2-11.王都潜入
R15の残酷描写が含まれる場合がありますのでご注意ください。
「王都へ急ぐぞ」
「レイ、ちょっと待って」
急いで出発しようとしたレイをクリスティーヌが呼び止める。
「ことは緊急よ、転移で行きましょう」
「そんなこと言ったって、昨日の今日じゃないか。そんな連発できるもんでもないだろう」
レイが驚いて反論する。
「昨日はたっぷり寝かせてもらったし、私ならもう平気。それに、昨日は三人転移させたけど今日は二人よ。何とかなるわ」
「しかし、君にばっかり負担を強いるのは......」
レイはなかなか首を縦に振らない。
「私にいい考えがあるの。ウルスラ先生の家に転移するのよ。あそこならよく知っているし、転移して現れてみたら敵のど真ん中に出る心配もない。めんどくさい検問も飛び越えちゃうから、一気に通り抜けることができるわ。こんな状況だと、検問がどうなっているのかもわからないし、一石二鳥よ。いえ、三鳥くらいあるわね」
確かにクリスティーヌの言うことはいちいち正しかった。それでもレイはなかなか「はいそうですか」とは言えずに答えを渋っていた。
「わかったわ、こうしましょう。ウルスラ先生の家に二人で転移をしたら、そのあとの偵察はあなた一人で行ってもらって、私は少し休ませてもらうことにするわ。あなたなら剣士の役割も魔導士の役割も一人でできる。危なくなったら無理せずにすぐ撤退してきて」
どうやらクリスティーヌは、その思い付きをやめる気はなさそうだった。
「行くわよ」
真剣な顔で詠唱を始める。レイは観念してクリスティーヌの肩に手を乗せた。
視界がゆがむ。軽い船酔いのような感覚を覚えた次の瞬間には、二人はウルスラの家の中にいた。
「来ると思ってたよ」
別に驚きもせず、ウルスラが煙管を燻らせながら淡々と言う。ウルスラの家は相変わらず雑多な匂いがしていた。
「いろんなことを考えたら、クリスティーヌの転移魔法でここへ来る以外の選択肢はなかったからね」
「やっぱりウルスラ先生には見通されていましたか」
「さ、アンタは早く現地を見ておいで。決して一人で深追いするんじゃないよ。クリスティーヌは体力と魔力の回復をしながら、状況把握だ」
ウルスラは話が早かった。そんなはずはないが、二人の出発前の会話を聞いていたかのようだった。
(......助かる)
二人にはこの話の早さが心地よかった。
レイは身を隠しながら王城を見てくることにした。
(空気が淀んでるな)
こんな時、レイの「農夫らしい」服装は役に立つ。剣士や魔導士と見とがめられることもない。しかし、少しばかり田舎っぽいことも否めない。レイは自分とクリスティーヌの分の「少し洗練された王都の一般人」に見える服装を購入し、自分の分は素早くそれに着替える。
「そういえば、ナギ村に行ってからは、新しい服を買ってやることもなかなか無かったな。次の収穫祭にはこれを着て出ようか」
レイは自分の荷物の中にクリスティーヌの着替えを入れると、それを体に括り付け、両手が使えるようにした。そしてレイは王都の喧騒にまぎれた。
王都の空は昼間だというのに薄暗かった。王城のある方向の空には、蝙蝠が飛び交い禍々しい気を発していた。どこから見てもその気配を辿れば王城の場所は明らかで、何やら不気味な空気に包まれている。行きかう人々の顔つきも、ギデオンを倒した頃の晴れ晴れとしたものではなく、この空のように冴えないものだった。
王城に向けて歩いていると、黒い根がどんどん太くなってくる。これに切りつけるのはレイとあの剣ならば可能だろうが、果たして黒幕に気づかれずに行えるのだろうか。
「生臭くなってきたな」
そのまま進むと黒い根に覆われた王城が現れる。空はますます暗くなり、王城はまるで「繭」のようだった。その上を無数の蝙蝠が飛んでいる。
「おどろおどろしいな」
二階のバルコニーとかつてギデオンと戦った玉座の間ーーーその辺りが黒い根による浸食が最も激しく、それはある一点に向けて伸びていた。黒い繭が、誰かの鼓動のように脈打つ。誰かがいるかのようだった。
丁度見張りの交代の時間だったのか、人数も倍に増え、やけに辺りを見回している。レイは慌てて物陰に隠れてやり過ごした。
位置と交代時間を確認したレイの頭の中では素早く攻略方法が行き交う。
あの一部だけでも、向きを変えられないだろうか。黒幕に気づかれないようにするには、やはり黒い根自身に方向を変えてもらうのが一番だろう。
そして、向きを変えたことによる僅かなほころびから侵入し、ナサニエルを救出したら素早く北の狩猟小屋に帰らなければならない。
その際、ナサニエルがどういう状態なのかも問題だった。喋れる状態なのか、サイラス国王にすぐ会わせられる状態なのか。心配になる不確定要素はたくさんあるが、それはやってみないとわからなかった。
成長点が光らない氷柱を作れる魔導士の確保、ナサニエルを救出した後のこと。
(この救出作戦には多大な魔導士たちの協力が必要だ......)
そう思いながらレイが下見を終えてウルスラの家に帰宅したとき、知らない気配を感じ、辺りを見回した。そこには、かつてウルスラに飲みつぶされた魔導士たちが10人ほど集っていたのだった。
「あれから、いろいろと修行してきた奴らだよ。随分頼もしくなってるよ。必ず力になる」
「俺たちも、ナサニエル殿下の救出に協力させてくれ」
「ウルスラ先生にいろいろ教えてもらってきたしここらで役に立ちたい」
若い魔導士たちも、以前よりはるかに逞しくなっていた。
「ウルスラ先生は私が何を考えているのかも全てお見通しなんですね」
レイは自分が見てきた印象と、それを踏まえての今回の作戦について話し始めた。
「まず、見張りの場所はこの通りだ。各自頭に入れておいてくれ。それから、黒い根は思いの外太くなっていた。あれをこっそり切るのは難しい。というわけで今度は光らない、限られた場所の黒い根の方向だけを変える、つまり指向性の強い氷柱を立ててもらいたい。そして俺たちは少しずつ魔力を吸い上げながら、道をこじ開けていく。魔導士たちは外で待機だ」
魔導士たちは真剣な顔で頷く。
「俺たちがナサニエル殿下を救出して出てくるまで、黒い根の向きを変え続けて退路を確保してほしい。もし失敗したら、王城ごと黒い根に飲み込まれる」
一度きりしか機会はない。その場は暫く、沈黙した。
場の空気を換えるかのようにクリスティーヌが声を出す。
「まずはその氷柱の開発と実験ね。急ぎましょう」
その日一日ウルスラの家で休養と情報収集に努め、回復したクリスティーヌは、早速魔導士たちとその作業に入った。
サイラス国王とマーガレットが北の狩猟小屋に着くまで、あと三日というところだった。
救出作戦決行の日は迫っていた。失敗する訳には行かなかった。
ウルスラは魔導士の地位を上げるチャンスを狙って、骨のある若い魔導士を育てていました。
一見世捨て人のようですが、根っからの先生気質で面倒見は良いです。




