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第十一話~思う所~



 この町には銭湯のような施設があるらしい。

 これからは公衆浴場を使う機会が増えるだろうというマサの気遣いで、夕食後、宿屋の女将ナーエさんと一緒に作法を学びがてら行って来ることになった。

 浴場は男女別々の場所に設置されているらしく、宿を出るとマサは反対の方向へと歩いて行った。


 女性用の公衆浴場は高い木の塀に囲まれた石造りの建物で、天井は湯気を逃がすためか吹き抜けとなっている。

 建物内に足を踏み入れてすぐ、脱衣所と浴場の間に仕切りが見当たらないことに驚いた。

 ナーエさんに尋ねると、脱衣所である板の間と、浴場である石の床の間に仕切り変わりに風魔法がかけられているらしいと分かった。

 だから、浴場の熱気は脱衣所には入ってこないのだそうだ。

 しかもこの魔法、浴場から脱衣所に戻る際に一瞬で身体の水滴を飛ばして乾かしてくれるとか。

 便利だけれど、髪の毛まで一気に乾いてしまうと、変な違和感がありそうだ。


 浴槽はどれも井戸のような形をしていて、ツルツルとした触り心地の黒っぽい石を重ねて作られていた。

 中央にある薄水色の大きな丸い固まりが、時折発光しながら湯を吐きだしている。

 それは『水の魔法石』という名の特殊な加工石で、貯められた魔力を完全に消費するまで作用し続けるらしい。

 かと言って使い捨てではなく、石が破壊されない限り外部から魔力を注ぎ込むことで繰り返し使用が可能なのだそうだ。

 うーん、エコロジカル。


 作法と言っても、最初に身体を洗えだとか走るなとか、そんな元の世界では当たり前のものばかりだったので、新たに覚えるべきことはほぼなかった。

 強いて挙げるなら、『人間用』『毛の多い獣系亜人用』『体温の低い爬虫類系亜人用』など人種によって浸かれる湯船が決まっていたことくらいだろう。


 入場時に貸し出される風呂桶は、日本のものとほぼ同じ形状の木製の物が使われていて、特に不便さは感じなかった。

 シャワーや水道は存在しないようで、身体を洗う際は専用の長い水路を流れるお湯を汲むようになっている。

 桶以外の腰かけ等の使用は別途料金がかかるらしく、ほとんどの人は家から持ち込んでいるとのことだ。

 まぁ、最初から色々と備え付けられている至れり尽くせりな日本がオカシイのだと思う。

 今後も使うだろうことを考えて、石鹸とボディタオル代わりのヘチマのような植物を買っておいた。

 コインロッカー等は当然なく、大事なものは受付の人が安値で預かってくれるらしい。


 人間用の湯の温度は、大体38℃くらいに感じた。

 何でも、お風呂が出来た当時に逆上せる人が大量に出たとかで、低い温度にされたらしい。

 41℃で15分浸かるという習慣のあった私には完全にぬる過ぎた。

 逆に風邪を引いてしまいそうだ。


 のんびり宿に帰ると、すでにマサが部屋に戻っていた。

 見れば、彼は昼に購入して増えた荷物の整理をしているようだ。

 前々から思っていたが、マサは顔に似合わず非常に細かな性格をしているらしい。

 武器や道具の手入れは欠かさず、食糧の鮮度にも気を配り、服や靴に少しでも解れがあれば器用に繕って、荷物袋なども定期的に洗ったり日に干したりしている。


 あえて言おう。私には無理だ。

 私が黒髪でいる1番の理由が『定期的に染め直すなんて面倒臭いから』だという時点で、それは疑いようもないだろう。

 きっと、元の世界にいたのなら彼はA型に違いない。


 ベッドに腰掛けて、作業を進めるマサを見ながらそんなどうでもいいことを考えていると、ふと彼が顔を上げて私を見た。

 それから、なぜか難しい顔をしてため息をつくと、こう告げてくる。


「この町での用も済んだし、明日には王都へ発つぞ。

 歩くにしろ魔獣車を利用するにしろ、また数日は野宿続きの生活になるだろう。

 やることがないのなら、今日はもうゆっくり寝たらどうだ?」


 もっともな提案なので、私はそれに素直に頷いてとこに就いた。

 久方ぶりのマトモな寝床は大層心地良く、私の意識はあっという間に闇に沈んだ。



~~~~~~~~~~



 次の日。

 たっぷりと睡眠をとることのできた私は、爽快な気分で目を覚ました。

 身体を起こして伸びをすると、その気配を感じたのかマサも目を覚ます。

 のっそりと起き上った彼は…………半裸だった。


 え……と、さすがに下はズボンを穿いているみたいだし、上半身を見たくらいで騒ぐような初心うぶさは持ちあわせていないけれど、これはどう捉えれば良いのだろう。

 今まで同じ部屋で寝起きをしたことがなかったから知らないだけで、彼は宿などでは半裸派なのだろうか。

 そう言えば、野宿の時だって彼は外套すら身につけずに寝ている。

 もしや、服と布団の両方を着ると暑くて眠れないのでは?

 それなら、私がいるから気を使ってくれただけで、本来は全裸派という可能性も出てくる。

 となると、彼には本当に窮屈な思いをさせてしまっているな、と改めて思わずにはいられなかった。


 しかし……意外と体毛が薄いというか、絶対あると思っていた胸毛なんか皆無じゃないか。

 顔はモミアゲからヒゲまでもっさり生えているというのに、どういうことなのだろう。

 剃ってはいないはずだ。

 野宿続きで四六時中一緒にいたが、剃刀を当てているのを見たことがない。

 ふと、下半身はどうなのだろうという考えが頭をよぎったが、自分は痴女ではないとその思考をすぐに打ち消した。

 怪しい視線を感じ取ったのか、マサが訝しげな目を向けてくるも、私はそれを日本人特有の曖昧な笑みでかわし、その後は何事もなかったかのように振る舞うことで煙に巻いたのだった。
















◇ ◇ ◇ ◇ ◇
















 いきなりアミを1人で公衆浴場に放り込んでしまうのは不安だったので、ナーエさんに頼んで一緒に行ってもらうようにした。

 せっかくなので、俺も久しぶりに湯に浸かりに行く。


 さて、公衆浴場では、常に気配を絶っていなければならない。

 なぜなら以前行った時に、逃げ惑って足を滑らせた人間が大怪我を負ったり、全裸で町中を疾走する人間が続出したりと、大問題になったからだ。

 存在感を極限まで消すことで、少なくとも俺がフォローできる範囲での混乱に留まってくれる。

 そこまでするぐらいなら行くなと言われそうだが、今の俺にはアミがいる。

 ないとは思うが、匂いひとつで嫌われてしまっては目も当てられない。

 それでも悪戯に他者を畏怖させることもないだろうと、俺はなるべく短時間で風呂を済ませた。

 宿に戻るとやはりというか、アミはまだ帰って来ていないようだった。


 まぁ、男よりも女の方が長風呂であるというのは良く聞く話だ。

 そうでなくとも、公衆浴場は初めてなのだ。

 あれこれ教わりながらでは、時間がかかって当然だろう。


 ……………………っ。


 何となくこれ以上は余計なことを考えそうだったので、俺は軽く頭を振った後、気を紛らわすために荷の整理を始めた。

 しばらくするとアミが戻ってきたが、俺は顔を上げずに軽く声をかけるにとどめた。

 それを気にした様子もなく、彼女は俺の横を通り過ぎ自分のベッドへ腰かける。

 数回足をブラつかせた後、暇なのか俺のやることをジッと見つめてくるアミ。

 無駄に視線を向けて来るなと何度も言っているのに、彼女のその癖は一向に直らない。


 ……やり辛い。


 仕方なく、俺は何度目かになる同じ台詞を口にしようと顔を上げた。

 そして、後悔した。


 な ん だ そ の 薄 着 は!


 今まで生地の薄い寝巻用の1枚服を着ていたことなどなかったはずだ。

 しかも、子供用の膝上丈じゃないか、なぜ彼女は平気で着ていられるんだ。

 今日、俺の知らない間に買ったのか? それとも、実は前から持っていたのか?

 だとすれば、野宿だから着るのを自重していたのか?

 いや、そんなことよりも……その服で外を歩いて帰ってきたのか!?


 ピッタリと身体のラインに沿って張り付く薄布が、確かに大人を感じさせる彼女の肢体を浮き彫りにさせていた。

 さらに、湯上りのせいか、ほんの少しばかり上気した頬が何とも扇情的に見える。

 ……だが、どうせアミの事だ。

 自分の姿が他人にどう見えているのかなど、欠片も意識していないに違いない。

 そもそも、23にもなってその無防備さはおかしいだろうと思う。

 いくら金持ちの箱入り娘だと言ったって、もう少し警戒心というものがあって然るべきじゃあないのか。

 あぁ、くそ。本当の年齢なんか聞くんじゃなかった。

 アミを少女だと勘違いしていた頃の自分なら、何も変に思うことなどなかったはずだ。

 これから先、無意識のアミに振り回されて気苦労の多い旅になるであろう未来が窺い知れて、俺はげんなりとした気分で口を開いた。


「やることがないのなら、今日はもうゆっくり寝たらどうだ」


 寝てさえくれれば、アミに見つめられることも、俺が彼女の姿を視界に入れることもなくなる。

 俺の提案にあっさりと頷いてくれたアミは、それからすぐ横になった。

 1分と経たずに寝息を立て始めたところから、元気そうに振る舞っていても、やはり疲れていたのだと理解する。

 ようやく落ち着ける環境になったことにやれやれと息をついて、俺は再び手を動かした。

 最初に整理を始めた目的を忘れたわけではないが、やるからには徹底すべきだろう。


 いつの間にか興の乗ってしまった俺は、今行う必要の全くない鍋磨きに精を出していた。

 仕上がりを確認している段階で、ようやくその事実に気が付く。


「何やってんだ、俺ぁ……」


 自分で自分に呆れながら、軽く首を振って鍋を片付け部屋の明かりを落とした。

 宿で就寝する際のいつもの流れで上着を脱ぎ、ズボンに手をかけたところでハッとする。

 隣りのベッドで寝息を立てている彼女を見て、軽く後ろ頭を掻いた。


 さすがにアミの前で下着1枚になるのはマズイか……。


 布を重ねる数が多くなれば、それだけ周囲の動向を察知する感覚が鈍ってしまう。

 故に、本来は就寝時あまり重ね着等を好まないのだが、この場合はそれも仕方がないだろう。

 今日は俺を退治しようなどと勘違いした人間が襲ってきそうな兆候もない。

 フッと息をひとつ吐いて、そのまま布団の中にもぐりこんだ。



~~~~~~~~~~



 翌朝。

 人の動き出す気配に反応して、俺は目を覚ました。

 アミが起きたのか、とガシガシと頭を掻き欠伸をしながら上体を起こす。

 それから軽く腕を回していると、隣から不穏な空気を感じてチラと目をやった。


 …………何だ?


 上半身だけを起こした状態のままで、今までにない目つきをしたアミがじっと俺を見ていた。

 その視線の意味が分からず黙って享受していると、突如背筋に正体不明の悪寒が走る。

 理解できない現象に眉を顰めて、俺は原因と思われるアミに今度はしっかりと顔を向けた。

 すると、彼女は一瞬バツの悪そうな表情をした後、苦笑いにも似た笑みを浮かべて顔を逸らした。

 その後は完全にいつもどおりのアミに戻ってしまったため、何となく意味を聞きそびれてしまう。


 どこか腑に落ちないような気持ちを抱えたまま、それから俺は彼女とともに宿を後にしたのだった。



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