2-16.ワーウィック伯爵の生存戦略
R15の残酷描写が含まれる場合がありますのでご注意ください。
ワーウィック伯爵は、紋章の入っていない古馬車を借りてきて少し離れた森の中に御者ごと待機させておくように執事に言いつけた。そして、紋章入りの馬車は私邸の馬車溜まりに堂々と止めておくようにも言った。パウエルの手のものが見に来た時に少しでも時間を稼ぐためだ。
そして、家の使用人たちに、自分はちょっと奥の私室にいるから誰か来ても待たせておいてくれと言いおいて、私室にこもる。
それからが忙しかった。ここは2階だ。シーツを割き、何重にも結ぶ。強度を確かめながらバルコニーの手すりにそれを結ぶ。
まとめた荷物を背に、それを伝い降りた時、ワーウィック伯爵は汗だくだった。
それから、半月の光を頼りにこけつまろびつ私邸の敷地を抜け、自分で馬車を停めておくように指示した少し離れた森に向かう。
衣服は泥にまみれ、とても貴族には見えなかったが、伯爵は必死だった。
やっとの思いで馬車にたどり着いたが、御者は伯爵が泥だらけでしかも、誰もつれずに現れたのを見て目をむいた。
「お客さん、一人ですか?」
指摘されて、大声で指示を出そうと思い大きく息を吸ったが、その場には使用人は誰もいないことを思い出した。
「誰か連れてくるべきだったかな?」
しかし、もう今更戻る時間はないので、自分で御者に伝える。
「ちゃんと支払はするから安心してくれ。ほら、前金だ。走った分は別に払う。ただこのことは誰にも言わないように」
いくら馬車ごと借りると言っても法外な前金に御者は驚いたが、口止め料も含んでいるのかと思い、くれるというなら貰っておこうと仕舞いこんだ。
「王都の南に向かってくれ。細かいことは後で指示する」
王都の南には王家の別邸があった。そこは王族が静養するのによく使われる立派な建物だった。
「王家の者が隠れるにはちょうどいいだろう」
ワーウィック伯爵は何の確証もなくそこへ向かった。自分の勘を信じて。
空が明るくなってきた頃、馬車は王都の南の街道に出る。別邸はもう少しだ。そこに行けば、おそらくサイラス国王がいる。
まもなく馬車は別邸に着いた。なんとなく人気もなくがらんとしている。
一瞬「ここじゃなかったか?」と思ったが、「いや、隠れているならこのくらいがらんとしてないとばれてしまうからな」と思いなおす。我ながら的を射ているに違いない。
正面の門のところには、警備の騎士たちがいた。
「突然の訪問、平に容赦願いたい。だが、一刻を争う事態なのだ。すぐに陛下に取り次いでくれ」
「陛下?」
「そうだ、陛下だ。ここにいるんだろう?」
伯爵は自信満々に言った。
王家の別邸にはここの他に王都の北に狩猟小屋がある。だが、こちらの方が豪華なので陛下が逃げるならここだと伯爵は確信していた。
「陛下はこちらにはいらっしゃいません。どちらにいるのかは我々にも知らされておりません」
警備の騎士にはすげなく振り払われたが、伯爵はあきらめない。ここにいると信じているようだった。
「本当は居るんだろう?」
「本当にいらっしゃいません」
暫く門番とにらみ合いが続く。伯爵は折れそうな心を必死に奮い立たせていた。
伯爵が切り出す。
「私はワーウィック伯爵。王城の!最新の王城の情報を持ってきた」
「最新の!?」
ワーウィック伯爵は無事にサイラス国王に、会え......るわけがなかった。本当に国王はここにいなかったのだから。ワーウィック伯爵の予想は見事に裏切られた。
この建物の中には、少しの警備の騎士と少しの魔導士、何人かの女中がいるだけだった。
簡単な応接室に通されたワーウィック伯爵は王城の様子を熱っぽく語る。
「だから。ケスラー公爵が黒い根の栄養として......」
留守番の騎士はうんざりした様子で説明する。
「だから、何を言ってるかわからないので、少し黙っててください。あなたの情報が本当に大切なものなのか今聞いていますから」
この間に情報の価値を誰かに問い合わせているらしい。どうやらここには遠距離通信の設備があるようだった。そのために魔導士がいたのか。ワーウィック伯爵はやっと腑に落ちたと思った。
暫くすると手に目隠しのようなものを持った騎士と魔導士が入ってくる。
「今から目隠しをして転移させていただきます。拒否権はありません」
「......」
「いいと言われない限り、目隠しを外したりしないこと、暴れたりしないことを誓っていただきます。守れない場合はお命の保証は致しかねます」
「ふぇっ」
喉の奥から変な音が出た。しかし、ここからどこかへ転移するようだ。パウエルからは逃げられたということだ。ワーウィック伯爵は神妙に頷いた。
頑丈に目隠しされ、体も縛られ、拘束された状態で羽交い絞めにされたような気がした。次の瞬間、転移特有のぐにゃりとする感覚があった。今度は人の気配がする。
「連れてきました」
「ご苦労だった。魔導士はあちらの部屋で休め」
「はい」
ワーウィック伯爵は......目隠しのおかげで幾分ましだったものの、こみ上げる吐き気を必死で抑え込んでいた。
「なんだ、酔ったのか」
男の声がした。聞いたことがあるようなないような。
「ワーウィック伯爵」
「はい」
「まずそなたが本物かどうか確認する。そのまま待て」
男は「どうぞ」と言った。
新たな気配が近づく。
「そのまま顔を上げよ」
別の男の声がした。この声も聞いたことがあるような気もした。その人はしばらくワーウィック伯爵のことを見ているようだったが、やがて言った。
「本人だ」
「わ、私の顔を知っている方がいるんですか?」
「余計な詮索はしない方が身のためだぞ」
先程の男が念を押す。
「じゃあ、知っていることを話してもらおうか」
「話します。全部正直に話しますからお願いだから助けてください」
「それを決めるのは話を聞いてからだ」
一つ息を飲み込んでからワーウィック伯爵は話し始めた。
一年くらい前からセレーネの主導のもとに、ガルダ王国も交えてアルカディアの乗っ取りを計画していたこと。ガルダ王国の狙いはアルテア港を手に入れること、つまりアルテア港までを自国の領地とすること。自分たちの目的はあくまでもナサニエル第一王子を国王に擁立することだったこと。それが利権欲しさだったことは話さなかったけれど。
その計画の一部だったギデオンが、途中で失脚してしまったこと、それで当初の計画が少し狂って練り直しが必要になったこと。
しかし、魔力開放があって、アルカディア王国が豊かになると同時にノクトゥルナ王国の黒い根が育つのにこれ以上ない好条件になったこと。この機に乗じて一気にことを進めようという雰囲気になったこと。
無事?王城を手に入れてから、話が食い違ってきたこと。当初の話では、ナサニエル王子を国王にしてアルカディア王国とノクトゥルナ王国の協力体制を強化するという話だったのが、ケスラー公爵は肥料になってるらしいこと。多分、次はまたまたアルカディアの貴族が、王城の黒い根の肥料になるであろうこと。
「ただの協力体制のため? そんなうまい話がどこにあるっていうのよ。そのくらいちょっと考えればわかるでしょうに。ねえ、マーガレット様」
「そうね、そんな甘言に騙されるなんて、相当おめでたいわね」
女性の声がした。女性は、容赦ない。
伯爵はこれ以上ないくらい小さくなっていった。
「あいつらは、人を肥料として扱うことに何の抵抗もないんです」
「知っている。ケスラー公爵はナサニエル殿下の身代わりになったんでしょう。どんな風に肥料にされているのかも、見てきたからわかりますよ。」
話が通じた。
ほっとすると同時に疑問が出てくる。
「ん? 見てきた? 身代わり? ということは、あいつらはナサニエル王子を肥料にしてたと?」
ワーウィック伯爵は仰天する。
「そんなの、ケスラー公爵、怒って当然だよな......」
ワーウィック伯爵はぶつぶつ言い始めた。
「なんだ、それは知らなかったのか」
あまり知らないということがばれてしまって、利用価値が認められないと、放り出されるか始末されてしまうのではないかと心配になった伯爵は、拘束されたまま大声で叫ぶ。
「ね、ねのたみ!」
ワーウィック伯爵はケスラー公爵ほど大物でないので、周囲の顔色を見ることに長けています。
「ねのたみ」とは何でしょう?伯爵の持ってきた情報は有用だったでしょうか。続きをお楽しみに!




