3 わあ、親切な人だなぁ。ってそんなわけあるかい
護衛騎士であるエヴァンの案内のもと、私は城の中を歩いた。
向かう先は馬車であり、行き先はファリス村――私が治めることになる辺境の町である。町というよりも、大きな村という印象で、住民たちは昔から『村』と呼んでいるため、今もそう呼ぶ領民が多い。
ファリス村に行くためのお付きの侍女は誰もいない。
もともと、私は存在も忘れられていた末王女だ。一緒に旅立つのは護衛騎士のエヴァンだけ。さらに彼は護衛とは名ばかりの存在で、ようは私の監視役である。
エヴァンはファリス村に着いた後も、王族と繋がっていたことはなんとなく知っている。
(……これから先、どうしよう)
エヴァンには気づかれないように、私は顔を伏せて考え込む。父王からファリス村を治めるように命じられて、その三年後、私は王族に処刑される。
そして、処刑される前にタニーマリア姉様……いやもう様付けも腹立たしい。タニーマリアは、『父王に提案して、自分がファリス村に行かせた』と言っていた。
私はタニーマリアにとても恨まれていたようだ。理由は全然わからない。何かされた記憶はあっても、した記憶などまったくない。
重い荷物をとてとてと運びながら、エヴァンの後ろをなんとか追いかける。
(まず大事なのは、自分の命よね。このままファリス村に行くべき?)
一度目の人生と同じように、偽りの罪をなすりつけられて処刑されるなんてまっぴらごめんだ。
エヴァンの目があり、今は逃げ出すのは困難だったが、王都からファリス村までは馬車で一週間ほどの時間がかかる。その間なら、逃亡は可能かもしれない。……でも、そんなにうまく逃げ切れるだろうか? もし私が逃げ出したところで、タニーマリアは草の根を分けてでも私を捜して、むしろ処刑までの時間が早くなってしまう気がする。ぶるっとした。
オホホホホ、とタニーマリアが高笑いしている姿が目に浮かぶ。
(本当に私が何をしたってのよ……。あと、セルスニア国も! うちの領地から出た魔物が国を荒らしたのは申し訳ないけど、隣国にはほとんど被害がなかったって聞いたのに、わざわざ王太子が文句をつけに来るなんてひどくない!? 私、あの国のせいで死んだとも言えるのでは!?)
勢い余って見せしめのために殺されたとはひどすぎる。
ふつふつと怒りの感情まで灯ってきた。
なんだっけ。王太子の名前が喉から出かかっているのに、思い浮かばない。
姉たちならばしっかりとした教育を受けているだろうが、私はどうせ大した貴族に嫁ぐこともないはずとなおざりにされてきたので、他国に詳しくない。
ファリス村の領主となってからはなるべくたくさんの知識を吸収しようと努めたけれど、大変なことがありすぎて、他国のことはどうしても後回しにするしかなかった。
(ルーファ……ルー……? いや、それはいいんだけど)
どうしよう。
とうとう城から出てしまった。馬車の御者が待つ場所まで、あと少し――というとき、「リッカ様でしょうか?」と声をかけられた。城の門番である。
「はい。何か?」
「よければ、お荷物をお持ちいたしますよ」
普段は『おい』とか『そこの』とか。もしくは無視されるとか。領地でもあまり名前を呼ばれなかったからびっくりして顔を上げた。
わあ、親切な人だなぁ。
門番の男性からにっこりした笑みを向けられて、私はほっこりする。
エヴァンは一瞬振り返って、私が大きな荷物を持っていたことを今気づいたといった様子でわずかに目を見開く。多分本当に見えていなかったのだろう。なんのための護衛だ。
それに比べてこの門番はなんて親切な……とまで考えたところで、ふと眉間に皺を寄せた。
(出立の日。大きな荷物、鞄……。何か思い出しそうな……)
ぴたりと止まった私に対して、手を差し出したままの門番は不思議そうに首を傾げたが、かまってなんかいられない。違和感を探るべく、どんどん思考を潜らせていく。
――今が二度目とするならば、一度目にファリス村に旅立ったときは、一周目と説明すべきなのだろうか? 一周目の際、同じようにエヴァンが迎えにきて、慌てて荷造りをして、馬車に乗って……。
(多少の流れの違いはあれど、流れは同じよね……)
私だけ意識が戻ったのなら、当たり前といえば当たり前なのだが、問題はその後だ。ファリス村に向かっている途中に自分の荷物を改めて整理したとき、持っていたはずの金貨がごっそりなくなっていることに私は気がついた。
押し付けられて領主になった私だけれど、少々の路銀は渡されていたのだ。
慌てて荷造りをしたので、持ってくるのを忘れてしまったか、どこかで落としてしまったのかと考えていたけれど……。
(そんなわけない! 誰かに盗まれたのよ! それもきっと、門番に……!)
どうして、以前の私は気づかなかったのだろう。
いくら私の頭がお花畑だったからといって、お金が大切なものであることはわかっていたから、領地のファリス村に着くまで、鞄は肌身離さず持っていた。
馬車の御者は私に近づかなかったし、エヴァンなら隙を見つけて盗むことはできたかもしれないが、それはない。エヴァンは私の護衛騎士として派遣されるのは不本意らしく、何かを手伝うといったことは絶対にしなかったけれど、真面目が服を着て歩いているような男だった。目先の欲に囚われて、小さな悪事を行うような人間ではない。
(……こ、こ、こ、このやろうめぇ……)
「…………?」
私が無言で睨むと、門番は笑顔のままさらに首を傾げる。
こんなに人の良さそうな顔なのに、なんという悪徳門番だろう。
私は今まで誰かに言い返したことなんてない。金を盗んだところで文句も言わないとでも思ったのだろうか? 領主になるのは表向きで、実際は追い出されただけだし。
(こんなやつに、大事な荷物を渡せるわけがないわ!)
王族の所持金としては、しょっぱすぎるかもしれないが、それでも大切な私のお金だ。
仮にも領地経験を三年行ったのだ。お金のありがたさは身を持って理解している。
渡そうとしていた鞄を自分の胸元に引き寄せ、断ろうとして――いや待てよ、と思案した。
「……それじゃあ、お願いしてもいいかしら? 馬車の場所は知っているのよね。先に運んでおいてくれる?」
「! はい! お任せください」
にこりと笑顔つきでお願いすると、門番もほっとしたように受け取る。そそくさと消えていく門番の背中を見て、私はにやりと口元を怪しく歪める。
目にものを見せてくれるわ。




