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剣を奪われた「剣聖」、「農夫魔導士」になる~農夫なので王都の支配者を雑草として間引きします~  作者: 赤木典子


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9.醜悪な儀式

R15の残酷描写が含まれる場合がありますのでご注意ください。

 王都の貴族街の中央部に、マチルダの秘密儀式の間はあった。通称実験室。実験などしてなかったがもっともらしくそう呼ばせていた。隠す必要性など感じていないように堂々と構えられたその場所には、腐敗臭を隠すための濃厚な香水の匂いが立ち込めていた。


 趣味の悪い豪華な部屋の中央、祭壇の上に一人の痩せ細った少年が横たわっている。孤児院から「引き取られた」ばかりの新たな犠牲者だった。少年は眠らされ、体からは生命力そのものである青白い魔力の糸が祭壇の前に立つマチルダへと注がれていた。



「あぁ……素晴らしいわ。この子の生命(いのち)が、私を若返らせてくれる……」


 マチルダは恍惚の表情で、少年の生命を吸い上げていた。彼女の肉体は、禁忌の術を使い定期的に誰かから奪った魔力で無理やり若作りをしているのだ。



「さあ、最後の一滴まで絞り出してあげる。……私のためになれるなんて、あなたついてるわねぇ。あなたの生命にも意味があったってことよ。光栄に思いなさい。うふふ」


 マチルダが嬉しそうにはしゃいだ、その時だった。




 ドォォォン!!




 分厚い扉が、爆風で吹き飛んだ。


「なっ……!? 神聖な儀式の途中なのよ!」


マチルダが慌てて振り返り、粉塵が治まると、そこには怒りに燃えるクリスティーヌと、一人の男が佇んでいた。


「神聖? ……聞いて呆れるわね、マチルダ! 同じ魔導士として、あなたのやってることは絶対許せない!」


 クリスティーヌが杖を振ると、祭壇の少年はマチルダと分断され、結界に包まれる。


「何すんのよ、もう少しだったのに! ……覚悟しなさいよ、私を怒らせるなんて。私にどれだけ魔力があるか思い知るがいいわ!」


 マチルダは豹変し、少年から奪ったばかりの魔力を魔力砲に変え始めた。彼女の周囲の空間が歪み、赤黒い稲妻がバチバチと弾ける。難しい論理など関係ない、力任せの暴力のせいか、魔法の起動には時間がかかっていた。


 マチルダが両手を突き出し、極大の魔力砲を放とうとする。何人分の魔力なのか、直撃すれば人間など跡形もなく蒸発するほどの威力だ。クリスティーヌが素早く障壁を張る。だが、それより早くレイが一歩前に出た。


 いつものように武器は持たず、呪文も唱えない。ただ、マチルダが放とうとする光の軸に、スッと自然体で歩み寄った。



(……準備が遅い。そして、雑だ)


「レイ! 隙は右側よ! 狙うなら右よ!」

「わかった!」




「死ねぇぇぇぇッ!!」



 放たれた魔力砲は、レイにはゆっくりと見えていた。確かに威力は桁外れだ。まともに受ければひとたまりもない。だが、魔力砲とは、魔術の基本だ。マチルダの攻撃はあまりに力任せで隙だらけだった。 


(――クリスティーヌに教えてもらった今ならわかる。あの時の自分はこれよりも稚拙だったのか)


 レイは衝突の直前、ほんのわずかに半身になり、魔力の流れの隙間に自身の指先を滑り込ませた。


 

「……『割れろ』」



 彼は指先に、ほんの少し魔力を込めた。それは完璧な瞬間と角度で、マチルダの魔法に干渉した。次の瞬間、部屋を飲み込むはずだった赤黒い光がレイの直前で真っ二つに割れ、彼の左右を素通りして後方の壁に激突した。



ズガガガガガンッ!!



 壁が崩れ落ち、大地震に見舞われたかのように部屋が揺れる。しかし、その真ん中に立つレイと、後ろにいたクリスティーヌ、そして祭壇の少年は障壁に守られ、壁の破片のひとつもかからなかった。


「……は?」


 マチルダは、自分の攻撃がなぜレイたちを避けていったのか、その事実を飲み込めない。


「な、何が起きたの……? あなた、何をしたの!? どんな防御結界を使ったのよ!?」


 彼女は理解できなかった。自分の魔力の方が圧倒的に上だったはずだ。相手は呪文詠唱すらしていなかった。なのに、なぜ自分の攻撃が「滑って」いったのか。


「……結界? 私はそんなものは使っていませんよ」


彼女は、魔力量こそが強さを決めると信じていた。そして彼女は知らない。目の前の男がかつての「神速の剣聖」であることを。魔力を「武器」としても、その本質が変わらないことを。




 突如、立ち上る土煙が冷たい風に流される。逆上して再び魔力を溜め始めたマチルダの背後に、影が落ちた。


「……諦めなさい、マチルダ。君のかなう相手ではないよ」


「これ以上の醜態を晒さないでくれたまえ」

という、声がした。筆頭魔導師の法衣を翻し、いつの間にかそこに立っていたのはトビーだった。彼はマチルダの肩に手を置く。その瞬間、彼女の魔力が氷を押し当てられたように急速に冷えた。


「トビー!? 邪魔をしないで! この男、私の魔法を……!」 「黙りなさい。君は、自分の魔法が『なぜ』外れたのかわかっているのか。今の君が何を放っても、あの男には届かないよ」


 トビーは何やら空中に術式を書いた。するとマチルダが、突然意識を失う。トビーが魔法で眠らせたのだ。その間も眼鏡の奥の細い目で、じっとレイを観察している。




「……はじめまして、名もなき魔導士殿。いや、『元・剣士』殿と言うべきかな?」



 トビーの視線は、レイの指先に注がれている。防御結界が使われた形跡はない。魔力の消費も最小限。そこにあるのは、魔力の「流れ」を最小の労力で効率的に受け流した形跡だけだ。


「……こちらこそ。()()()()()()()初めてですね、筆頭魔導師様」


 レイは少年の前に立ち、静かにトビーを見据えた。二人の間にバチバチと何かが散ったようだ。


「......なるほど、そういうことでしたか。お会いするのは初めてじゃなかったんですね。……マチルダは連れて帰らせてもらいます。彼女の教育は後でちゃんとやりますから、ご心配なく。だが、覚えておいてください。私はギデオンのように、筋肉の動きだけで先を読めるほど単純ではないですからね」


 トビーは、ある意味でギデオンを馬鹿にしているようだったが、指先を鳴らしただけで、空間が歪み始めた。高度な転移術式だ。




「あなたのような『異常値』は、本来なら無視するべきかもしれない。考えてもしかたないものかもしれない。でも、私には実に興味深い。あなたも私の計算式に組み込んで差し上げますよ。……次に会う時は、あなたのその『流し』が通用しないよう、世界そのものを書き換えて見せましょう。非常に楽しみです」


「……計算式、ですか。計算で予測通りに事が運べば楽なものです。ですが、天気は意外と思った通りにいかないものですよ」


 レイの言葉など理解する必要性も無いとばかり、トビーは表情一つ変えず、マチルダと共に影の中へと消えていった。




   *




 王都の魔導塔に帰ると、トビーは意識を失ったマチルダを部下に託し、机に向かって魔導計算機を叩き始めた。


「……ありえない」


彼の目は、熱病に冒されたような光を放っている。


トビーは先ほどの戦闘の痕跡を、自らの魔力で『記録』していた。


「防御ではなく、干渉した……? マチルダの魔力密度の低い箇所を見抜き、そこに異質の魔力をぶつけて向きを変えたというのか。あんな芸当、魔導の理論ではない。あれは――」


 トビーは、かつてレイが剣士として頂点にいた頃の実戦記録を取り出した。


「剣術における『いなし』。それを魔力に置き換えたというのか。……剣を奪われ、自らの『剣』を魔法というものに置換したと」



 トビーの指が激しく机を叩く。それでは正面から力押ししても勝てる見込みはない。


トビーは暫くぶつぶつ独り言を言いながら何か考えていたが突然何かを思いついたように膝を叩いた。


「ああ、なんて面白い。……ならば、その『剣』が通用しないほど、世界の法則そのものが崩壊した戦場を用意してあげよう」




 ギデオンが名誉のためにレイを追ったのに対し、トビーにとって今レイは「解き明かしたい存在」だった。


 トビーの計算は何日にも渡った。彼は書き上げたばかりの報告書を、じっと見つめていた。その内容は、レイ・アカツキの生存と、彼が使う異質の魔術に関する詳細な分析だ。


「……いや、まだ見せずにおこう」


 トビーが報告書を灯の火にかざすと、眼鏡に火の粉が反射した。ギデオンにこの事実を伝えれば、即座にレイを力頼みでねじ伏せようとするだろう。そうなれば、レイの持つ特殊能力は解明されないままになってしまう。


「あんな短絡的な脳筋男に、この価値はわからない。あの男を解体し、その真理を我がものにしなければ」


 トビーは瞳をぎらぎらと輝かせた。彼はギデオンへは「マチルダの実験中に野良魔導士が暴れただけの小事」と偽りの報告を送り、独断で「レイ・アカツキ捕獲作戦」を開始することに決めた。




「マチルダが起きたらすぐに準備するように言おう。捕らえないといけないからな……あの『農夫』が、二度と畑に帰れないように」


 暗くなった部屋の中で、トビーの眼鏡が灯の光にぎらりと反射した。



トビーはすっかりレイに夢中です。

ウルスラの店に行ったときにどこかにレイがいたことに今更気づきました。



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