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二周目領主はもうだまされない!  作者: 雨傘ヒョウゴ


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8 まずはお屋敷改革スタートします!


 そうこう会話をしたのは昨日のことで、私たちが乗る馬車はファリス村の街門をくぐり抜けていた。村という呼び方が残っているだけで、実際には小さな街程度の規模があるファリス村は、周囲をぐるりと石積みの塀で囲まれている。


 普通なら人口が増える度に塀を大きく造り変えるのだろうが、ファリス村はダンジョンの発掘作業で細々と益を設けているだけの辺境の土地だ。石積みの塀はぼろぼろで、見上げるほどの大きさの木の扉もところどころ腐っている。

 いつかこれも補修しなければならないと考えると、やるべきことはたんまりだ。


「そういえば、ルー。あなたはスキルを持っているの?」

「…………」

「あなたの生まれはどこなの?」

「…………」


 屋敷に着く前に、もう少しルーのことを知っておきたいと思って、今のうちにいくつかの質問をしてみたが、全部無視をされてしまう。

 ちなみにスキルとは、神様からの贈り物とされており、一部の人間だけが持っている生まれついての特技のことだ。料理や掃除など、とてもささやかな内容であることが多いため、貴族社会では魔法よりも重要視されない。


 これは余談だが、私は魔法は使用できない。持っているスキルは【鑑定】という、珍しくもなんともない力だ。物の状態が少しだけ詳しくわかるというスキルである。

 例えばこの場所で【鑑定】スキルを使用すると、【王家の馬車の割にはちょっとしょぼい】と出てきた。うるさい。知っとるわ。


 鑑定スキル曰くしょぼい馬車で、舗装されていない土の上の道をガタガタと揺れながら進む。茶色い家々が敷き詰められた街の中心部を通り抜け、さらに進むと建物の数も減ってくる。領主の屋敷が近づいてくるというのに、道の草木は整えられることなく伸び放題で、景観はあまりよくない。


「新しい領主が来ることは、すでに通達されているはずだが……?」


 と、どんどん不機嫌になっていくエヴァンに、こんなものじゃないわよ、と心の中で話しかける。あなたが不機嫌になる原因は、こんなものじゃないのよ、と。




 結論からいうと、新たな領主がファリス村にやってくることはちゃんと通達されていた。

 ――領主の館に勤める人間たちが、私たちを歓迎する気がないというだけで。


「いらっしゃいませ。私はグレイと申します。前領主様からは侍従長を任せられておりましたので、現在も継続してその任に当たらせていただいております」

「そう。では私もあなたにたくさん教わることがあるでしょうね。よろしく頼むわね」


 旅の疲れを癒やすこともそこそこに、領主館に着いた私たちは、まずは屋敷に勤める人間たちと顔合わせを行った。ルーが最初に着ていた服はあまりにもサイズが合っていなかったしぼろぼろだったので、途中で別の子供服を買い直し着替えてもらっている。

 それでも、場違いな幼い子供がいることへの違和感は拭えないようで、先程からちらほらとメイドや使用人たちの視線を感じる。

 そんな中でもルーは堂々としていて、まるで人から視線を向けられるのが当たり前、という顔つきのようにも思えた。本当に不思議な子だ。

 屋敷の中は、外観よりも()()()に思えたが、あくまでも見かけだけ。ごてごてと物が飾られていて機能的ではないし、よく見ると端の方は埃が溜まっている。


 うーん。少し懐かしいような、まったくそうでもないような。


 つい最近まで暮らしていた場所で、そして顔見知りである侍従長に挨拶をするというのは、妙な気分である。


「我ら使用人一同、リッカ様のご到着を心よりお待ち申しておりました」


 そうそう、グレイって、こういうことを口先だけはさらっと言っちゃう人だった。

 彼は侍従長というには鍛えられた体をしており、年は……たしかこの時点では、四十歳半ばだった気がする。短髪をオールバッグにしたロマンスグレーな頼れるメガネ紳士。

 そんな侍従の態度に、過去の私はすっかり騙されてしまっていた。

 グレイは前領主時代から続くやり手の侍従長で、新米領主だった私も、彼にはたくさん助けてもらった。でも、それとこれとは別である。結局、最後の最後に信用の置けない人間だと知ることになった。


(ま、こっちはこっちで、あとできちんと利用してあげるけどね)


「それは本当に嬉しいわ。こんな小娘でさぞがっかりしたでしょうけど、ファリスに住む人々のために、身を粉にして尽くすつもりよ」


 いつかてめーもゴリゴリにすりおろしてやるから覚悟しておけよ、という気持ちでニコッと微笑んだ。グレイはわずかに目を見開いて、遅れて作り笑いをこちらに向ける。

 うん、作り笑いだ。これでも三年一緒にいたのだから、お前のことはなんでもわかってるんだぞ。


「いつまでも立ち話は嫌ね。部屋に案内していただける?」

「大変失礼いたしました。こちらはメイド長のイーリです。生活する上でご不便なことがございましたら、いつでもご相談ください。イーリ」

「はい」


 グレイの背後から、姿を現したのはふくよかな中年女性だった。岩みたいに深い皺が眉間に刻まれていて、表情を変えることなんてあるの? と思ってしまいそうなほど、硬い顔つき。彼女を見ると、自然と私自身も表情が冷えていくのを感じる。

 ふと心の底で、嫌な思い出が去来した。……でも今はだめだ。

 十五歳だった私は、彼女にいびられ、一人こっそりとたくさん泣いたものだ。

 今考えると、そんな我慢はする必要がなかったとわかる。


 ――やり返すのは、あちらが攻撃してきたとき。そっちの方がダメージは倍増するからね。


 グレイには返事をしたメイド長だったが、私相手には冷たい視線を投げかけるだけ。


「……あなたが、部屋まで案内してくださるの?」


 私は口元に緩く孤を作り、メイド長に尋ねた。

 すると、随分な間をあけた後で、ぴくりと彼女は片眉を動かす。そして、口を開いた。


「……はい、()()


 その瞬間、エヴァンがぎょっと反応したのを、私は気配で察した。背後に立つ彼が声を出すことのないように、片手でさっと制する。

 今、メイド長は、はっきりと私を『奥様』と告げた。言い間違いではないし、彼女のその言葉が、この場にいる、屋敷に勤める人間たちの総意であることを、冷えた空気から感じる。繰り返すが、私は領主だ。決して、()()ではない。


 私が領主ではなく妻の立場であったのなら、もしくは、単純に誰かと婚姻していたならば話は別だった。『奥様』とは、女主人の立場を正式に認めた呼び方となるだろう。

 だが、未婚の領主相手ならば、その言葉は侮辱に他ならない。お前を領主とは認めていない、とストレートに伝えているようなものなのだから。


 さらに、彼女たちは()()()()()()までしている。


「王都と比べ、ファリス村はお若い奥様には刺激が少ないでしょう。前領主様の時代では、一度もお顔をお見えになりませんでしたから。ご高齢であった前領主様をそう頻繁にお相手されるのも、大変でいらっしゃったかと思いますので、仕方のないことでしょうが」


 この発言に対して、エヴァンはどう思うだろうと不安になって、ちらりと振り返った。

 ……よかった。不思議そうに意味を捉えかねているだけだ。どこか潔白さがあり、かつ世間知らずな彼なので、俗な言葉は即座に頭の中で変換されないらしい。

 わかる。一周目の私もそうだった。メイド長の言葉の意味が初めはわからなくて、理解した否定した頃には、もう手遅れだった。


 つまり彼女は私のことを()()()()()だと思い込んでいる。

 若さを武器に前領主をたらしこみ、ついでに財産として領地を譲り受けたのだと。

 いや十五歳だぞ。若さを武器にしすぎか。と言いたいところだけど、この世界の価値観だとそれほどおかしなことではないのだ。絶対におかしいけど!


(一周目のときは、国から通達が送られているはずなのに、どうしてそんな勘違いしたんだろうと驚くことしかできなかったのよね……。今ならわかるわ。これはあれね、タニーマリアの嫌がらせよね!?)


『リッカ。領主として就任した際には、自身から王族であると公言することなく、自身の力で領地を治めるのだぞ。もし約束を違えるのなら……わかっているな?』


 ちなみにこれは、ファリス村を治める際に父王から命じられた言葉。

 ぴかぴかだった私は、王族の権威を振りかざすことなく領主として頑張れ、という意味だと勘違いして、『はい!』と全力で返答してしまった。

 タニーマリアの手によってうまーく転がされた父王が深いことを考えず命じたのだろう。

 王族の権威を使わず、自分の力だけで領地を治めて、初めて実力を示すことができる、とか? さらにタニーマリアは念入りに妙な噂を流しておいた、というわけだ。

 どれだけ私は嫌われているのか。


(……でも噂を流すというのなら、実行した人間はいるはずよね? ある程度の発言力があって、屋敷に関係している人間で……)


 考え込んでいると、どこか勝ち誇った顔をするメイド長と目が合った。ふーん……、と私はうっすらと目を細める。


 ちなみに私はファリス村の前領主に会ったことなんてない。

 長年の不摂生が祟って病を患い、半年前に急逝したそうだが、前領主は残念ながら領主としての能力は伴わず、過去の私は領地の収支が記載された台帳を見る度に、前領主の金遣いの荒さに頭を抱えたものだ。会ったことのない領主の妾なんて、バカバカしい勘違いだ。

 時間をかければちゃんと訂正できる誤解だったのだろう。


 ――でも、過去の私にその時間は許されなかった。


「奥様のお部屋にご案内いたします。そちらの騎士の方は()()()()()()()でよろしかったですね?」

「……貴様ッ!」

「エヴァンッ!」


 メイド長のこの発言には、さすがのエヴァンも激昂した。

 ある程度地位のある女性の隣の部屋は、本来、配偶者が使うべき場所だ。『奥様』と言って前領主の愛人と揶揄しながら、別の男性には私の隣の部屋を勧める。

 それは、エヴァンはただの護衛ではなく、私が侍らせている間男だと思われているということ。まとめると、『前領主の妾だったくせに、今度は別の男を連れて今更やってきて、本当に男好きの尻軽ね~』とあちらは言っているのだ。


 ……おっと、自分で考えていて腹が立ってきたぞ?


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