2-9.アルテア離宮への招待
R15の残酷描写が含まれる場合がありますのでご注意ください。
「皆さん、お食事の前に風呂の用意もしてありますので、どうぞお使いください」
アルテア離宮には、大勢の騎士のための大浴場も備えてあった。そこを今日はマーガレットの教え子たちにも騎士より先に開放してくれるという。
黒い根を切ることができなかった騎士たちは、せめて後片付けでもと言ってまだ帰ってきていなかった。
「汗まみれで気持ち悪かったんだよ」
「沸かした湯で体を拭くのとは大違いだ」
彼らにしてみれば離宮のお風呂に入るなんて夢のようだった。
なみなみと湯の溜まった浴槽。捻れば湯の出てくる蛇口。信じられないのも無理はない。
「おい、ここ、湯が溜まってるぞ。どうするんだ?」
「入っていいんだよな」
彼らは恐る恐る浴槽にはいる。
「あったかい」
「大丈夫だ。入っても何も攻撃されないぞ」
「泳いじゃおうかな」
「ずるい俺も泳ぐ」
「あんまりはしゃぐなよ」
一緒に入ったレイは、彼らのはしゃぎっぷりに、あんな技術を持っていても実はまだまだ子供なんだな、と感じていた。
しかし、あれだけの『草むしり』をしたあとだけに、この風呂で戦いの汚れを落とし、次への活力がもらえるのは正直ありがたかった。
「......うまくいきすぎてないか?」
レイはふとつぶやく。それは誰にも聞かれることはなかった。
サイラスの言葉通り、清潔な寝間着も用意されていて、一同は泥まみれの戦闘服からそれに着替えた。
「皆さん。急だったので着替えがそんなものしか用意できなくてすみません。申し訳ないのですが、その恰好で食事にしてください。行儀作法については、不問にしますから」
サイラスからは申し訳ないと謝られたが「行儀作法も服装も不問」と言われたのは、彼らにとってはむしろありがたかった。
「ありがたい」
彼らは一様にほっとした様子で表情を和らげる。
「剣士としての技術には問題はないけれど、今度は行儀作法を教える必要があるわね。まだ卒業させるわけには行かなかったわ」
それを見ていたマーガレットは独り言を言い、深く頷いた。
案の定、夕食時は大騒ぎだった。
いったいどこにどれだけ消えたのかという速さで、食べ物が消えていく。
「この肉うまいぞ」
「なんて柔らかさだ」
教え子たちは、初めて食べる味に興奮気味だ。
「好きなだけ食べていいんだってよ」
「みんなで分け合う必要はないって......」
「俺、このチャンスにいっぱい食べておくんだ」
「育ち盛りの胃というのはすごいもんだな」
それを見ていたレイが感心して言う。
「でも、彼らのおかげで国が救われたんだ。このくらい安いもんだ。な、先生」
「そうね。今ははしゃがせてあげましょう」
すみっこの方には、今日全く役に立たなかった騎士団が帰ってきていた。陸上の枯れた黒い根の片付けが済んだらしい。彼らは騎士団長のキースを筆頭に所在なげにしていたが、キースは美味しそうな料理を前に、全く手を付けていない。
「キース、お疲れ。食べないのか?」
「......」
キースは恨みがましい目でレイを見上げる。
レイはにやりとした。
「そうかそうか。言葉もないほど反省しているのか。それは殊勝なことだ」
(あいつ、さっきまであんなに偉そうだったのに......さてはクリスティーヌのやつ)
レイの問いにも答えないキースは何故か涙目で睨んでいた。
やがて大騒ぎの夕食会もお開きになり、彼らはそれぞれの部屋へと引き上げていった。
*
レイは与えられた宿泊棟の自分の部屋には帰らず、医療棟のクリスティーヌの部屋へ向かった。クリスティーヌは目覚めていて、滋養強壮の温かいスープを飲み、丁度体を拭き終わって着替えているところだそうなので、少し待って中に入れてもらうことができた。
「具合はどうだ?」
「大丈夫。回復中よ。朝まで寝れば治るわ。まだまだ眠れそうよ」
「よかった。君がいなかったら、俺たちの草むしりは成功しなかった。ありがとう」
「力になれて良かったわ」
レイとクリスティーヌはしみじみと言った。
「ところでレイ、随分お肌がつやつやじゃない?」
「ああ、サイラス国王の計らいで教え子たちも含めてみんなお風呂に入れてもらった」
「なんですって?私も入りたかった!」
クリスティーヌは目を丸くして驚き、そのあと拗ねてしまった。
「そんなに拗ねないでくれ。元気になったらまた頼んでみるから」
「ぷっ。あはは、そんなに怒ってないわよ。どっちにしろ今は寝ていたいわ」
まだ少しだるいようだった。
「そういえば、キースだが」
「ああ、あの偉そうな港湾騎士団長さん」
「口封じの魔法をかけたのは君だな?」
レイは可笑しそうに笑って言う。
「そうよ。あまりにも失礼なんだもの。あなたの邪魔になると思って」
「のどが動かないから情けなさそうな顔してご馳走を見つめていたよ」
「ぶっ」
「戦いの後だから相当おなかが空いてるだろうに」
「明日の日の出には解けるようにしてあるわ。何を言うか楽しみだわ」
クリスティーヌは大きなあくびをした。
レイは立ち上がると大きく息を吐いた。
「さ、そろそろ部屋に帰る。君の無事な顔も見られたし。朝までゆっくり寝てくれ」
「ありがとう。明日の朝には元気なクリスティーヌになってるわ」
「そうお願いしたい。ではおやすみ」
「おやすみなさい」
そうして、隣の部屋に控える看護の女官たちにクリスティーヌのことを頼んで出ていった。
*
夜も更けたころ、離宮に早馬がついた。王城からの知らせだった。
ろうそくの明かりを頼りに知らせに目を通したサイラス国王は少し逡巡したが立ちがって国王の寝室を出ていった。
黒い根の処分方法について代わる代わる部屋にやってきて騎士団からも護衛騎士たちからも質問攻めにあっていたレイがようやく解放され、もう寝ようかと布団に入ったときだった。またも扉が叩かれた。
「またか」
開けてみると何とサイラスが立っていた。
「陛下、どうなさいましたか」
「……夜分に、それもこのような場所まで押し掛ける無礼、重々承知しております」
どう見ても切羽詰まっている。
「ちょっと来ていただけますか? ここで話すのはちょっと」
「わかりました」
レイはサイラスの後をついていった。
「マーガレットさんの部屋にも行きたいのですがこんな夜遅くに女性の部屋を訪ねたら失礼でしょうか」
「私なら失礼かもしれませんが、陛下なら大丈夫ですよ」
サイラスは、やはり女性の部屋に行くのは避けたかったのか、女官を捕まえてマーガレットの部屋に伝言を頼んだ。
国王の寝室の隣には国王の執務室がありサイラスとレイは向かい合って座っていた。そこへ、素早く身支度をしたマーガレットが入ってくる。
「こんな夜遅くに呼び出す無礼をお許しください。先程早馬が来ました。港は陽動でした」
「!」
「王城になにか?」
「王城が、黒い繭のように覆われたそうです。塔も壁も全て黒く」
「......]
「そして、兄ナサニエルが王城に入ったあと、何者かに乗っ取られたようです。どうか......どうか兄をお助けください。」
レイとマーガレットは絶句した。
「そんな気はしたんだ。まるで陛下と私が王城を離れるのを待っていたように」
レイは独り言のようにうなった。
薄暗い部屋の中でサイラスは涙ぐんでいるようだった。
「王城を取り戻さなければ」
「兄はどうなってしまうのでしょう、私は兄を助けたい」
「陛下、わかりました。明日クリスティーヌの目が覚めたら王都に向かいます。クリスティーヌの力は絶対必要です。回復を待って動き出します」
「陛下、私も参りますわ。ただ、子供たちをティリア村まで送っていかなければなりませんの」
後のために今日はしっかり寝て明朝改めて詳しく相談することになった。
黒い根に覆われた王城を取り戻さなくてはならない。朝までは、まだ長かった。
王城の夜は明けないままだった。黒く黒く覆われ続けていた。
若い男の子たちの食欲は想像を絶するものでした。レイにも身に覚えがあります。
しかもお風呂に入れるなんて、信じられませんでした。はしゃぐのも無理もありません。
大人たちは、彼らを未来の希望として大事にしています。




