14 次なる標的を見定めるべし
私、リッカ・エスターチェは朝、誰よりも早く活動を始める。
それこそ窓の外がまだ薄暗い時間であっても気にせず布団から飛び出す。とはいっても、領主(仮)が朝の光もないうちから屋敷の中をうろちょろしていては、メイドや使用人たちを驚かせてしまう。そのため、まずは朝のストレッチから動き出す。
領主とは体力勝負。いざというとき体力がなければ何もできない。
「フンフンフンフンフン」
というわけで準備体操。のちのスクワット。腕立て伏せ。腹筋。終わったらダンス。ステップをどすどす踏んで、ぐるぐる回る。
「フンフンフンフンフ―ンッ!」
努力は一日にしてならず。小さな一歩も、いつかな大きな一歩となる。はず。
「ハイヨッ! 一周回ってポーズ!って、イヤーッ!!!? ルー!? いつからいたの!?」
「気にするな。元気そうだと思って見ていた」
「声をかけて! 部屋の端で壁にもたれて観察をしないで!」
汗だくでクレームを叫ぶと、ルーはなんてこともない顔をして、「声をかけたし、ノックもした。返事が聞こえたので入室しただけだ」と返答する。もしや返事というのは私がフンフン叫んでいた声なのではなかろうか……。
「いや、それは返事じゃなくて……」
「お前は俺の母なんだろう? ならば形式として、朝の挨拶を行うべきと思っただけだ」
「お……おお? まさか私のことをお母さんと呼んでくれる気に……!?」
「一生呼ぶつもりはない。俺は母という生き物を嫌悪している」
今何かさらっとぶちのめすようなことを言われた気がするけれど、ルーの表情があまりにも爽やかなので気のせいかと勘違いしてしまいそうだ。
「え? 今、なんて……私……私、ルーに、嫌われてるの……?」
「はは。お前は奇天烈な動きをする珍妙な生き物と思っているだけだ。気にするな」
やはりさらっと何かひどいことを言われている。お、おおお……? とよぼよぼと片手を出すと、ルーはわずかにあいていたドアの外を見る。
「朝食の準備ができたという伝言を持ってきただけだ。さっさと準備しろ」
「ああ、はい……」
準備と言われたものの、服はもう勝手に着替えている。昨日、私がメイド長をクビにして、さらに大量の解雇を出すという屋敷内の大編成を行ったので、人員の調整はまだまだ落ち着きそうにない。
だから朝は放っておいてほしいと、新たなメイド長となったユフィにお願いしたのだ。
とはいえ、やはり汗だくの姿のまま行くわけにはいかない。
「すぐ行くから、先に行っておいてもらえる……?」
なんだか疲れてしまって、がっくりしながらルーに伝えると、彼は「そうか、わかった」とこくんと頷く。こうしてたまに子供らしい姿をするルーだが、基本彼はさらりと毒舌である。
私は小さい頃にお母さんが死んでしまったので、仮とはいえ親子っぽいことが少しはできたらいいなあと願っていたけど、これは無理そうだと改めて認識した。
それどころか、ルーと私の心の距離はこの村から王都くらい遠いかもしれない。自分で考えておいて全然笑えない。あーあ、とちょっとだけため息をついたところ、部屋の外に出ようとしていたルーが、ふいに振り返った。
「そうだ、言い忘れていた。……リッカ、おはよう」
にこっとこちらに向けられた笑顔のあまりの可愛らしさに、私はひょええと慄いた。破壊力がすごいぞ。
***
朝食の席では私の護衛騎士であるエヴァンとも顔を合わせたけれど、彼の様子がどうにもおかしいような気がしてならなかった。なぜか目が合わないのに視線は感じるし。
これでも一周目含めて、長年知っている相手の初めての反応に、はて? と首を傾げてしまったが、昨日の私の行動を不審がられているのかもしれない。それならしょうがないかな、と無視することにしてしまった。
食事の後は侍従長であるグレイからのお小言。
グレイになんの確認もなく屋敷の人員を変えたことを怒られたけれど、私は領主なのだからいちいち彼に許可を取る必要はないので、ちゃんと突っぱねた。
次に領主の確認が必要な書類も見せられて、『あなたでは確認できないでしょうから、こちらで勝手にしておきますね』という言葉を丁寧に変換して伝えられた。
慇懃無礼とはまさにこのこと。笑顔には笑顔で対抗すべし。
「本当に気にしないで? 全部こちらに見せてちょうだい」と、にっこりしながら執務室の机に座り、鬼のような勢いで溜まっていた書類仕事を終えると、グレイはぽかんと口をあけてできあがった書類を信じられないものを見るような目で見ていた。
そりゃあ、私だって一周目のときはわけがわからなかったわよ。
グレイに任せてばかりで、何もできない自分が悔しかったから、必死で頑張っているうちに、三年後にはなんとか領主として形になってきたのだ。さらに今回は過去に一度は目にした書類だから、能力的に劣る私でも見栄えがする結果を出すことができる。
(えーっと、今が初夏で、あれがあるのが、冬くらい、ということは逆算してあれをして、これをして、それをして……)
頭の中は目まぐるしく今後の予定を考えている。
まずは冬。ファリス村に、乗り越えるべき大きな試練がやってくる。机の上で素早く書類を整理しながら、私は一枚の紙に気がついた。
「――ファリス騎士団、ね」
それは、このファリス村の中に唯一ある自警団からの申請書だった。




