15 ファリス村の税金泥棒とご対面
「さーって、今日も元気に行きましょう!」
「…………」
「…………」
えいやーっと片手を突き出す私に対して、ルーもエヴァンも何も返事をしてくれない。
護衛として付いていくと主張するエヴァンはともかく、ルーも街を探索したいらしく、「出かけるときは、ぜひ俺を連れていってくれ」と謎の笑顔だった。彼は彼で、何か目的があるのだろう。たまに姿が見えないときがあるし。
二人ともぜひ、といった様子だったわりには会話の相手としては不適切である。三人なのに、一人きりな気持ちになってとても寂しい。
村の中を歩けば、「あれが……新しい領主様」「愛人の……? 案外お若い……」などというようなひそひそ話も聞こえた。その度にエヴァンのこめかみに太い血管が浮き出ていたが、「だめよ」と一声かけると、しばらくすると呑み込んだように表情を落ち着かせる。
おお? なんだか前よりもエヴァンの物わかりがいい気がするぞ。そろそろ私という存在を諦めてくれたのだろうか。
「よし、目的地に着いたわね!」
「ここは……修練場、でしょうか」
エヴァンが安定の眉間の皺で、じろりと建物を見上げる。
石作りでできた騎士団の宿所に併設する形で、円形の闘技場がある。田舎で土地だけはあるからね。広々とした使い方である。
「ええ。ファリス村を守るべき騎士団員が……いるはずよ」
思わず曖昧な言葉になってしまったのは、私は現状を知っているから。ファリス騎士団の体たらくをね……。
ルーは建物自体をじっくりと観察しているようだ。出かける前は周辺の地図がほしいと言っていたし、何か探し物をしているのかも。ルーが悪い子ではないとのはなんとなくわかるから、手伝ってあげることができたらいいんだけど……いやいや。こういう考えだから、私は騙されまくって死んだのだ。もっと気を締めねば。
「さー、気合を入れて行くわよ!」
私は持っていたフリフリ総レースの真っ白い日傘を、肩に預けるようにばさっと開く。
もちろん両手には白手袋。ドレスも相まって、まさに避暑地に来たお嬢様の風貌。
なんでそんな格好をしているかって? 武器は重要でしょう。日傘はおしゃれではなく武器なのよ。
今から会うのは屈強な騎士たちだからね。体を大きく見せる工夫は必要だわ。服装で少しでも相手を威圧できるのなら御の字というものよ。
ちなみに、日傘や手袋はファリス村に向かう途中で購入した。
考えてみると、一周目のときはお金を盗まれてなんの準備もできなかったけど、スタートが好調なら、後の結果も随分違うのね。
「……似合っているな」
「そう? ありがと!」
さらっと笑顔でルーが私を褒めたのでお礼を伝えると、エヴァンが「え」と小さな声を出した。『それは言っていいことだったのか』というような顔をしているが、褒められたら誰でも嬉しいでしょうよ。それとも社交辞令すらも難しいほどに、エヴァンの中では似合っていないと思ってるのかも? これは威圧するための服だから、別にどうでもいいけどね。
ふい、とそっぽを向いて日傘の角度を直す。なぜかさらにエヴァンがわたわたとしているのを感じるけど、面倒なので無視する。
「よーしっ! みんな、かちこみに行くわよ~!」
「……かちこみ?」
元気に気合を入れると、エヴァンがぎょっと声を出した。
おっと、本音が溢れてしまったわ。でもすぐにわかることよね。
***
入り口のベルをならしても、声をかけても、誰も顔を出さない。
見張りすらいないんだもの。これは想像よりもひどいわ。鍵がかかっていなかったので、勝手に入って闘技場を確認すると、「みなさーん、起きてくださーいっ! ちゃんと訓練しないと!」と可愛らしい声がした。あら、まともな子も一応いるのね。
「何があるかわからないんですよ! 僕たちがこの街を守らなきゃいけないのに、お昼寝なんかしてる場合じゃありません!」
「ミアム。お前本当にうるせぇなぁ……。こんな平和な街に、どんな危険があるってんだよ。魔物なんてここ数年見たことねえぞー」
「今は見なくとも、いつかやってくるかもしれないから鍛錬するんじゃないですか! それにほら、ほら、新しい領主様が就任されたばかりですし、様子見に来られるかも……」
「来るわけねぇだろ。前の領主だって、ここに来たことが一回だってあるか? 適当にしてりゃあいいんだよ、訓練なんて面倒なこと言わずに、適当にな」
本当にダメダメね。ふーっと重たいため息をついて私は彼らの様子を遠目から窺う。
「――そこにいるのは、誰だッ!」
一応、腐っても騎士団らしい。可愛いらしい声の男の子に叱られていた赤茶髪の男が、一番に私たちの存在に気づき、厳しい声を上げる。ざっと集まる騎士団員からの視線に、私は日傘を両手で持ちながら、にっこりと微笑んだ。笑顔も武器の一つと知っているからね。
完璧な令嬢姿で武装する私と、年端もいかない子供。そして明らかに騎士である青年といった謎の三人組を前にして、騎士団員たちの困惑が伝わる。だいたい十人ちょっとかしら。一周目のときはほぼほぼ関わることなく、スタンピードを相手に一瞬で壊滅した騎士団なので、彼らの名前までは私は知らない。
私は彼らに近づいた。
「こんにちは。噂の新しい領主が私よ。ぜひとも、我が領が誇る騎士団にご挨拶をと思って」
「ふうん……俺は騎士団長のワズだ。あっちにいるのが副団長のバルグ」
生意気そうな赤茶髪の男が、背後に佇む大岩のような男に親指をくい、と向ける。あら。大きな体をしているのに、無口だから存在に気づかなかったわ。それで、騎士団長を叱り飛ばしていたのはミアムね。声が可愛らしいから女の子かと思ったけれど、顔を見るとちゃんと男の子だ。ちょっと幼い雰囲気はあるけれど。あとの騎士団員たちの名前は、のちのち覚えればいいわね、と私はくるくると日傘を遊ばせながら考える。
「挨拶は終わったぜ。訓練の邪魔だ。さっさと帰ってくれ」
ワズが、シッシッと犬猫でも追い払うようにこちらに片手を動かす。背後に立つエヴァンの気配が濃くなっていく気がするわ。多分こめかみに血管が浮き出ているのでしょうね。
「ふうん。訓練ねぇ……」
私はそう言って、改めて闘技場の中を見回す。訓練どころか、酒を酌み交わしたあともある。掃除も行き届いていない。こんなところで、今更何をするつもりなのか。
――ファリス村の税金泥棒。
それが、ファリスに住む人々の騎士団に対する認識だ。
訓練をすることなく酒を酌み交わし、遊び呆けている騎士団員たち。こんな体たらくではファリス村を守ることもできないし、現に一周目のスタンピードでは一瞬で壊滅した。
税金泥棒な騎士団なら、いっそ潰してしまった方がいいのだろうけれど、武器を持った人間たちが領地館の近くにいるという事実は犯罪の抑止にもなる。侍従長のグレイも、彼らの存在に頭を悩ませながら、メリットとデメリットを天秤にかけて存続させる方に傾いていたのだろう。
一周目の際には私自身もそう思っていたから、関わることがなかったけれど、それはだめだ。使えるものは、なんでも使わないと冬の初めにファリス村を襲う危機に間に合わない。
ファリス村は私が領主だった間に、幾度もの試練があり、その度に村は疲弊していった。
今から一番近い危機は冬の始まりだ。私が領主となって一年目の冬、謎の病がファリス村を襲ったのだ。
病を治す薬が開発された頃には、ファリス村は多くの働き手を失った後だった。
薬さえあれば、病は簡単に無効化できる。けれど今はまだ薬が開発されていない。それなら、私が開発すればいいのだ。薬の作り方は、一周目の際に頭の中に刻み込んだ。
(薬を作るためには、材料を探さないと。私の手先となる人間がいるのよ……!)
薬の材料はダンジョンの中で魔物を倒さねばならないものもある。私の意思によって自在に動く人間、それも魔物も恐れぬ屈強な男たちが、今すぐに必要なのだ。
(うーん。実際にこの騎士団を見ると、屈強というと微妙な気がしてきたわ……。でもまあ、塵も積もればなんとやら、というし。人海戦術には数がつきものだしね)
なんとかなるでしょ、と切り替えることにする。
そしてなんとかするために、私は一歩踏み出し、騎士団長のワズにさらに近づいた。




