2-5.神の花畑
R15の残酷描写が含まれる場合がありますのでご注意ください。
レイとクリスティーヌは馬車の中にいた。遠くに高い山脈が見える。あの山の向こうはガルダ王国だ。レイの心当たりの人を今から迎えに行くのだが、レイは浮かない表情だった。さっきからずっと山を見て黙っている。
「本当は彼女をそっとしといてやりたかった」
レイは急に話し始めた。
「何か理由があるのね? 彼女、あまりにも急にいなくなったものね。年齢的にもまだまだ戦える年齢だった。その引退の理由については私はまだ駆け出しだったせいかよく知らないのよ」
「ああ。確か俺より二つくらい若い。引退するには早すぎる。でも彼女、あの見た目だろう?」
「そうね。およそ剣士には見えなかったわ」
レイは山から目を離さずに言う。
「マーガレットって名前もあの見た目にはぴったりだが、剣士には可愛らしすぎた。彼女のあの可愛げな見た目と名前は、お偉いさんにとっては、別の意味で価値のあるものだったのさ。戦いの象徴のように扱われ、時には広告塔にもされた」
「......きっと不本意だったわよね」
「彼女を嫌う人はいなかったからな」
「ええ、駆け出しの私でも思ったもの。彼女とあなたは別格って」
レイはやっとクリスティーヌと向き合う。
「彼女と俺の剣は、魔力を制御できるところが他の人と違っていたんだ。普通剣士は魔力を剣に込めるよう教わる。こないだの騎士のようにな。だが、彼女と俺は『どのくらい魔力を込めるか、何なら剣から魔力を排除できるか』を、細かく制御することができたんだ」
「排除?」
「そう。平たく言うとギデオンとの剣の差もそこにあった。奴の剣は魔力を少しでも多く含ませるといういわば『力技』だったんだよ」
「それが高じて王都中の魔力を吸い上げるほうにいっちゃったのね」
「ああ、奴は多分最後まで理解してなかった。『魔力を含ませた剣で切る』前に、『剣だけで切る』ことの大事さを」
「相手が魔力を吸収して大きくなるあの植物のような敵だった時、もうどうしようもなくなるってことを」
「そういうことだったのね」
レイは遠い目をして続ける。相変わらず馬の足音だけが響いている。
「ある時、彼女の部隊が敵地で攻撃を仕掛けていた時。上層部は彼女の利用価値をもっと高めようと思って、彼女に噓の情報を与え、彼女だけを助け出した。
「だけ?」
「そう『だけ』。彼女の部隊は彼女以外全滅した」
「そんな......」
「やりすぎたのさ。それまで渋々広告塔のような働きをして騎士たちの士気を上げるような仕事もしていた彼女も、さすがに心を閉じて引退してしまった」
レイもクリスティーヌもしばらく黙っていた。
「彼女にそんな重い出来事があったなんて......」
「ほとんどの人は知らない。表向きには何も発表されなかったからな」
「どうしてあなたは知っていたの」
「一つ一つの情報の流れや出来事から大体は類推できた。最後は彼女本人から聞いたんだよ」
「で、今は地元に帰って若い剣士を育てているらしい」
「......」
「今度は自分の頭で考えて、自分の意志で生き残る騎士を育てるのが彼らに対するお詫びだと言ってな」
「......酷すぎるわ」
暫く車内には馬の足音だけがこだまし、誰も何も言えなかった。
レイは剣を握りしめながら言う。
「俺が呪いの罠にはめられる少し前のことだ」
「あの頃、彼女とあなたと立て続けにいなくなったのよね。あなたとは結構接点があったけれど、彼女とはあんまり接点がなかったからよく知らなくて。単なる偶像崇拝みたいなもんだったわ
「だから、彼女は自分に付いた『白銀の妖精』という二つ名もあんまり好きじゃなかった」
「知ってしまったからには、もうその名前では呼べないわ」
「だから『白銀の妖精』ではなくて、一人の剣士として対応してやってくれ」
程なくして馬車はティリア村に到着した。ティリア村は、マーガレットが咲き乱れる美しい土地だった。
「うわあ何て綺麗」
クリスティーヌは思わず声を上げる。
「白い絨毯のよう!」
「マーガレットだらけなんだな」
「なんかちょっとナギ村に似ているような感じもするわ」
「田舎な感じが似てるか?」
レイは笑いながら言った。
「なんか、素朴な香りがするのよ」
クリスティーヌは答えた。
そして馬車を降りると村人に話しかける。
「すいません、王都から来た、マーガレットさんの古い友人です。彼女の道場はどこでしょうか?」
「このまままっすぐ言ってあそこの角を左に曲がった奥だよ」
「このたくさんのマーガレットは彼女のために?」
「村の英雄なんだよ。そもそも彼女はこの村を守るために交換条件で剣士になったんだよ。だから村の中では神様みたいな存在さ。みんなマーガレットの花を植えて大事にしてる」
村人と別れてからレイは独り言のように言った。
「さすがにそれは知らなかったな.......」
*
彼女の道場に付くと丁度彼女が若い剣士たちに稽古をつけているところだった。手には木剣を持っている。レイに気が付くと優雅にこちらに歩いてくる。
「こんにちは、レイ」
「こんにちは、久しぶりだね」
クリスティーヌは急いで挨拶をしようと口を開く。が
「こんにちは、クリスティーヌさん。私の記憶ではとても優秀な若手魔導士だったわよね」
「私のことご存知でしたか?」
「ええ知ってるわ。あなた有名だったのよ?」
マーガレットは鈴を転がすように笑う。
「レイ・アカツキ。あなたが来るなんてどうせ何かお話があるんでしょうからお稽古が終わったらお茶にご招待するわ。ちょうど鐘が鳴るから、それまで待っててくださる?その時に聞くわ」
彼女はあくまでも優雅に言った。
「もちろん、稽古を見学させてもらうよ」
お茶の時間の鐘が鳴るまでレイとクリスティーヌは稽古を見学した。彼女の剣は木剣だったが、生徒の剣は真剣だった。だが木剣の筈の彼女は真剣の筈の弟子の剣を次々と打ち落とす。
それは目にも止まらず、いつやったのか、なぜ打ち落とされたのかもわからないくらいだった。足音もしない。
クリスティーヌは初めてちゃんと見た彼女の剣技に驚きを隠せない。
そして「死なないように」「自分の頭で考えるように」と繰り返す彼女を複雑な目で見つめていた。
「これはやっぱり神技だわ......」
「そうなんだよ。納得したか?」
「ええ、とても」
「私たちは神様を説得しなくちゃならないのね」
クリスティーヌはこっそり拳を握った。
ようやく白銀の妖精の登場です。
待っている間、クリスティーヌは初めて近くで見る白銀の妖精の剣技に大興奮でしたが、レイはどのように話を切り出すべきかずっと考えていてそれどころではありませんでした。




