番外編2 王都の買い出しは希望の種
本編に入れられなかった諸々その2です。
ギデオンたちを倒した次の日。レイとクリスティーヌは、畑の冬支度があるからと翌日の朝早くに出発すると決めた。クリスティーヌの転移魔法ですぐ帰る選択肢もあったが、レイの強い希望で来た道を、歩いて帰ることになった。二人は慌ただしいながら王都でしか手に入らない珍しいものを買おうとそれぞれ買い物をすることにした。
「レイ、私は魔導士仲間の女の子たちと待ち合わせてるからもう行くわね」
「ああ、行ってらっしゃい。久しぶりだし、これからはそうそう行けませんから思う存分楽しんできてください」
「農作業にちょうどいい可愛い服あるかしら?」
クリスティーヌはウキウキと独り言を言いながら出ていった。
彼女は、昨晩の祝賀会の時にこれからなかなか会えなくなる仲間の女性魔導士たちを誘っていた。彼女たちも作戦の後でやることはいっぱいだったが、明日には王都を立つクリスティーヌのために、忙しいスケジュールを調整してここに来ていた。
一行は今までは大っぴらにできなかった買い物を楽しんだ。女の子同士ならではの会話にも花が咲く。彼女たちの興味はもっぱらレイとクリスティーヌの関係についてだった。
「だって、戦いの後も、一緒に畑をやりませんかって言われたんでしょう?」
「そうよそうよ。何でもないわけないわよ」
「私もそう思うわ」
瞳の中に花びらが舞っているようだ。
一人が身を乗り出してきいてくると、ほかの人達も反応する。
「う~ん、でも、それ以上の意味がありそうには見えないのよね。私の水魔法をあてにして、ほんとに農業をやりたいだけのような気がしてきたわ」
「そんなぁ」
「確かめてみるのはどうかしら」
盛り上がったり盛り下がったり忙しい。
「ねえねえ。あのお菓子、めずらしいと思わない?」
「うわぁ、美味しそう」
「食べちゃいましょうよ」
「ちょっとあれ見て」
「綺麗――」
「素敵~欲しいわ~」
彼女たちの興味はクルクル変わる。話題もすぐに移っていく。
「時間が足りないわね」
そして一行はいろいろなものを思いつきで買っていったが、その基準はあくまでも「王都以外ではそうそう手に入りそうもないもの」だった。
クリスティーヌは、可愛らしい柄ながら、農作業にちょうど良い動きやすそうな服と靴を買った。いくら田舎の農家の農婦になると言ってもそこは譲れないところだった。
(可愛い服が見つかってよかったわ。これ見たらレイは何て言うかしら)
「ねえまた来てね」
「その時は案内するわね」
魔導士仲間たちが言う。
「そちらもよ。ど田舎だけど、野菜は飛び切り美味しいわ。私達が作った野菜をごちそうするわよ」
クリスティーヌは笑って言う。
「聞いた? 私達ですって。レイさんとどうなったのかも、様子を見に行かないといけないわね」
「そうよね。うふふ」
「そ、そんな。私達って言ったのは言葉の綾でーー」
「いいのよ、今までずっと我慢してきたんですもの。好きなだけのろけなさい、うふふ」
「そうよ、これからはのろける相手も探すのが大変なのだから」
さっきからその手の話題で盛り上がっている子たちが妙に真剣に言う。
「絶対訪ねるわ」
「絶対よ。待ってるから」
ギデオンの気配がしなくなった王都は、一気に活気づいたかのようだった。
クリスティーヌはその日一日買い物を楽しみ、久しぶりの、そして当分はできない仲間との語らいを堪能した。
*
一方レイは一人で市場の外れにある「野菜の種」を売る店に来ていた。彼にとっては王都にいたころは全く来たことのない店だった。
「珍しい種はないかな」
店内を物色しながら言う。
「お客さん、こちらなんかどうだい? 時代の先取りだよ。味は、蒸しただけでも美味しいし、もちろん、煮ても焼いてもうまいよ」
辺境の村ではまだ出回っていない種類の野菜だった。
「なんでも、外国の野菜らしいよ。この国に入ってきたのは最近だけど、珍しいしなんたって育てやすいからお勧めだよ」
「そうか。帰ったら新しい土地を開墾して村でも育ててみようか」
「お客さん、地方から来たのかい? だったらそれがいい。新しい野菜だからまだ普及してないし目立つこと請け合いだよ」
実際目立つとかはどうでもいいと思ったが、「うまい」ということと「育てるのが楽」というのは試してみるのに十分な理由だった。
レイは種を購入すると店主に育て方のコツを詳しく聞いて満足げに店を出た。
店を出たところで立ち止まる。
「あ。そうだ」
何かを思い出したようにくるりと踵を返して店の中に戻っていくレイ。
「土とかを運ぶための頑丈で水漏れしにくいような袋あります?」
「袋ですか? 農業用のならありますよ。こんな感じのものでいいですか?」
「ああこれこれ。こういうのが欲しかったんです」
(この店にあってよかったー)
レイはそれを購入するとますます満足げに店を出た。
*
翌朝早く。ウルスラの家で別れを済ませたふたりは来た道を戻っていた。1週間ほどかかる計算だ。気のせいかレイはどこかウキウキしている。
「クリスティーヌ、疲れてませんか?」
歩き始めて3日目だ。そろそろ疲れが出てくるころだった。
「私意外と体力あるんだけど、そうね、ちょっと疲れたかも。今日はギリギリまで歩かずに、近めの宿に早めに入って休みましょうか」
まだまだ先は長い。一度一息ついてちゃんと休むのものも悪くなかった。
「そうしましょう。じゃあ用事を済ませてしまいますので、少し待っててくれます?すぐ済みますからその間ちょっと休んでてください」
「?」
(こんなところに用事なんかあったかしら?)
「それでは、行ってきます」
不審に思いつつもクリスティーヌが木陰に座って休もうとすると、レイは妙にいそいそとどこかへ歩いていった。
(あ、この辺。来る時に彼がコケを持って帰りたいって言った辺りだわ。......なるほど、歩いて帰りたいって主張したのはそういうことだったのね。.......でも土って、運ぶのに重くて大変よね。何か袋を調達してきたのかしら?)
クリスティーヌはあれこれ考えながら、そのままレイを待つ。
「おまたせ」
「少し回復したわ。休めて丁度よかった」
ふと見るとレイの荷物にはパンパンの袋が一つ増えていた。
(やっぱりね。......でも)
クリスティーヌはいろんな人にもてはやされてもちっとも変わらないレイに少しほっとして軽く微笑む。
(こんな英雄がミズゴケ一つにこんなにこだわってるなんて。でもそこがレイらしいわ)
「クリスティーヌ、ほら」
レイは座っているクリスティーヌに手を差し出す。クリスティーヌは、一瞬レイの顔を見たが、差し出された左手を見て、目を見張った。
「レイ、呪いの痣が」
「だんだん薄くなってきて、ついに消えた」
「なんだか涙が出そうよ」
「こんな日が来るなんて想像もしていなかった。クリスティーヌ。ありがとう」
クリスティーヌは滲んできた涙を拭い、最高の笑顔を見せた。それから痣の消えたレイの手を取り、立ち上がった。
「さあ。今日の宿までもうひと頑張りね」
「ナギ村まではまだまだあるけどな」
クリスティーヌは気が付いていた。レイの口調が変わっていることに。
二人は手を繋いだまま街道を歩いた。
歩いて時間をかけて帰ることに意味がありました。




