2-12.音のない任務
R15の残酷描写が含まれる場合がありますのでご注意ください。
月のない夜だった。
闇に蠢く黒装束の人々。言葉を交わすことなく、黙々と配置につく。レイとクリスティーヌも、黒装束に身を包み物陰に隠れている。
氷柱が二個置かれて少し経つ。太くなり、王城を覆っていた黒い根が少しずつその統率の取れた動きから氷柱に向かい始めていた。
(よし、動き始めた)
黒装束の人々は、黒い根が十分氷柱に巻き付き、そこに少しの隙間が出来るまで、息をひそめて待ち続けた。
どのくらい待っただろうか。音もなく黒い根の乱れは訪れた。黒い根が一部だけめくれ、氷柱に絡みついている。そしてその「繭」のようになった王城にわずかな隙間が生まれた。
レイとクリスティーヌは無言で頷くと、気配を殺してその隙間に入り込んだ。二人が忍び込んでしまうと辺りには何の動きもなくなった。再び静かな闇夜に戻る。そこには二人が出てくるのを待つ魔導士たちが息をひそめて待つばかりだった。
侵入経路は二階のバルコニーから。なるべく最深部に到達するまで、最短経路で行きたかった。黒い根をかき分ける部分を少なくしたかったからだ。
レイがこちらだと手振りで示す。腰には隕鉄の剣。しかし剣が当たって音を出さないよう布で巻いてある。剣を振るって気づかれるといけないので今日は使わない予定だったが、予測不可能な事態に備え一応携帯していた。
クリスティーヌが、黒い根から人一人通れる分くらいの隙間の分、魔力を少しずつ吸い取っていく。魔力を失った黒い根を、音がしないように注意しながら手でよけて前へ進む。道を切り開くには思ったより時間がかかっていた。
黒い根の向こう側にある通路に見張りがいるのがうっすら見える。ここをそのまま行くのは危ないと判断したレイは少し迂回した。
もうすぐ玉座の間に着くころだろうか。だんだん魔力の気配が強くなっていく。「餌」は玉座の間の中にあるのに違いないと、魔力を扱いなれたものには一目瞭然だった。
と同時に黒い根もかなり太くなっていた。「餌」はかなり良質らしい。いったい何を「餌」にしているのだろうか。道はだんだん険しくなり、少しずつ魔力を削ぐくらいでは、人が通り抜けるほどの隙間を作るのが厳しくなっていた。
ついに、完全に動きが止まってしまった。ばれない程度に少しずつ魔力を抜いても、すぐに周囲の根から魔力が補給され、隙間が作れない。
どう考えても魔力が補給されるまでの間に成長点を切るしかなかった。
黒い根を見つめたままレイはしばらく考えていたが諦めたように剣を構える。レイが構えたのを見てクリスティーヌは、目の前の黒い根の魔力を少しずつ吸い上げた。
人間にこんなことができたのかとクリスティーヌは目を見張った。レイは音を立てずに成長点を静かに断っている。黒い根は自分が切り落とされたのに気づかないほど静かに切り落とされていった。確かにすごい集中力がいる作業だった。全てこんなことをしていたらとてもじゃないが、精神的に持たない。
気の遠くなるような作業の果てに、レイとクリスティーヌはようやく玉座の間にたどり着いた。
(なんなの、これ)
レイとクリスティーヌは顔色を変える。
(......マチルダ)
それは、マチルダのあの儀式を思い出させる風景だった。レイがあからさまに顔をゆがめる。
中央に寝かされたナサニエル王兄に多くの黒い根が刺さって、そこから魔力が吸い出されていた。
(この黒い根はナサニエル殿下の魔力でここまで育っているのだわ)
声を出せないのがもどかしかった。救いたい人が目の前にいるのに、下手に手出しができない状況が歯がゆかった。
今この状態で、ナサニエル王兄を黒い根から外したら、絶対に気づかれてしまう。
(どうしたらいい?)
クリスティーヌは今まで考えることでいろんなことを乗り越えてきた。
(何か考えなくては。ナサニエル殿下を救い、相手に気づかれない方法を)
頭の片隅におぼろげに浮かんできた方法がある。クリスティーヌにとってもある意味賭けだった。しかしレイに相談するために声を出すことはできない。この方法が正解なのかもわからない。レイを見上げると、大きく頷く姿があった。
(試してみろってことね。迷ってる暇がもったいない)
クリスティーヌはレイの顔をしっかり見つめて口だけを動かした。
「ま か せ て」
レイは無言で微笑んだ。これまで、何度もクリスティーヌの機転に救われてきたレイは少しもクリスティーヌの考えを疑っていないようだった。
クリスティーヌは大きく息を吸うと、静かに目を閉じ、ナサニエルの魔力の波を感じた。そしてここ何日か魔導士仲間たちと協力して作ったような氷柱を作り出し、その中にナサニエルの魔力の波動を転写した。
レイは無言でそれを抱えるとナサニエルの隣に置いた。クリスティーヌは指先にナサニエルを模した魔力玉を作り、ナサニエルに刺さっている黒い根を一本ずつ注意深く引き抜いて、すぐさまそれに刺す。そして魔力玉に刺さった黒い根を用心深く移動させ、氷柱に刺す。全ての根を魔力玉に移し終えるまで、一本一本根気よく繰り返した。
最後の一本を移し終わるとクリスティーヌは静かにひとつ大きく息を吐いた。
どのくらいの時間が経ったのか、全くわからなかった。
黒い根はクリスティーヌが作った氷柱に巻きつき、何事もなかったように脈打っている。
レイは意識のないナサニエルを背負うと来た道を慎重に帰る。音をたてないように、ふさがりかけた道はまたゆっくり魔力を抜いて。そんなに暑い日でもないのに二人は汗びっしょりだった。
*
外に待機していた魔導士たちが心配をし始めるくらいの時がたったころ。
ナサニエルを背負ったレイとクリスティーヌが魔導士たちの氷柱が開けた隙間から出てきた。
次の瞬間、レイとクリスティーヌとナサニエルにそれぞれ魔導士が駆け寄る。魔導士たちは意識のないナサニエルとレイとクリスティーヌを抱えると素早く転移した。
彼らの気配は完全に消え、闇夜はそのまま何事もなかったように静かな夜を継続した。
ナサニエルを取り戻しました。
クリスティーヌは、黒い根を騙すことに成功しました。
次回、救出されたナサニエルはどうなったと思いますか?お楽しみに!




