19 レッドドラゴンが身近にいる生活(すごく嫌)
私は『鑑定』で出たスキルを思い出し、全力で頭を抱えてしまった。
(一旦、レッドドラゴンのことは忘れておきましょう! 今の目的は別よ!)
レッドドラゴンは竜種としては中級だが、村ひとつ程度ならば簡単に滅ぼすことができる恐ろしい魔物である。
――赤い鱗は、ときおり炎が揺らぐかのように輝き、異様に発達した顎は人間の体をいとも簡単に噛み砕く。洞窟の奥底にある薄暗い場所で、竜は体を休めるように丸めていた。獲物が入り込む日をただじっと待っている。ふいに、巨大な瞳がぎょろりとうごめく。
竜は緩慢にと視線をこちらに定めた。首をもたげ、鋭角な歯が並んだ口をぐわりとあけ、つんざくような、まるで人間の悲鳴のような鳴き声が響き渡る――!
(ひ、ひいいいいい!)
私のしょぼい【鑑定】スキルなのに、はっきりと情景まで流れ込んできた。おそらくダンジョンの奥底に生息するレッドドラゴンが、こちらに気づいたのだろう。ぞっとして、実際は竜の鳴き声など聞こえていないはずの自分の両耳を塞ぐ。
ダンジョンからまたしばらく目的地へ歩いたのだが、私の様子がおかしいと心配されてしまったのか、一度休憩することにした。
私は木陰の下で倒れた倒木の上に座ってぼんやりとしていて、他のみんな水分補給をしている。
「リッカ。ほら」
「……ありがと」
ルーから手渡された皮でできた水筒を受け取る。入っている水がひんやりとして気持ちいい。私は少しずつ舐めるように水を飲んだ。熱を持っていた喉がゆっくりと冷えていくのを感じる。
(レッドドラゴンから取れる素材も、必要な薬の材料の一つなのよね……)
今は夏が始まったばかりだ。炎の眷属であるレッドドラゴンが一番の強さを誇る時期でもある。こんな時期に討伐しに行くなんて正気の沙汰ではない。レッドドラゴンが最後の薬の材料でもある以上、最終的には倒さねばならぬ相手だけれど、まだ早すぎる。
夏の討伐は無理でも、寒くなりレッドドラゴンが冬眠する時期ならばまだ芽はある。わざわざ自分たちで退治しなくても、目当ての材料が市場に出回ればいいのだけれど、正直それは難しいだろう。こういった貴重な材料はすべて王都の研究施設に回されるので、地方ではまず手に入らない。
ぶるりと指先が震えたが、多分これは武者震いだ。
……最悪、王都の施設に忍び込むか、犯罪まがいの手を使うことも視野に入れていたのだ。身近でなんとかできる可能性が出てきたのなら、そちらの方が明るい話だろう。
(それに、レッドドラゴンの弱点は、すでに調べてあるもの。やっと試せるときがきたと思うと、嬉しいくらいだわ……!)
うっふっふっふ、と怪しい笑みを浮かべていると、「領主様は一体どうされたんだ……?」「俺たちではわからぬような難解なことをお考えなのだろう」と騎士団員たちがぽそぽそと話している。
「さっ! 休憩は終わり! そろそろ行かないと、日が暮れちゃうわ」
「……大丈夫なんですか? ご無理をなさらないでくださいね、領主様」
「ありがとう、ミアム。優しい子ね。あなたこそ、辛いことがあれば教えてちょうだい」
「僕だって、最近はエヴァンさんにビシバシしごいてもらってるんです!」
ニコッと笑顔を向けられた。うん、相変わらずの天使っぷりだわ。さすがあの浮かれポンチ状態な騎士団の中で、一人真面目に頑張っていただけのことはあるわ。
ちろり、と私が騎士団長のワズに視線を向けると、彼は肩身が狭そうな顔をしている。
エヴァンに、ミアム以外はもっとビシバシしごくように相談しようと改めて考えた。
……けれど、このときの私はまだ知らない。
私がこの先に進んだことで、ミアムに襲いかかる、あの赤い悲劇を――。
***
「こんな奥まで俺たちも来たことがないんですが……本当にこちらなんですか?」
「そうよ。しっかり付いてきてね」
ワズに振り返ることなく返事をして、私はさっきから必死に【鑑定】スキルを使用している。そう、珍しく使用しているのである。正直、あんまりにもしょぼすぎるのに、体力ばかり消耗するので私だって使いたくない。森の中を歩きながら片手を差し出して、暑さにどばどば汗を流し、ウンウンと唸っているので、ワズ以外もちょっと困ったようにこっちをチラ見している。私だっておかしなことをしているのはわかってるわよ……。
今探しているものは、珍しい作物……というほどではないのだが、少なくともどこにでもあるわけではない。土に栄養がなければないほど元気に育つという特殊な植物で、私は地面の状態を【鑑定】しつつ、その足跡を探っているのである。
「あの、領主様は何かお探しでいらっしゃるんですよね? よければ俺たちにも特徴を教えてもらえれば、一緒に探しますが……」
「……たしかにそうよね。私が探しているものはね、こう、両手で抱えるくらいの大きさで、赤くて丸くて……」
私はワズの言葉に頷いて、こめかみに落ちる汗を拭う。両手を使って、だいたいの大きさをみんなに伝えるべく、ぐるりと周囲を見回したとき――。
ボールのような赤く丸い何かが、足元に落ちていた。
「ん?」
赤い何かは太い眉毛が生えていた。眉毛の下にある大きな目は、ぎょろっとこっちを見上げている。ボールのような体には細い両手両足がついており、今すぐに走り出さんポーズをしていて……。
とても具体的にいうと、赤くて丸い、けれどもおっさんみたいな顔をついた謎の生命体が、私たちの足元にいた。




