2-15.目撃者の受難
R15の残酷描写が含まれる場合がありますのでご注意ください。
ワーウィック伯爵は急いでいた。ケスラー公爵から「早く来い」と言われていたからだ。なんでも、ケスラー公爵が供出した警備の魔導士が交代に戻らないので確認に行かせたところ、警備中にもかかわらず「黒い根」に取り込まれていたことが明らかになった。
「そんなことあるかいな? パウエルさんによれば黒い根の肥料は、十分足りてるって話じゃなかったかな?」
馬車溜まりには、「ケスラー公爵家」の紋章の入った馬車が止まっている。
「ありゃ、まずいぞ。公爵もう着いてる!」
ワーウィック伯爵は王城の中に入ると、案内してくれるはずの侍従の姿を探す。外に何人かの騎士が見張ってはいたが、中には誰もいない。少し待つと、侍従が奥から戻ってきた。
「ケスラー公爵、もう来てますよね? 怒ってました?」
侍従に恐る恐る聞いてみる。
「いらしてます。たった今、ご案内をパウエル様がしてくれるっていうんでお願いしてきたところですよ」
待合には、ほかにも侍従を訪ねてきた人たちが待っていた。
それを見たワーウィック伯爵は言った。侍従から気遣いができると思われたかった。
「ああ、俺は一人で行くからいいよ。案内はいちいちいらないから。城の中はわかってる」
「助かります。公爵は第三応接室にお通ししてありますから」
「わかったわかった」
「はて。それにしても随分事務的な場所に案内したんだな? ケスラー公爵ともあろう方を」
本来なら公爵ともなれば黄金の間とか瑠璃の間くらいに案内されたっていい。伯爵は、ちょっと不思議に思ったが、自分の知らないところで色々あるんだろうと思って気にしないことにした。
ワーウィック伯爵は「きさくな伯爵」を自認していた。
「きさくに接しといた方がセレーネ様もパウエル様も親しみやすいだろう......
それに、城内なんていちいち案内してもらわなくたってこの国の貴族なんだからわかるの当たり前だろう......」と独り言を言いながら客間へ向かって歩いていく。
廊下の角を曲がり遠くに客間が見えてきたとき、ちょうどパウエルとケスラー公爵が部屋から出てくるのが見える。自分もそこに向かった方がいいだろうと思い、彼らの行った方に急いだ。横を見ると王城の中なのに「黒い根」がやけに太くなって壁を伝って脈打っている。少し薄気味悪かった。
「気持ち悪いな。この「根っこ」早く何とかならないのかね」
ワーウィック伯爵は独り言をいいながら、二人を追う。
「なんだ、玉座の間にいくのか」
二人がどこに向かっているのか理解した伯爵は少し歩を緩める。
「急いできて汗だくだから、普通に歩こう」
伯爵は独り言の多いタイプらしい。ひっきりなしに独り言を言っていた。
玉座の間が見えるところまで来て様子を伺う。
「入って平気かな? 扉の外で待ってた方がいいかな?」
玉座の間の扉は開けっ放しだった。
「ずかずか入って怒られたら嫌かもしれないからここで少し様子を見よう」
「こんなところにナサニエル王子をとじこめていたのか。あの方は我が国の王になるお方だぞ」
ケスラー公爵の怒った声が聞こえる。
「ナサニエル様の処遇についてもめているのか。ケスラー公爵も頭が固いからな。パウエル様のやり方じゃ気に入らないらしい」
そもそも、薬漬けにされて、自分の言葉を発することもできないような王様なんて、お飾りもいいところなんだから、ちゃんとした処遇なんて期待するだけ無駄じゃないかと伯爵自身は思っていたが、それは言わぬが花だった。自分はケスラー公爵の金魚のフンをしていればいいのだから。
「触らぬ神に祟りなし.....」
ワーウィック伯爵が扉の影で二人の喧嘩が収まるのを待っていると、途切れ途切れだが会話が聞こえてくる。
「......セレーネ様と私は、アルカディアが建国される前、この地に住んでいた『根の民』と呼ばれた民族の末裔なのですよ」
「ふうん。ねのたみねぇ。知らないなぁ」
呑気に二人を待っていたのだが、そのうちパウエルはケスラー公爵の意識を奪い、あの巨体を何ということなく持ち上げ、黒い根の餌にしてしまったではないか。
「な、何が起こった?」
事態を理解した伯爵は歯がガチガチとなるのを聞いた。
「一体何の音だ?」
恐怖のために自分が出している音だと気が付かないほど伯爵は恐怖に支配されていた。
今すぐ走って逃げたいのに体が動かない。
「こ、公爵さんの魔力が尽きたら?」
動けずにいるとさらにパウエルの声が聞こえた。
「お洋服が少し汚れてしまいましたね。でももう、そんなことを気にする必要もありませんよ。かつて根の民を「間引き」したあなたたちの先祖が何て言ったかご存知ですか? あ、そうか、もう答えられないんでしたね。教えて差し上げますよ。『肥料にちょうどいい』って言ったんですよ。面白い話でしょう?」
「先祖......? 肥料にちょうどいい?」
「さ、ここでゆっくりお眠りください。寝ているだけでいいんですから、楽なもんでしょう? 肥料の順番が多少狂いましたけど、ま、問題ないでしょう」
パウエルが公爵に話しかけている。
「ん? 寝ているだけでいい? 肥料の順番?」
一瞬考えた後、伯爵は反射的に理解した。
(パウエルに気づかれる前に逃げなければ。でも体が動かない!)
よく腰を抜かさなかったものだと感心するが、伯爵は何とかして転がるように王城を出た。出入り口にも何か仕事中だったようで侍従もいない。
馬車に乗り込んで息を荒くしながら「家へ!」と叫んだ時、伯爵は生まれて初めて「歯の根が合わない」というのを経験した。ふと見ると公爵家の馬車はまだそこに止まって主人を待っていた。
「ひ、肥料ってなんだよ!」
伯爵は王都の私邸に帰って、急いで図書室に行ってみた。国の歴史について書かれた立派な本を手に取る。どんな貴族の家にも置いてある本だ。
「ねのたみ、ねのたみ」
まだ震えが収まらない手で頁をめくる。
「ねのたみ」という記述はない。そこには華々しい建国の歴史が書いてあるだけだった。
「ねのたみについてはわからないじゃないか」
「それにしても、挨拶もしないで帰ってきたのは失敗だったかもしれない」
「体調不良でも、急用でも、何か言っておけばよかった。着いた時は侍従に会っているし、一人で客間に向かったのも知っているし、パウエルに何か気が付かれてしまったかもしれない。そうしたら捕まえに来ないわけがない」
次から次へと色々な考えが浮かんできて心配が処理し切れなくなった時、ケスラー公爵家に使わした使者が戻ってきた。
「ケスラー公爵はしばらく王城に滞在されるとの連絡がパウエル様よりあったとのことで、お帰りになりませんでした」
と言って詰所に戻っていった。
「ケスラー公爵が王城に滞在? 確かにそうだが......もう二度と帰ってこないよな。そういうのは滞在っていうのか.......?」
伯爵は「次は自分の番かもしれない」と直感していた。
「逃げなければ」伯爵は泣きそうだった。捕まれば確実に「餌」にされる。
なりふりなど構っていられなかった。
大変です。伯爵はパウエルが何をしようとしているか、見てしまいました。
逃げ切れるでしょうか?続きをお楽しみに!




