2-14.新しい肥料
R15の残酷描写が含まれる場合がありますのでご注意ください。
王城の執務室では、セレーネの筆頭秘書官パウエルが、欲にまみれたアルカディア貴族たちの「誰を・どの順番で・肥料にするのか」を考えているところだった。
(セレーネ様には、元々、国内貴族の夢見てるような利権を与える気なんて無かったのさ。それにも気づかず愚かなことだが、あんな奴らでも肥料としては優秀だろうからな)
セレーネの右腕として暗躍するこの男は自由に動けないセレーネに代わり、アルカディア貴族やガルダ王国との折衝の席にも参加していた。
*
王城を守って繭のようになっていた黒い根は、それまではナサニエルの魔力をたっぷり吸い、美しく並んで同じ方向を向いていたが、身代わりとなっていた氷が溶けてしまって暫くすると、飢餓感を覚えて乱れ始めた。
黒い根は肥料を求め、蠢き始める。王城を潰しかねないようなキシキシとした音が鳴り始め、執務中だったパウエルもさすがに異変に気が付いた。
この王城を手に入れるのは、比較的簡単だった。サイラス国王を南の港におびき出し、国内貴族がサイラスの兄ナサニエルと城に入る。何もおかしなことはなく異論を唱えられるものは誰もいなかった。こればかりは、ナサニエルとサイラスの仲が良かったことが幸いした。
王城に入るまでは薬漬けにしたナサニエルには自分の足で歩いて入ってもらい、アルカディア貴族の手引きで自分も王城に入り、ナサニエルの監視役をアルカディア貴族と交代する。通行手形としての役割を無事果たしたナサニエルには、王城を守るための黒い根の肥料になってもらう。
「一年も掛けたのだから、いい肥料に育ったよなあ」
パウエルは鼻歌でも歌いだしそうだった。
薬でナサニエルの魔力量を増やし、自分たちの言うことを聞くように「品種改良」してきた。弟のサイラスを補佐するために「健康になりたい」と願っていたナサニエルは「健康になるため」と言えば疑わずに薬を飲んでくれた。初めの何回か乗り越えればこちらの物だった。ナサニエルにはもう自分の意志はほとんどなくなっていたからだ。
「薬欲しさに実験体はどんどん狂っていったしな。まともに生き残ったものはなかったな」
その結果ナサニエルは薬のおかげで健康になり、質の良い魔力量も膨大になり、よく言うことを聞く良い「苗」に育った。将来黒い根の肥料にされるとも知らずに。
我ながら完璧な作戦だった。元々この国にはたくさん魔力攻撃をしてもらって、どんどん「黒い根」を太らせてどうしようもない状態に追い込む予定だったが、拍子抜けするほど何の戦闘もなく、あっけなく王城を乗っ取ることができた。
実質的に王城の管理機能を乗っ取ってから、セレーネを呼ぶ予定だったが、おかげでそれもすぐできた。 肥料として申し分のないナサニエルを「餌」にすることで、黒い根も安定していると思われたのに。
パウエルは、ナサニエルを見に行ってみた。計算ではあと何日か持つと思われていたナサニエルの「養分」が思いの外早く尽きてしまったのではないかと疑ったからだ。
「魔力量に問題はなかったはず。薬で増やしたはずだったがな」
つぶやきながら玉座の間へ急ぐ。
目的の場所に着いたパウエルはナサニエルが寝ているはずの寝台に駆け寄り、驚いて辺りを見回す。そこに寝て、黒い根に魔力を供給しているはずのナサニエルは影も形もなかった。
「そんな馬鹿な。どこへ行った?」
「セレーネ様申し上げます」
パウエルが、冷静に声を潜めて耳打ちする。
話を聞いたセレーネは余裕の笑みを浮かべ、ゆっくりと話し始めた。顔は微笑んでいたが目は笑っていなかった。
「なんですって?誰が私の可愛いナサニエルを盗んだというのかしら」
「少し寝台が濡れていました。何かの液体というわけではなくただの水のようでした。どうやったのかはわかりませんが、寝台にはナサニエルは跡形もありませんでした」
「ちっ」
(くそ、忌々しい。どうやって忍び込んだんだ。それに、どこの誰だか知らないが、なぜ私たちの邪魔をする?)
腑は煮えくり返っていたが、セレーネの前ではあくまでも冷静な態度を崩さない。にこやかに笑って言った。
「セレーネ様。魔力のことならどうぞご心配なく。少々予定は狂いましたが、この後はナサニエルを旗印にしようとしていたアルカディアの貴族どもを『餌』に致しますので。彼らも『餌』としてならかなり優秀かと思われますので、お役に立ちましょう」
「フフフ。お前が指揮を執っているんだもの、心配はしてないわ」
「それにしても、ナサニエルは一年くらいかけてよく言うことを聞くいい子に育てたのに。がっかりだわ。とんだ泥棒がいたものね。でもせっかく盗んでも今頃は薬を欲しがって苦しんでいるわよ。結局あれを乗り越えられた実験体はいなかったんだもの。みんな自傷行為に走ってしまったのよねぇ。そして最期はみんな肥料になったわ。ご愁傷様でした。うふふ」
セレーネは不気味に笑っていた。
そこへ侍従が顔を出した。彼も祖国から連れてきた側近の一人だった。
「恐れ入ります、セレーネ様にお会いしたいとケスラー公爵がいらしています」
パウエルが引き取った。
「私が案内します」
「なんだ、運がいい。次の餌が、自分から来てくれたぞ」
パウエルはニヤニヤ笑いながら第三応接室に向かう。
その場所に行ってみると、ケスラー公爵はいつものような落ち着きもなく、ソファに座ることもなくイライラした様子で立ったまま待っていた。そしてパウエルの顔を見ると口角泡を飛ばし一気にまくし立ててきた。
「いったい何が起こっているんだ。我が家の魔導士たちが、次々と黒い根に飲み込まれているぞ!」
ケスラー公爵の家からも、警備のための魔導士が出ていた。その魔導士たちも黒い根の餌食になっているらしい。
(成果を得たかったら少々の痛みは我慢しろ。いちいちその程度のことで騒ぐな)
パウエルは、思ったことと真逆の顔をしてケスラー公爵に微笑みかけた。
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。お久しぶりです。あの、国境近くの会議でお会いして以来ですかね」
「計画はどうなっている。我らの「ナサニエル第一王子」は何をしている」
「ナサニエルは、どこかへ行きましたよ」
「なに?」
「ですから、ナサニエルは、もうここにはいません。誰かに盗まれました」
「は?」
「セレーネ様のところに行く前に、ナサニエルのいたところにご案内しましょう、その眼で見るといいですよ。こちらです」
パウエルはにやりと笑いながら、ケスラー公爵を案内した。
「玉座の間」に到着する。そこに置いてある寝台には誰かが寝ていたような形跡はあったが誰もいなかった。ただ太った黒い根が渦巻いているだけだった。
「こんなところにナサニエル王子をとじこめていたのか。あの方は我が国の王になるお方だぞ」ケスラー公爵は憤慨する。
「我が国? こんな状態になっても、まだ国が存続できると思っているんですか?」
「なに? どういう意味だ」
「そのままの意味ですよ。実はね。セレーネ様と私は、アルカディアが建国される前、この地に住んでいた『根の民』と呼ばれた民族の末裔なのですよ」
「なんだと」
「根の民はご存知ですか」
「そ、そんなものは知らない」
「おや、知りませんか。なら教えて差し上げましょう。何百年も前、アルカディアの国ができたころの話です。あなたたちの国は私たちにさんざん協力させた挙句、この地を取り上げ、雑草のように踏みにじったんですよ」
「......」
「教わってこなかったみたいですね。私達はずっとこの時を待っていたのですよ。お気の毒でした」
「なっ」
「無知は罪ですよ、ケスラー公爵。それとも本当はご存知だったのではないですか?
口にしてはいけないというのが暗黙の了解だったのではないですか? 公爵というお立場上、当主が知らないとは考えにくい。ま、そんなことはどうでもいいことです。あなたたちが豊かな土地で飽食している間、我々は土の下で根を伸ばし続けていたのですよ。ナサニエルがいなくなった今、黒い根にとっての次の肥料はあなたなのです。お休みなさいませ、いい夢を」
「なにっ?」
パウエルはそういうとケスラー公爵に催眠の魔法をかけた。ケスラー公爵は何か文句を言おうとしたが、最後までそれを言うことはできなかった。醜く太った体が崩れ落ちてゆく。パウエルは身体強化の魔法を使っているようでケスラー公爵の巨体をいとも簡単に持ち上げた。
「ちゃんと教えてあげたんですから、私は何て親切なんでしょう」
ケスラー公爵の巨体を、ナサニエルがいたはずの寝台に横たえる。
「お洋服が少し汚れてしまいましたね。でももう、そんなことを気にする必要もありませんよ。かつて根の民を「間引き」したあなたたちの先祖が何て言ったかご存知ですか? あ、そうか、もう答えられないんでしたね。教えて差し上げますよ。『肥料にちょうどいい』って言ったんですよ。面白い話でしょう?」
「さ、ここでゆっくりお眠りください。寝ているだけでいいんですから、楽なもんでしょう?肥料の順番が多少狂いましたけど、ま、問題ないでしょう」
新しい肥料は静かに眠っていた。
ケスラー公爵は、自分たちの利権を守るためにナサニエルや、セレーネたちを利用しているつもりでした。どうしてこうなったんでしょうね?
「根の民」の正体、気になった方はぜひコメントで!続きをお楽しみに。




