2-13.兄と弟
R15の残酷描写が含まれる場合がありますのでご注意ください。
王家の狩猟小屋といってもかなり広めの邸宅ではあったが、そこではサイラス国王とマーガレット達がじりじりとしながら待っていた。サイラス国王は、待つことしかできない自分にある意味腹を立てていた。
「陛下。レイからも言われていると思いますが、ちゃんとお食事を採ってくださいね。ご自分の体調を万全にしておきませんと不測の事態に対処できません。あと睡眠もですよ」
「.......わかった、頑張って食べよう」
マーガレットに言われることはあまりにも正論過ぎて、何も言い返せない。
レイたちを見送ってから、サイラスにしてみれば気の遠くなるような時間がたった。さっきから睡眠をとろうとして失敗し、食事をしようとして失敗し、を繰り返していた。
そんな時だった。不意に、庭が明るく光る。数人の魔導士が、レイとクリスティーヌ、そしてナサニエルを抱えるようにして転移してきたのだった。
転移してきた方も、連れてこられた方もどちらも疲労で座り込む。
「一人の魔導士が、一人ずつ連れて転移することにしておいてよかったな。思ったより疲れる」
その中に、意識のないナサニエルの姿があった。
「早く、建物の中にお入りください」
にわかに狩猟小屋の中が慌ただしくなり、時間の流れが速くなる。
外を見張っていた騎士が彼を抱えて建物の中に入り、用意していた寝台に寝かせた。
「私がついています」
サイラスは寝台の隣の椅子に座った。
「......兄上......今までどこにいらっしゃったんですか、こんなに傷だらけで......」
サイラスはナサニエルに話しかけた。
意識のないナサニエルが返事をする訳がない。
サイラスの言葉は、一方通行でしかなかった。
そこへサイラスが呼んで待機していた王家の治癒魔導士が二名、走り込んできた。
「陛下。ナサニエル殿下の治療に参りました」
「もう一人はあちらで他の者の治療に当たっています」
「よろしく頼む」
彼らの腕は確かだった。黒い根の刺し傷や目に見える擦り傷などは、みるみる治っていった。安堵の空気が流れる。
サイラスはいったんレイたちが集合して、治療を受けている隣の部屋に出てきた。
「皆、大儀であった。兄上を助け出してくれてありがとう」
「陛下。そのお言葉はナサニエル殿下がちゃんと目覚めてから伺います。今はお目を離されぬよう」
レイが、サイラスに向けて言う。
それから、今日の作戦に参加した者たちはそれぞれの身体を休めるために解散し、仮眠室に向かった。
ナサニエルの寝台横の椅子に戻ったサイラスは長いこと寝ている兄の顔をまじまじと見ていた。
「少し瘦せたかな? 顔色はあまり良くないな」
ナサニエルは身体の傷は治っているのに、なかなか目を覚ます気配はない。
身体の傷を治した治癒魔導士たちもなぜなかなか目覚めないのかと動揺し始めた。
「こんなに目を覚まさないとは、一体何の薬なのか」
「今までにこんな経験はないですね」
治癒魔導士たちは手元の魔導書をひっくり返しながら言った。
「この本には載っていない未知の薬かもしれない」
サイラスはその言葉を聞きながら、救出に向かう前にレイに言われた言葉を思い出していた。
「陛下。これからナサニエル殿下の救出に向かいますがひとつだけ」
「なにかな」
「全力は尽くしますが、今殿下がどのような状況か、まではまだわかりません」
「うむ」
「考えたくはありませんが最悪の状況もあり得ます。お覚悟だけはしておいてください」
「......」
「最悪を覚悟しておけば、後はよくなることしかありません」
サイラスはナサニエルの顔を見ながら思った。
(とりあえず最悪の事態はまぬがれた。これで、兄上の意識が戻れば大成功だ)
暫くして、ナサニエルの指がピクリと動き始めた。
目覚めが近いのだろうか、そこにいた誰もがそう思った。
ナサニエルは突然目を見開き、獣のようなうめき声をあげ、暴れだす。
「薬......薬をくれ......!」
「兄上!」
サイラスは驚いて必死でナサニエルを抑えた。
ナサニエルの抵抗はすごい力だった。
「兄上、しっかりしてください」
「うわーーー」
サイラスの言葉はナサニエルには何の意味も持たない。
暴れるナサニエルをサイラスは必死で抑える。必死に力比べをしているとふいにナサニエルの力が抜けて、再び意識を失う。額に汗をにじませたサイラスは、あちこちの傷を治癒魔導士に治してもらっているうちに、なんとか呼吸も通常に戻ってきた。しかし、傷を治してもらうことはできても、破れてしまった服は治癒魔導士には直せない。
「陛下、お着替えを」
「ありがとう。でも兄上が起きてからでいい」
目が覚めているときはナサニエルは酷く暴れた。そのたびにサイラスは彼を抑え、抱きしめる。自分を嚙もうとしたナサニエルに、咄嗟にサイラスが腕を出して噛みつかせたこともあった。やがてナサニエルは気絶するように意識を失うのだが、サイラスに気づくことはない。当然、格闘が終わったばかりのサイラスは、傷だらけだ。治癒魔導士がいなければ大変なことになっていた。
「陛下、ご気分は」
「大丈夫だ、これも兄上が生きているという証拠だからな」
今も何回目かの治療が終わったところだった。もう太陽も中天に達し、窓からは容赦なく陽の光が差し込み、埃がキラキラと舞い上がっているのがわかる。
つかの間の休息だった。次の波まで済ませておくことがたくさんあった。サイラスは部屋を出て、急いで食事をしたり、やるべきことをやり、代わりましょうという騎士や魔導士たちを断った。仮眠もとらなければならない。
「今回、兄上の付き添いは私が行う。皆は、その間の公務についての補助と報告を頼む。他の者は兄上が回復した時のために、備えていてくれ」
言いおいてサイラスはナサニエルの寝ている部屋に戻っていく。
その顔は、ナサニエルを心配しながらも、どこか嬉しそうでやる気に満ちていた。
ナサニエルの症状に変化はない。いったいいつ終わるのか、本当に終わりが来るのか。救出にかかわった者たちは疑心暗鬼になる。
「陛下、いい加減誰かと交代してください。陛下が倒れてしまいます」
心配した周りの人達が説得を試みるもサイラスは首を縦に振らなかった。
「もう少し。もう少しだ。理由も根拠もないがもう少し頑張らせてくれ」
二度目の夜がやってきた。何人かずつ順番に隣の部屋に待機していたが、時折ナサニエルの叫び声とサイラスのなだめる声が聞こえてくる。もう全員が当番の時に、その声を聞いていた。
だが、サイラスは気づいていた。ナサニエルの発作のような錯乱状態になる間隔が少しずつ開いていることに。
「多分今夜がヤマです。そんな気がします。私ももう少し頑張ります」
つかの間の休憩時間に短い睡眠を摂り、食事を摂り、サイラスは闘う。
周りの人たちは体力を回復させてただ待っていた。国王を働かせて自分たちはただ休んでいるようで、なんとなく後ろめたかったが。しかし、今、国王は国王である前に、弟であろうとしているのだと、みな自分に言い聞かせながらナサニエル王兄が乗り越えてくれることをひたすら祈っていた。
夜の間もまた、王家の狩猟小屋にはナサニエルの叫び声が響き渡る。最初の頃よりは、その間隔はだんだん長くなり、声も掠れてきた。もう、叫ぶ力も残っていないようだった。しかし、発作は朝になってもまだ止まなかった。
長い夜が明けて、レイとクリスティーヌとマーガレットが部屋に入ってくる。レイが言う。
「陛下。お着替えを」
「いや、まだいい」
「よくありません。殿下の目覚めも近そうです。殿下が目覚めた時、陛下がそんなボロボロの恰好だったら、一体殿下はどうお感じになると思いますか?」
「あ」
サイラスの口が開いたままになる。
クリスティーヌとマーガレットはその通りだと言わんばかりに生暖かい目をして大きくうんうん頷いた。
「ちょっとの間兄上のそばにいてくれ。着替えて顔を洗ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
サイラスは、少し恥ずかしそうに部屋を出ていった。
ナサニエル救出から二日目の昼過ぎ。
暖かい光の中、ナサニエルはまた目を開けた。だが叫ばない。サイラスはナサニエルの顔を覗き込み恐る恐る呼びかける。
「......兄上」
「.............サイラス」
「!」
ようやく焦点のあった目でナサニエルはサイラスの顔を見た。
「よかった。本当によかった」
サイラスは、泣きじゃくりながらナサニエルを抱きしめた。
サイラスには、兄と一緒に本を読んだ思い出の日々が励みになっていました。
間に合って本当によかったです。
黒い根を騙して時間を稼いだ王城の方はどうなってるでしょう?どうぞお楽しみに。




