか?」

「んんー。したいというか……今のところ、1番堅実に稼げそうなのはそれかな、と」


 力や専門の知識が必要な職業はまず除外。

 かと言って、生活に特化した文明の利器の少なそうなこの世界で家事や裁縫などの仕事が私に可能だとは思えない。

 自ら学んで得たものではないが、今1番有望な能力は間違いなく言語だ。

 それを使わない手はないだろう。


「ほぉー、スゲェな。

 俺だって大陸公用語以外は片言程度にしか分かんねぇんだぞ」

「まぁ、逆を言えば、私はそれしか出来ないって感じなんだけど。あはは」


 こちらの内情を知らずに感心するような眼を向けて来るマサに、私は苦笑いで回答を濁すことしか出来なかった。
















◇ ◇ ◇ ◇ ◇
















 また、俺のせいでアミに苦労をかける羽目になってしまった。


 自分で歩いたほうが早いという理由から1度も魔獣車を利用したことはなかったが、まさかああまでして断られるとは思ってもみなかった。

 スマンと一言謝れば、アミは俺の背中をポンポンと叩きながら『マサは何も悪くないでしょう』と微笑んでくれる。

 全く、彼女の前ではとことん恰好がつかない。

 何でも与えてやりたいと夢想しながら、逆に与えられてばかりいるという事実に、思わずため息が漏れた。


 自らの無力を嘆きつつ、俺はアミと共に町を発つ。

 人目もなくなり、いつもどおり彼女を抱えようとした際、23という年齢を思い出して無駄に緊張してしまったことを、本人に気付かれていなければいいんだが……。


 道中。彼女に強く乞われて断り切れず、久々に走ってみた。

 以前と違い障害物がなかったせいか、特に辛そうな様子は見せず、逆に楽しそうに声をあげてはしゃぐアミ。

 ……えー、と、23……あー、俺、騙されてねぇよな?


 王都に到着して、まず最初に宿を取った。

 自身でも初めて泊まるような、かなり上等な宿だ。

 敷地内に宿泊客専用の風呂があるという理由だけで、俺はここを選んだ。

 前のように公衆浴場を利用したアミが薄着で外を歩いてしまうかもしれない可能性を考えると、他に選択肢はなかった。

 幸い、彼女は反対することも理由を聞いてくることもなく、俺は下手な言い訳をしなくて済んだとホッと胸を撫で下ろす。


 商業区で早速アミの言う米とやらを購入してみたのだが、俺にはあまり美味そうには見えなかった。

 だが、それを大事そうに抱える彼女の顔は恍惚としている。

 一体、この穀物の何がそんなにも彼女を惹きつけるのだろうか。

 それより、そこまで好いているのなら、多少の不便があったとしても住むには東の方が都合が良いかもしれない。

 あちらで1番好条件の町はどこだったか、と俺は記憶を手繰り寄せた。


 そろそろ稼ぐ手段を考えたいと言うアミに頼まれて、俺たち2人はギルドを訪れる。

 個人的には、稼ぐ手段を見つけられればそれだけ早く別れが来てしまうので、もっとゆっくり考えてもらいたいが、そんな一方的な望みを表に出すわけにもいかない。

 大人しく彼女について歩いていると、アミは急にムゥと唸って不機嫌そうな顔を見せた。

 それから、俺の手を取ってグイグイと引っ張りつつ通路を足早に進んで行く。


 お、おいっ。何だ、いきなり。どうしたんだ?

 何で手を……。


 彼女の方から触れられたという事実に気恥ずかしさと嬉しさを感じて、顔が火照ってくる。

 が、人目もあるので空いている方の手で軽く頬を叩いて、気を取り直した。

 それにしても……ただ機嫌が悪いというだけなら間違いなく俺が原因だろうと思うところだが、それなら手など繋いでこないはずだ。

 一体、どこの何が彼女の気に喰わなかったのだろうか。

 目的の場所に到着して足を止めたアミの背に、俺は戸惑いがちに問いかけた。


「……え……と、アミ、何かあったのか?」


 その声に反応して振り向いたアミに、掴まれている手を持ち上げて見せる。

 すると、彼女はきょとんとした表情をした後、肩を竦めながら苦笑ぎみに言った。


「あー、無意識に……ごめんなさい、何でもないわ」


 アッサリと手を離したアミは、本当に何事もなかったかのように壁の職種一覧に目を通し始めた。

 いや、あの、もう少しこう、無意識だったら無意識だったで、慌てるとかそういう……。

 別に何を期待していたわけでもなかったが、こうも無反応だと、ちょっとばかり寂しいものがある。

 まぁ、普段から抱えられたり膝枕で寝たりしているから、彼女にとっては今さらな感覚なのだろうな。

 それにしても、結局不機嫌の理由は何だったのか。

 どうにもスッキリしない心情で頭を掻いて、真剣な顔をしているアミを横目で眺めた。

 そこでふと何かに気付いたような彼女が、俺を見上げて口を開く。


 …………翻訳師か。


 俺には全く縁のない職業だ。

 誰か雇ったところでわざわざこの俺と話したがるような酔狂な輩がいるわけでなし、そもそも雇われてくれる人間がいるはずもない。

 逆に仕事を受けたところで、俺を歓迎する依頼主など存在しないだろう。

 故に、詳しくはないが、それでも分かる範囲のことをアミには説明しておいた。


 大陸公用語を使う姿しか見たことはないが、慎重な彼女が言うからには、それなりに話せるに違いない。

 絶対数が少なく、腕の良い翻訳師は重宝がられるものだ。

 職業としての割りは悪くないだろう。

 そこらの雑用系の仕事をこなすよりは、余程の稼ぎになる。

 しかし、通訳の場では顧客同士のイザコザに巻き込まれることもあると聞く。

 出来れば、そういった方向の依頼は受けずにいてくれると助かるのだが……さて、俺がそこまで口を挟んで大丈夫なのかどうなのか。


 そういえば、他言語を操ることが出来る割に、翻訳師について何も知らないとは不思議な話だ。

 そもそも金のある家に生まれた人間ならある程度の教養は身についているはずで、ならば教鞭士だってやれないこともない。

 ギルドの仕事に拘らずとも、貴族の家の使用人として雇われることも可能だろう。

 だと言うのに、なぜ彼女はそれしか出来ないなどと思い込んでいる?

 ……いい加減、アミには不可解な言動が多すぎる気がする。

 だからと言って手放そうとは夢にも思わないが、知らないことで不測の事態に対処できない状況が起こらないとも限らない。

 いつか、詳しい話を聞き出すべきなのだろうか……?




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