4 さて、目にもの見せてくれるわ
馬鹿な姫様だ、と男は嘲笑った。
城の門番の収入は、賄賂で成り立っているといっても過言ではない。
やれ、うちの娘を殿下と会わせたい。やれ、どこどこの貴族が門を通った時間を知りたいなど――意外なことに貴族たちの情報を一番握っているのは、自分たちのような末端である。貴族は自分の都合で平民を動かしていると思い込んでいるのだろうが、実際はその逆。とはいえ賄賂という名の、貴族にとってのはした金を受け取る瞬間、卑屈な感情がいつも胸を騒がせる。
貴族を踏みにじりたい。そんな歪んだ思いが、いつも男の胸の内を焼いた。
リッカ・エスターチェという少女は、男にとって都合がよかった。
王族の中でも軽んじられた存在だが、腐っても王族なのだから、自分のようにあくせくと働く必要などない。こんな金を盗んだところで、痛くも痒くもないだろう。荷物を運ぶという自分の提案に、奇妙な間はあったが、当たり前のような顔をして笑っていた。これが、貴族という人種だ。
(盗む時間を作れるように、先に運び入れる提案をしようと思っていたのに、自分から言うだなんて。本当に、馬鹿な女だ――)
御者に声をかけ、扉をあけ、ばれぬようにそっと鞄を開く。宝石の一つでもあればと考えていたが、中身は想像よりしけていた。がっかりしたが、王族の荷物としては量が少なすぎる。別の荷物もあるのだろう納得して、さらに探る。粗末な布袋の中に金貨を見つけ、口元を愉悦に歪ませ、自分の服のポケットに忍び入れた。そのとき――。
「あなた、何をやっているのかしら?」
***
門番が馬車に乗り込んで、ごそごそと私の鞄を漁っているところを見届けたのち、私は堂々と声をかけた。門番は幽霊にでも声をかけられたのかと思うほどの勢いでぎょっと振り返ったが、何をそんな変な顔をしているかわからない。まさかバレないとでも思っていたのかしら? まあ一周目の私にはバレなかったんだけど。
「ねえ、あなた、どうして私の鞄をあけているの? 私は荷物を運び入れるお願いをしただけなのに」
「そ、それは……不審なものが入っていないか、確認していたのです! リッカ様に何かあってはことと思いまして……!」
「あらそう。それはご親切なことね。でも残念ながら、淑女の鞄を暴くには少し理由が足らないわ。ポケットの中の膨らみが、立派に主張していることですし。エヴァン」
私はパチンと指を鳴らして、エヴァンに合図を送る。自発的には動かない騎士……には違いないが、腐っても護衛騎士。悪事を前にして放って置くことまではしない。
エヴァンは無言で門番を馬車から引きずり出し、身体検査を行う。まるで大人と子供のように、門番の抵抗は無意味である。騎士ってやっぱりすごいんだなぁ、と見当違いなことを考えてしまった。いやでもエヴァンが特別なのかも。
自身の馬車で起きた凶行に、御者は怯えたように馬車から飛び降りたが、そこまで責任を追及するつもりはない。私が運び入れて良いと許可したわけだし。かまわないとばかりに片手で合図すると、御者はほっとした様子だった。
さて、と私は門番に向き直った。
「ポケットの中には、金貨が入っておりました」
「そうでしょうね。エヴァン、そのまま拘束を続けてね」
「これは……! 私が持っていたものです! 何かの勘違いです!」
「不思議ね。金貨が入っているその袋は、間違いなく私の私物だけれど? 刺繍で名前を入れているでしょう?」
「こ、こんな……粗末な袋が!? 城の馬小屋に勤めている人間の方がまともな袋を持っているぞ!?」
ぶっ飛ばしてもいいのかしら。
袋なんてもらえないので、捨てられていた布をちくちくした過去の私に謝ってほしい。
「どうして、こんなことに……」
「どうしてかしらね。自分の胸に手を当てて考えてみたら? この男、盗みの現行犯よ。捕まえて」
後半の台詞は、遅れてやってきた他の門番たちにかけたものである。
普通のご令嬢ならば、荷物を運び入れさせたのなら自分はゆったり歩いて馬車に向かう。それこそ、エヴァンが言っていたように『人を待たせることに抵抗がない』。
のんびりと犯行が行えると思っていたのだろう。しかし残念ながら私は早歩きの達人である。体は過去に戻ろうとも、時は金なりと領主時代に培った魂は体に刻み込まれている。
『荷物がもっとたくさん運び入れられるのも忘れていたわ! あなたたちも手伝いに来て!』と他の門番に早口で命令した後、全力で馬車までダッシュしたのだ。
もちろん全部嘘だけど。
「盗みが手慣れているわ。余罪もあるでしょうから、きちんと調べて、罪を償わせなさい」
間違いなく、あの門番は解雇になるだろう。信用のおけない人間が城の入り口を守るなど信じられない話だ。さすが国そのものが腐っているわ。城の中はさらにドロドロで、何もかもが歪みきっているから、仕方ないかもしれないけれど。
私のお金を盗んだ門番は即座に縄で腕を繋がれ、うなだれながら同僚たちに突かれるようにして去っていく。
(あー、すっきりした!)
気持ちの上ならば、三年越しにやり返したのだ。空の青さが目に沁みる。
「さっ、ファリス村に向かいましょっ」
「え、ええ……」
振り返ると、なぜかエヴァンが眉をひそめて困惑した顔をしていた。
……ちょっとやりすぎたかしら。城にいるときの私は、何をされても言い返さずじっと我慢をして、いつも笑顔を忘れない、とってもいい子ちゃんだったものね。
でもまあいっか、と馬車に乗り込んで、御者に出発するように指示をする。
馬車は一台きりしかない。だから、エヴァンも同じ馬車に乗って、私の斜め向かいに座る。
侍女もいないのに、護衛騎士といえど男性と二人きりになるなんてありえないが、王家は私にかける金は、一コインだって惜しいのだろう。
エヴァンが私を異性として見るわけがないし、どうせいつもは無視されるのだから、私も気にしないことにした。荒らされた荷物を手早く片付けている間に、馬車はゆっくりと進み始める。のびーっ、と腕を伸ばした後で、優雅に窓の外を見つめた。
不思議と胸の中が、きらきらと光り輝いているようだ。
(私、一度は死んじゃったのよ?)
なのにどうしてこんなに、わくわくと胸が躍っているんだろう。
未来に絶望してもいいはずだろうに。
(三年後、私は死んでしまう……。けれど私はこの先の未来を、全部わかってるのよ! 当たり前なことを、今やっと気づいたわ!)
口元がむずむずしてして、笑みが隠しきれない。
たくさん騙されて、たくさん苦しいことがあった。これから先、ファリス村で、私には様々な困難が待ち受けている。
だが、私は先の未来をすべてわかっている。
姉であるタニーマリアは、なぜだか私を恨んでいるようだ。いつか無惨に殺されるのなら、先にやり返す手立てを作るべきじゃないだろうか?
三年後、ファリス村でスタンピードが起こるのは変えられない事実。
今逃げたところで、本来は私が領主となるべきだったのに、治める私がいないからスタンピードが起きたのだと、この国の王族たちなら全力で私に罪をなすりつけるだろう。
草の根を分けてでも捜し出され断罪される前に、現地で対策を練った方がまだ現実的だ。
できることならスタンピードを止めたい。それが難しかったとしても、誰からも手出しできないくらいに領地を発展させ、王家が無視できないほどの影響力を持つ。
そうすれば、スタンピードが起こる前に被害を最小限に食い止め、むしろ王家に恩を売ることだって可能かもしれない。
(未来を知っているのは、私の唯一の強みなはず。放り出して敵前逃亡するくらいなら、きっちり利用する……!)
ふと、思い出した。一周目の人生で、死の間際に自分が考えたことを。
――騙す側と、騙される側。選べるとするのなら、騙す側として生き抜く。
タイムリミットは三年間だ。
「ふふっ……。悪くないわ」
呟き、外の景色を眺めながら、悪い顔で笑った。一周目の人生では騙され尽くした分、今度はこちらが騙す側に回るのだ。それは――なんて、楽しい未来だろう。
(絶対に、幸せを掴んでみせる。お花畑のリッカ・エスターチェはもういないのよ……!)
そうして、私は決意を胸に、王都を去った。
このとき外の景色を眺めて微笑む私を見て、護衛騎士がじっと私を観察するような視線を送っていたことに――まったく、気づいてはいなかった。




