5 出会いがあれば、世界が変わる、かもしれない
ガタガタゴトゴト、ガタゴトゴト……。
馬車の中で揺られ続けて、はや六日。いくつかの都市を通り越し、外の景色もだんだん長閑なものに変わっていく。現在いる最後の街を通って、しばらくまた馬車を走らせれば、私の領地――ファリス村が見えてくるはず。
今度は騙される側ではなく、騙す側になってやるぞと結んだ決意は固く、私は腕を組んでニヒルに笑う。
「ふっ……」
ああ、楽しみだわ――なんて口元を緩ませていただけのはずが、なぜだかエヴァンが不審そうにこちらを見つめている。ガタガタガタ。なんとなく理由は想像できる。ガタガタガタ。
ちなみにさっきから耳に入るこのガタガタ音は、馬車ではなく、私の体が小刻みに震えている音である。腕を組んだまま、私の体は細かな振動を馬車に与え、そして冷や汗がダラダラ流れて止まらなかった。
(ほほほほ本当に大丈夫なのかしら。領地を大改革して、王家にも負けない力をつけて、さらにスタンピードを止めるなんてこと、私にできるのかしら。え、できるの? 本当に? 私に、そんなことができるのぉーッ!?)
だめだ、考えるだけでゼエゼエしてきた。
「……ご体調が悪いのでしたら、少し眠られてはいかがですか」
「まったく! 全然そんなことはないわ!」
エヴァンの声は心配しているというよりも、もっと義務的なものだったけれど、私に興味のきょの字もない男から声をかけられるとは、よっぽどおかしな挙動に見えたのかも。
「こほんっ」とわざとらしく咳払いをして、自分の表情筋を諌める。私の表情筋たちよ、今すぐに全勢力を上げて引き締めなさい! アイアイサーッ! と心の中で返事が聞こえた……ような気がする。
(最初に……一周目と二周目について整理をしなきゃ。道中で何度も考えていたけど、領地に着いたらゆっくりしている間なんてないわ。今の時間はとても貴重よ。領地に着く前に、するべきことに間違いないか、見直さなきゃ)
まず領地改革。ファリス領地は、人口が千人程度の、こぢんまりとした村である。
今のままでは三年の間に大都市に並ぼうなんて、無茶にもほどがある。
前世の記憶からチート革命ができればいいけれど、そんなのたかだが十五歳程度で死んでしまった過去の私の記憶を探ってもできるわけがない。
使えるのはむしろ、一周目の自分の記憶の方だろう。
なんせ私は三年後先まで、王都の流行や新しく生まれる技術について把握している。
スタンピードについては、すぐに調査を行わなければならないだろうが、私一人では難しい。だからまずは、領主としての足場を固めなければいけない。
(一周目の私は足場どころかぐずぐずの泥の上に立っていたようなものよね……本当にいろんなことに騙されたわ。詐欺、そう、あれは詐欺ね。具体的にいうと、結婚詐欺、投資詐欺、なりすまし詐欺……)
指を折って数える度に、眉間の皺が増えていく。
そして何より、ファリス村には幾度か未曾有の危機が襲いかかる。スタンピード以外の危機からも、私は村を守らなければいけない。
立てていた残りの指も、ぎゅっと握って口を引き締めた。
(早いうちに一つひとつ対策を立てていけば大丈夫! 火種が大きくなる前に、潰してしまえばいいのよ!)
そう覚悟を決めて窓の外に意識を向けた。
――このとき、エヴァンは私の横顔をずっと見つめていたのだが、もちろん私は気づかなかった。
「…………」
「あっ」
はた、と窓に手を当てて目を見開く。
(そうだった! まだ重要なことがあったわ。セルスニア国! あそこの王太子には、絶対に関わらない!)
そもそも一周目の人生では関わっていないので、いちいち宣言する必要はないのだが、きちんと心に刻み込む必要はあるだろう。なんせファリス村はエスターチェ国の端に位置していて、隣国であるセルスニア国とはほど近い場所にある。
一周目、処刑された際のタニーマリアの言葉から察するに、彼女はセルスニア国の王太子をとても気にしていた。……王太子妃、もしくは側室にでもなりたいのかもしれない。うちのような小国で目指すにはかなり無謀というか、自己評価が高すぎる気がするけど……。
(まあいいや。どこにタニーマリアの逆鱗があるかわからないもの。絶対に関わらないようにしないと。ええっと、セルスニア国の王太子は黒髪の金目で……。あれ? あそこの王太子の話をよく聞くようになったのって、私が処刑になる少し前くらいだったような……)
セルスニア国の現国王は、今から二年と少したってから、王位の継承先を第一王子に指定し、近隣諸国へ華々しく発表した。だから今の時間軸では、第一王子はまだ『王太子』として扱われてはいない。
『王太子』とは、次代の王位を継ぐ人間に与えられる尊称なのだ。
(王太子……違った、セルストニア国の第一王子か……。私と比べて、華やかな人生なんだろうなあ。今頃、どこで何をしてるんだろ)
きっと素敵なお城で、素敵なランチでも食べているんだろうなあ、と思うと憎らしさが募ってきた。もちろん八つ当たりである。肖像画で見た姿を心の中でパンチしつつ、第一王子の名前をなんとか思い出そうとする。ルーディ……ルー……。
(……そういえばこの街、一周目で来たとき、何か事件が起きなかったっけ?)
比較的大きな都市だが、通り過ぎただけ……の割には、もやもやする。
体感では三年前のことだから、ちゃんと思い返そうと努力しなければ、うっかり色々と見逃してしまいそうだ。
「…………? あ……止めて! 今すぐ、馬車を止めて!」
「は?」
「早く!」
ぼんやりと外の景色を眺めている最中に目に留めた光景に、ハッとして声を上げた。
鬼気迫る勢いの私にエヴァンは目を見開き、しばらく呆然として反応を遅らせたが、すぐに御者に声をかけて、馬車を道の端に避ける。その瞬間、私は馬車から飛び降りた。
「リッカ様!?」
エヴァンのことなんて気にしていられない。人の波をかき分けて、私は一人の少年めがけて走った。薄汚れた姿でふらふらと歩いている、黒髪の男の子。
彼は緩慢に足を踏み出し――道の真ん中で、唐突に倒れた。
「大丈夫!?」
私が男の子を受け止めたのは、少年が倒れたのとほとんど同時だった。
自分が着ている服が汚れることも、周囲の人目も、気にしている場合じゃない。怪我はしていないみたいだ、と少年を抱きしめてほっとした理由は、一周目、私たちが乗る馬車が、彼を轢いてしまいそうになったから。
そのときも、途中で御者が気づいたので少年が怪我を負うことはなかったが、さすがに肝が冷えた。はーっとため息をついて座り込み、腕の中の少年を見下ろす。
「……ん」
疲れ切っているのか、少年は目を閉じていた。長いまつ毛がぴくりと動き、声を漏らす。その仕草と閉じた瞼を見るだけで、少年の容貌がとても整っていることがわかる。
ゆっくりとまぶたが持ち上がり、私を見上げる。柔らかく短い黒髪。まだ子供にもかかわらず、整った鼻梁。そして輝くような金色の瞳――。
(――ルーファス・セルスニア)
唐突に、私はかの国の王子の名前を思い出した。
黒髪に、セルスニア王族であることを表す金の瞳。絵師が描いた、ただの肖像画からですらも、青年の心が伝わってくるような、どこか達観し、冷え切った表情。
私は何も言うことができず、ただ目を見開いて少年と見つめ合うことしかできなかった。




