11 一人目、討伐完了
ルーと話している最中に部屋から回収していたそれは、細くて小さいから見づらいけれど、きらりと光る銀の色は、はっきりとメイド長の目に入ったはず。
「そ、それは……針……!?」
「そうね。あなたが私の部屋に撒いたのでしょう?」
たったの三本の針だが、布団の中、椅子のクッションの中、クローゼットの下にも落ちていた。どれも、お針子が確認を怠ったから、たまたまの偶然で、と言い張れる場所にあった。実際、一周目の私はその言い訳に、すっかり騙されていた。
……メイド長と前領主の関係を、具体的には私は知らない。ただなんとなく察するに、メイド長は前領主から優遇を受けていたのではないかと思う。
メイド長でありながら、屋敷の中で絶対的な権力を握っていた。
だから新しい領主となった小娘の私よりも、他のメイドたちもメイド長の命令を優先してしまったのだろう。
メイド長も、今まで楽しくやってきた中で唐突に現れた小娘を面白く思わなかった。
わからない程度にからかってやろうという気持ちが、これから先の二年間で少しずつ冗長して、いじめという形に変わっていってしまったのだ。
「は、針を領主様のお部屋に撒くなどと、そんな恐ろしいことが私にできるわけがありません!」
「あらそう? じゃあどこから紛れ込んだのかしら。布団の中や、クッションの中、それからクローゼットにもあったわ。布団やクッション……これらはどこから購入したの? それとも、屋敷のメイドが作ったのかしら? もしメイドが作ったのなら、この屋敷は、お針子たちの針の本数を把握しているでしょうから、すぐに犯人がわかるわね!」
屋敷で使用される針は個人のものではなく備品として扱われる。
貸し出しの際には誰が使用したかざっくりとだが確認されるため、当然、管理記録もある。
管理するのはメイド長自身だからなんとでもごまかせると思ったのでしょうね。でも、針を購入した数はごまかすこともできない。管理記録と現状が噛み合わない状態を探していけば、改ざんした人間――むしろメイド長自身にたどり着くことができる。
針をテーブルの上に置いて、手を叩いてにっこりと私が笑うと、メイド長はさらに顔を青くさせていく。……一周目のときだって、調べようと思えばできた。私が偶然そうなったという言葉を信じていたから大事にならなかっただけで。
気の弱い小娘が来ると思っていたのなら残念だったわね。人のことを舐めすぎなのよ。
「そ、そ、あ、う……」
「ユフィ」
「え……? は、はいっ」
まるで酸欠になった魚のようにはくはくと口を何度も開け閉めするメイド長を無視して、私の隣にいるメイドに声をかける。ユフィは弾かれたように返事をしたが、不可解そうに細い眉を寄せた。うん、驚くはずよね。
だって私、ユフィの名前なんて聞いてないもの。――今回の、二周目では。
「シェリー、マーガレット、ミミ」
給餌をしていたメイドたちが、私が声を発する度にぎょっとして顔を上げる。
「ゼガロ、アルコロ」
今度は、端に待機していた使用人たちが。
「トビー、カバス、マロー」
あ、勢い余ってこの場にはいない人間の名前まで言っちゃったわ。これは庭師と料理人ね。そのことにはみんな気づかなかったみたいなので、さらっと流すことにした。
「な、なぜ……皆の名を……?」
「さ? どうしてかしらねぇ? イーリ」
怯える顔をするメイド長に、わざとらしく微笑み名前を告げると、彼女はぎくりと後ずさる。なんで名前を知っているのか? そんなの二周目だからに決まってるでしょ。あなたたちの名前くらい、さすがに覚えてます。
しかしメイド長からすれば、別の意味に聞こえるだろう。
『この屋敷のことは、事前にすべて調べているのよ?』と遠回しに言われていると勘違いするはず。……フフフンッ!
これぞ秘技・ 知 っ た か ぶ り である!
「……さて。先程名前を挙げた者でユフィを除いた者たち、もちろんメイド長のイーリも含めて、ですが」
本日何度目かわからないような、私は花のような笑顔を浮かべて、
「全員、解雇させていただきます」
にこーっと、宣言した。
「は、いや、いきなり、何を……!?」
「そうです、私たちは何もしていません!」
「どうしてそんな……!?」
しばらくの沈黙が落ちたと思ったら、メイド長以外のメイドや使用人たちがワッと騒ぎ出す。どうしてと言われても、一周目では散々嫌がらせをしてきた人たちだし……。いくら鈍い私でも、何度も繰り返されたら誰が犯人かくらい目星もつく。
今回だって、こちらに手出しをしないのなら放っておこうと思っていた。でも、そうじゃないのなら、私だってやり返すわ。
「みなさん自身の心に確認したらわかるんじゃないかしら? メイド長についていけば、美味しい思いができると思った? 残念なことね」
部屋の針や塩混入に、彼らが関わっていない可能性もあったが、メイド長との言い合いの最中、私は慎重に名前の人間たちの様子を観察していた。その他、屋敷の庭の乱雑さや、調味料の持ち出しは、この場にいない者も関わっていなければなし得ない。名前を挙げた人間たちは、これから先、私の足を引っ張ろうとしてくる者たちばかりだ。さっさと排除しておくに越したことはない。
また、スープに直接塩を入れたにもかかわらずユフィだけ解雇しなかったのは、別の理由があってのことだ。
「ユフィ。あなたにはイーリに変わって、新たなメイド長となることを任命します。……イーリに脅されていたのでしょう? 怖かったわね」
「リ、リッカ様……!」
慈悲深く微笑んだ瞬間、ユフィはぼろぼろと大粒の涙を流して、私の手を握りしめ跪いた。私は彼女の背中を優しくなでる。
(これこれ。いいわねー、単純な子って)
もちろん心の中はにょきっと悪魔の角を生やして、くひひと笑っている。
一周目でもメイド長に脅されて、いつでもどこでもユフィはがたがたと震えていた。脅しに屈しやすいということは、こっちからも脅しやすいという意味でもある。直属の人間は扱いやすい方がいい。まさに私ったら悪女ね!
まったくいつまでそう泣きじゃくっているのよ、しっかりなさい、という意味で私はユフィを落ち着かせたのちに立たせて、この場にいる人間たちを睥睨する。
「領主の食事に異物の混入――そして、私の自室に危険物を持ち込み、怪我をさせようとした件……通常なら、腕を切り落とされても文句が言えないわね。解雇とするだけ、ありがたく思いなさい」
私を利用しようとするならば、利用し返してみせる。
でもね、敵意を向けてくるのなら――いらないのよ。
その思いを込めて、特にメイド長を強く睨む。すると彼女はがくがくと震えて、ゆっくりと床に手をつき――頭を下げた。




