10 尻尾を引っ張るだけの簡単なお仕事
「お食事ができましたので、食堂へご移動ください」
部屋のドアをノックされてあけると、妙におどおどしたメイドに声をかけられた。
青い髪色で、肩口より少し短いくらいの髪型の彼女は、先程メイド長の後ろで震えていた子である。
(懐かしいわー。ユフィだったわよね? 常に子鹿みたいに震えていたから印象的だわー。このときから震えてたのね)
なんてどうでもいいことを考えて、ルーとともに食堂に案内されると、入り口にはエヴァンが警備役として立っている。
いつもの通り仏頂面だが、背後からは暗黒のオーラを感じた。そりゃあ、私の愛人と勘違いされた後なので、言いたいことしかないだろう。エヴァンには後でしっかり話し合わねば。なんかいい感じのことを嘘八百で言えるように今から考えておこう。
嬉しいことに、食事はちゃんとルーの分も用意されているようだ。
屋敷の人間たちはルーが私の息子であることをまだ納得はしていない様子だったが、無視をすることもできなかったらしい。
二人で座るには広すぎるテーブルに、私とルーは腰掛ける。私は一周目では何度も使ったテーブルなのでさして抵抗もなかったけれど、ルーはどうだろう? と心配になった。
が、それも一瞬のことで、給餌されることが当たり前、という顔でルーは堂々と椅子に座って、運び込まれる食事をつまらなそうな顔で一瞥している。ルーについては今後も心配する必要はなさそうだ。本当に不思議な拾い物をしてしまった……。
領主が来る通達自体はあったため、一応食事の準備は前もってしていてくれたらしい。ルーの分も子供相手なので少量で済むから、予備の分を回してくれたのだろう。
食前酒(ルーはまだ小さいのでアルコールがないものだった。この世界では十五歳からアルコールの摂取が許される)、前菜と、次々に料理が運び込まれる。
……このちまちまとした食事の仕方は好きじゃないのよね。
私が来る前に、前領主が希望していた食事方法なのだろうけど、何分効率が悪い。それに、ファリス村はダンジョン発掘で細々と生活しているだけの領地だ。なのに領主の一回の食事が、平民の稼ぎ一週間分くらいあるのはどうなの? と思う。
無駄は省きたいけれど、今回はせっかく準備してくれたのだと味わいながら食べることにした。さすがに就任一日目。料理長も気合を入れてくれたのか美味しいわね……と思っていたのだけれど。
最初に違和感を得たのはルーと私の料理を運び入れる順番がおかしかったこと。
この場で身分が高い人間――ざっくりいえば一番優先されるべき人間は私だ。私の分の料理が最初に準備され、席に運び込まれていくはず。
さっきまでは私、ルーの順番に料理が運び込まれていたのに、前菜が終わると、まずルーの席にスープが入れられた皿が置かれた。厨房から食堂までは距離があるため、スープは寸胴鍋に直接入れて、蓋をした形で運び込まれている。振り返ると、鍋から私の分のスープを、青髪のメイド――ユフィが、がたがたと手を震わせながら給餌している。ユフィの隣では、意地悪そうな顔をしたメイド長。ああ、来たな、と感じた。
私がコース料理が嫌だった理由は、時間や費用がもったいないということ以上に、もう一つある。
「じゃ、ジャガイモの、ポタージュでございます……」
――異物が混入される恐れが、増えるという理由もあるから。
怯えたようにユフィの手で置かれた、真っ白なポタージュスープ。乾燥したパセリがのせられ、白の中に緑がひっそり混じって美しい。私はそのスープを冷たい目で見下ろし――思いっきり、床の上にひっくり返した。
「ひっ……」
唐突に皿を掴んで中身を捨てた私に対して、ユフィは小さな悲鳴を上げる。私はそれを無視して、食堂中に聞こえるように、はっきりと、けれども張り出したわけではなく、上品な声を出す。
三年の領主生活の間に、どのように話せば威厳があるように見せることができるのか、取得済みなのである。
「ごめんなさいね? 私、口に合わないものは食べない主義なの」
「な、何を……! 今あなたは何したのか、ご理解しているのですか!?」
私が微笑みながら見つめると、メイド長はしばらくの間呆然としていたけれど、じわじわと顔を真っ赤にして叫びながら言い返す。もちろんわかってるわよ。
瞬間的に、私はこの場にいる人間たちの咄嗟の行動を目の端で把握する。ちなみに入り口近くにいたままのエヴァンはぽかんと口をあけていて、ルーは食事の手を止めて、どこか面白そうに私を見ていた。
「ええ。もちろん。……このポタージュスープは特別製のようね? うちの息子は美味しく召し上がったようだから、シェフの手によるものではなく、私だけ、別の人間の手によって素敵なスパイスが付け加えられたのかしら――そうね。もしかしたら、毒……」
「ち、違います! 塩です!」
「ユフィ、だまりなさい!」
耐えかねて叫んだユフィをメイド長が怒鳴ったけれど、もうそれって、誰がしたのか自白しているようなものよね。まあ別に、自白がなくても鍋の中に証拠が残っているから、どちらでもよかったんだけど。ルーの分を取り分けた後で、私のスープにはしっかりと塩の味が混ざるように、温かい鍋の方にたっぷりと塩を入れてかき混ぜたのでしょうね。
別にわざわざ食べなくても、自分の【鑑定】スキルで、塩入りなことくらいわかるのよ。
メイド長は自身の失態に気づいたらしく、「あっ」と口元に手を当てた後、すぐに表情を一変させ、にこりと優しげに取り繕い私に近づく。
「……リッカ様はご存じないのでしょうが、塩入りの料理はファリス領の特産です。ええっと、息子……様? には、少し刺激が強いかと思いましたので分けましたが、新たな領主として、リッカ様にはぜひ味わっていただきたく……」
「あらそうだったの。知らなくてごめんなさい。じゃあ、そんな特別な料理を私だけで味わうのは申し訳ないわ。見たところ、スープにはまだ余裕がありそうね。ぜひ領民たちを招いて、みんなで食べましょう」
「そ、それは……」
しょっぱすぎて食べることもできないものを特産品呼ばわりなんて、無理があるに決まってるでしょ。が、しかし。この言い訳を、実は一周目の私は信じていた。
メイド長の手先によって味を変えられた……いうなれば味変された塩料理がランダムでコース料理に紛れ込む度に、私は頑張って食べた。【鑑定】スキルで事前に塩入であることがわかっていたけれど、領民たちが愛するものなら、私も好きになりたい、いつか好きになるはず……と、文字通り泣きながら食べて、飲んで、食べた。メイド長が腰の痛みで早期退職する二年後に、ぴたりと塩漬け料理が出なくなったことから、私はやっと自分が騙されていたと気づいたのだ。そんなことある???? 悲しいことにあったんだよ。
塩はたしかに毒ではない。けれど、必要以上に摂取すれば十分に体に害を成す。
実際、塩料理を連日無理をして食べていたときは顔がむくんでいたし、よく目眩を起こしていた。それに【鑑定】スキルで覚悟ができるといっても、わかっていても回避できないことが、逆にとても辛かった。
「う……、もしかすると、メイドや、料理人が、必要以上に調味料を入れてしまっているかもしれないので……」
今度は人のせいということね。実際に実行したであろうユフィは、今すぐに泣きそうな顔になっている。命令されたとはいえ、まずい食事を出したのだから別に同情はしないけど。
「うっかり間違ってしまったということ? たしかに、そういうこともあるわよね」
「そ、そうです。うっかりです。ですが、奥様に食べていただけるものではないかもしれないので、こちらは破棄いたします」
メイド長ったらほっとしたわね。『リッカ』が『奥様』に呼び方が戻っているわ。
「ええ。うっかりはよくあるわよねぇ。それなら、領主の部屋に危険なものが配置されているのも、よくあるうっかりかしら?」
そして私はポケットに入れていた布袋から、『とあるもの』を取り出した。




