2.害獣駆除のはじまり
R15の残酷描写が含まれる場合がありますのでご注意ください。
魔物と農夫はしばらく睨み合っていた。魔狼の群れは、レイを見ているだけでなかなか攻めてこない。レイの強さを本能で感じ取っているのだろうか。膠着状態が続く。
魔狼は五体。並の剣士なら一体でも苦戦するのだ。いくらレイが手練れとはいえ、剣なしでは何もできないだろう。
「レイ、あなたは下がってて! 私が魔法で戦うわ!」
クリスティーヌが叫ぶ。彼女の認識では、レイはあくまで「剣を奪われた悲劇の英雄」であり、魔法も使えない守るべき対象である。
しかしレイは守られるつもりはないようだった。
「......共闘するのは初めてですね、クリスティーヌ」
「え?何言ってるのよ。下がっててって、言ってるじゃない!」
しびれを切らした魔狼達が一斉に攻めかかってくる。
クリスティーヌは素早く反応した。だが彼女が迎撃の魔法を放つより早く、レイが彼女の視界から消えた。
「えっ、何! 速い......!? 身体強化の魔法もかけてないのに!?」
予想外の速さで移動するレイにクリスティーヌは戸惑うが、その手は止まらずに魔狼の群れへ炎弾を放つ。
レイの動きは気になるものの、今は魔狼に集中すべきだと意識を切り替える。
魔狼はそこまで強い魔物ではない。時間をかければクリスティーヌひとりでも倒せるのだ。
「よしっ、あなたの攻撃の軌道はわかりましたよ!」
そう言ってレイは炎弾の前に割り込んだ。
「きゃああ、何してるのよ!」
クリスティーヌが悲鳴を上げるのをよそに、レイは泥だらけでマメだらけの拳に、大地から吸い上げた魔力を集め、魔狼の顎に向けて力任せに打ち込んだ。
膨大な魔力を込めた一撃は魔狼をよろめかせ、そこにクリスティーヌの炎弾が直撃した。
「何考えてるのよ! 危ないじゃない、レイ! あなたを撃っちゃうところだったのよ!? それに何!? その馬鹿げた魔力は!」
クリスティーヌが目を三角にしてレイに文句を言った。
「いざとなると体が動いてしまうものですね。体が覚えているんでしょうか......あなたの魔法は、相変わらず派手で素晴らしいです。私の魔法はあまり効かないみたいですが」
レイは先ほどの一撃に手ごたえを感じなかったようで、今度は農耕用の鎌を振り回している。
手にしているのは剣ではないのに、その姿は不思議と様になっていた。
「あなたねえ……、さっきのは魔法じゃないわ。剣士は知らないでしょうけど、魔力はそのまま打ち込んでもほとんど効果がないのよ」
魔力は生物に影響を及ぼさない。剣や術式を介さなければ虫も殺せない。魔導士なら最初に習うことだ。
それなのに、レイの一撃は確かに魔狼に痛手を与えていたように見えた。
クリスティーヌは自分の見た光景が信じられなかったが、それでもここは戦場で、いちいち驚いている暇はないのだ。
「いいわ、あなたがそう来るなら......私はやるべきことをやるまでよ」
彼女は微笑むと、レイが踏み込もうとした足元に追い風の魔法を発動させた。
宮廷魔導士は実戦経験も豊富だ。クリスティーヌは宮廷魔導士時代の経験を活かし素早く思考を切り替え、レイの動きを戦術に組み込むことにした。
「......! これは助かる!」
レイはその風に乗ってさらに加速し、空中を走るような、常人離れした動きを見せた。
クリスティーヌの追い風の魔法に乗れた剣士は今までにいない。だがレイはいとも簡単にそれに順応し素早い動きで魔狼を攪乱して、拳や鎌の攻撃を当てていく。だが残念なことにどれも決定打にはならない。どうやら、最後は魔力のこもった剣か、魔法攻撃でなくてはならないようだった。レイはどちらもできない。
珍しく剣士が、魔導士の補佐にまわる。
「右の三体、空中に跳ね上げます。......後は頼みます!」
レイが地面を強く踏み抜くと、魔力で増幅された衝撃波が地を走った。それをまともにくらった魔狼たちがたまらず宙に舞う。
「言われなくてもわかってるわ!」
決着は一瞬で着いた。
最後に残った魔狼もクリスティーヌが仕留め、群れは全滅した。
肩で息をする二人の間には、初めて戦ったとは思えない「何か」が生まれていた。
「......はぁ、はぁ。あなたやっぱり魔導士に向いてるわ。魔力量の割にまだ扱いは素人だけど、流石は「神速の剣聖」といったところかしら。ねえ、レイ。あなた本当に魔導士と組んでこういう戦い方したことあまりないの?」
クリスティーヌは信じられないというふうに尋ねた。
「ええ。......大体の魔導士の魔術は発動までに時間がかかりますし、その前に倒してしまうことがほとんどでしたから。でも、あなたの魔術の完成の呼吸は、昔の試合で見た『弓の達人』によく似ていました。知らない間合いではなかったし、とても速かった。これなら戦えます」
クリスティーヌは、褒められて少し嬉しそうだったが、言いたそうにしていた言葉を何故か飲み込んでしまった。
「あーあ、鎌がボロボロだ。私も急いで魔法について学ばないといけませんね。そうすれば、もっと効率よく戦えそうです」
杖の泥をぬぐっていたクリスティーヌはレイをまじまじと見て視線をまた戻したが、相変わらず何も言おうとしなかった。
そこへ、一人の老人が進み出た。ナギ村の村長である。彼は、レイの泥だらけの手を両手で握りしめた。
「レイさん。お嬢さん。ありがとう、ありがとう。畑を守ってくれて。あんたたちがいなかったら、村はどうなっていたか......」
「魔物の餌食にならなくて本当によかったです」
レイは畑が魔物に荒らされた様子を想像し胸をなでおろす。
(クリスティーヌがいる時で本当に良かった)
「.......魔物はまた来るんだろうか」
村人たちは不安な面持ちでレイの次の言葉を待っている。
レイは一瞬ボロボロになった鎌を見た。そして何かを決めたように顔を上げる。
「大丈夫ですよ。私がちょっと『害獣駆除』に行ってきます」
村人たちの緊張が少し和らいだようだった。
「レイにいちゃん......」
先ほど助けた少年が、母親の陰からおずおずと声をかけてきた。
「......いなくなっちゃうの?」
レイは少年の前に膝をついて少年と目線を合わせた。
「そうだね。少しだけ、遠くまで『害獣駆除』に行ってくるよ。この村の野菜を食べられちゃうわけにはいかないからね」
「レイさん、いいのかい? 害獣を駆除したらまた必ず戻ってきておくれ。......あんたの作る野菜は、この村で一番美味いんだから。また一緒に蒸し野菜をつついて一杯やろう」
「......もったいないお言葉です。村長」 レイは深く頭を下げた。この五年間、誰一人としてレイの素性を尋ねることもなく受け入れてくれたのは、紛れもなくこの村であり、裏切られ、荒んでいた心を徐々に癒やしてくれたのもちょっとおせっかいで人のいいここの村人たちだった。
魔物が退治されたのを見届けると村人たちはそれぞれの家に夕食の支度をしに戻っていったが、レイとクリスティーヌは最後までそこにとどまっていた。みんなが帰り、広場に二人だけが残った時、クリスティーヌがようやく口を開いた。
「未練があるなら、今すぐ断ってくれていいわ。あなたなしでもなんとかする。ただ、あなたがいれば、希望が現実になるかもしれない確率がぐんと上がるわ。剣士は普通自分の魔力を剣に込めることで敵を倒すけど、あなたの戦い方と魔導士の戦い方を組み合わせたら、きっと新しい戦い方ができるって、さっき確信したもの。きっとすごい魔導士になる。でも.......」
クリスティーヌは少し言い淀む。
「......と同時に王都へ行ったあなたは再び『レイ・アカツキ』として表舞台に立たなくちゃならない。あの男の卑怯な罠も、世間の無責任な中傷も、全部受けて立たなきゃならなくなるのよ。よく考えれば、そんなの残酷なお願いかもしれない」
レイは何も言わなかった。黙って立ち上がり、静かに王都の方角を見つめた。闇の向こうで、かすかに禍々しい魔力の光が点滅しているのがわかる。かつての自分なら、あいつへの復讐のために立ち上がったかもしれない。しかし、今の彼は違った。 自分のしなければいけないことが、ようやく見えてきたと思った。あいつの横暴をこのまま放置するわけにはいかない。
「クリスティーヌ。私はかつて、勝つことだけが目標でした。でも、この村で暮らしてみてわかりました。......一番大切なのは、誰かに頼り、頼られ、誰かと一緒に笑って、泣いて。それでも一緒に美味しい食事をすることだと」
「私はもう戦えないと思っていました。でも魔導士として新しい戦い方ができるんじゃないかと思い始めました」
「あいつは、かつて僕を裏切った。そして今はやっとつかんだ生活を脅かそうとしている。......もう邪魔はさせません」
「レイ......」
「鎌はまた、新しいのを買います......が。」
「......その前に」
「雑草は抜かなければなりません」
「魔法を教えてくれますか、クリスティーヌ」
レイはボロボロで使えなくなった農耕用の鎌を村の入り口に置いた。
初めての共闘なのに、意外に息が合っています。
村長さんだけは、レイの正体に薄々気づいています。
戦闘シーンは他の人にも監修してもらいました。




