1.辺境の村の怪力男
R15の残酷描写が含まれる場合がありますのでご注意ください。
「レイさーん、なすもってきたよーー」
かなり大柄な男は、農作業の手を止め、畑から出てきた。
「おお、ありがとうございます。美味しそうだ」
「今年は秋なすがよくできたのよー」
隣家のおかみさんが得意げに言う。話を聞いていたお向かいのおかみさんも、農作業の手を止めて寄ってくる。
「東の国では、秋なすは嫁さんに食べさせないらしいわよ?」
「そうなんですか? でも私はお嫁さんいないから関係ないですね」
「そんなこと言ってないでさ。レイさんも見た目は若いけどもう33なんだしさ」
「レイさんなら、誰かいい人いそうなもんだけどねぇ。紹介しようか?」
「あはは」
お喋り好きで世話好きの二人の攻撃を、毎度のことながら笑ってごまかす。
「レイさーん! 助けておくれ、納屋の扉が外れちまって!」 「レイにいちゃん、木に引っかかった凧、取ってよ!」
畑で泥まみれになりながら土をいじっていたレイは、あちこちからかかる声に「はいはい、今行きますよ」と嫌がる様子もなく応えている。足には泥だらけの長靴を履き、一歩一歩のんびりと村の小道を歩いていく。
彼はまず納屋の扉を見に行った。
「おや、これはひどいですね。今夜はひと雨来そうですから、放っておくと大変なことになりますよ」
その納屋の扉は、大人が二人がかりでもびくともしない厚い木の板だった。しかし、彼は軽い掛け声一つでそれを持ち上げた。
「よいしょ、っと……。これでよし」
軽々と扉を元の位置に固定する姿に、その家のお婆さんは目を丸くした。
「ありがとうねぇ、助かったよ」
「はは、雨が降る前でよかったです」
そう笑いながら、彼は無造作に扉を叩いた。ちょっと腕が攣りそうだったのは内緒だ。
(ちょっとなまってるかな)
次に彼が向かったのは、村の広場にある大きな樫の木だった。
「お兄ちゃん、あの高い枝に凧が……」
「わかった。届くかどうか試してみよう」
レイは膝を軽く曲げると、翼の生えた生き物のような軽やかさで跳びあがる。
「いけー」
「おおお」
と、垂直に身長の3倍は跳んだであろうその姿を、村の子供たちは声を上げて見守る。一度目は取りやすいところまで引っ張り出し、二度目の跳躍で取った。
「はいよ、取れたよ。でも次もうまくいくとは限らないから、今度はもっと広いところで飛ばすといいよ」
「はーい」
「ありがとう」
子供たちは駆け出していく。その後も、彼の仕事は続く。村長に呼ばれて行ってみれば壊れた水路の石組みの積み直しを頼まれ、地力の下がった家の畑には「油かす」についてのアドバイスを熱心に行った。
「レイさんのおかげで、今年のカブは一段と甘いよ」
「助かるよ、レイさん。あんたがこの村に来てくれてから、みんなの生活が明るくなった」
どこからか流れてきた「少し訳あり」な男を、村はひとりの人間として受け入れていたのだ。
彼は自分がこんな風に受け入れてもらえるとは思っていなかった。そもそも、ライバルであり仲間だと思っていた男に裏切られ、二度と剣を持って戦えなくなった。その時はやさぐれて、生きている意味がわからなくなって自暴自棄にもなった。なんだかんだと流れてきて行きついたのがこの村で、それからじわじわと癒やされて今に至る。
仕事を一段落させたレイは、持ってきた袋の中から真っ赤に熟したトマトを取り出した。その手の爪の間には洗っても取り切れない泥が入り込み、マメがつぶれて硬くなっていた。とれたてのトマトのぷーんといい香りがする。
「今年ももう最後だ、味わって食べるんだよ」
「ありがとう」
「甘い!」
「おいしい」
子供たちの笑い声が秋の空に響く。それが、彼の日常だった。幸せだった。
一日の終わり、夕闇が迫る畑で本日最後の水を撒いていたレイは、背後にふと懐かしくも鋭い気配を感じた。村の穏やかな空気とは明らかに異なる、少し煙たいような匂い。こんなところで嗅ぐはずのない、昔いやというほど嗅いだ戦闘の匂いだ。
レイは半信半疑で振り返る。果たして、そこにいたのはかつての自分をよく知る人だった。
「......」
「……こんなところにいたのね。探したわ、レイ・アカツキ」
そこには場違いな魔導士のマントを羽織った女性が立っていた。こんなところに来るような格好ではない。せっかくの靴が泥だらけだ。
「クリスティーヌ……。お久しぶりです。こんなとこで見るのは珍しい顔ですね。あーあー、靴が泥だらけじゃないですか。こんな何もない村で、しがない農夫に宮廷魔導士様が何の用です?」
レイは一瞬驚いた顔をしたが、次の瞬間にはいつもの「人のいい笑顔」を浮かべた。しかし彼女の真剣な眼差しはその笑顔とは対照的だった。
「今はもう宮廷魔導士じゃないけど」
クリスティーヌは靴についた泥を忌々しげに払っている。付いてしまった泥はなかなか取れなかった。
「どおりで探してもなかなか見つからなかったわけだわ。畑を耕してたなんて。あのね。平たく言うと王都がピンチなの。あなたのライバルだった男がわざとやっているのかもしれないんだけど、王都は今、魔物が増えているのよ……。あの男は王都を自分の思うとおりにしようとしてるわ。助けて、レイ。もうあなたしか頼る人がいないの」
「わざとやってる? どういうことですか?」
「その魔物を人々の前で倒してみせることで民衆の支持を集めたいんだと思うわ。お前らを守ってやってるーって。魔物の現れ方も怪しいのよ。必ず彼らのような『討伐隊』がいるところに現れるんだもの」
「はぁ......くだらない」
「それがコントロールできないところまで来ちゃってるって感じかしら」
レイは呆れたように笑い、返事の代わりに汚れた袖をめくって、黒い痣のようにも見える複雑な模様が刻まれた左腕を見せた。
「見ての通りです。ご存知かもしれませんが私はもう剣を握って戦えば心臓が止まってしまう呪いをかけられてる。戦うことはできないんですよ」
「知ってるわ。でも剣士にしてはあなた、魔法の才能もあると私は思ってたのよ。その身のこなしで魔法が使えたらって。ね、さっきのあれは何? ……今でも衰えてないとしか思えない身のこなしよ?私見てたの」
クリスティーヌの問いにレイは少し考えて答えた。
「納屋の扉を持った時は腕が攣りそうだったし、ジャンプはギリギリだった。年にはかないませんよ。それに」
「それに?」
「……私はね、クリスティーヌ。今のこの、静かな生活を愛しているんです。朝起きて土を耕して、村の人たちと笑って、いろんなことを頼まれて、頼んで。そんな生活を。人は変わるんです。あの男の欲なんて、私には関係ない。......まだ陽のあるうちに片づけを済ませてしまいますね」
クリスティーヌはレイが農具を片付けるところを、黙って見ていた。
その時だった。村の入り口から沈黙を切り裂くように悲鳴があがったのだ。驚いて視線を向けると、本来の群れからはぐれたのか、山にいるはずの魔狼の群れが広場にいる。人々が逃げ回り、さっきトマトをあげた少年のひとりが、恐怖に立ちすくんで動けずにいるのが見える。
「こんなところにまで! 王都から来たんだわ!」
クリスティーヌは顔色を変えた。
レイのその目つきは険しくなり、その手は無意識に腰のあたりを弄ったが、そこに剣があるはずもなく、あるのは使い古した農耕用の鎌だけだ。
レイは剣は使えない。でも迷っている暇はない。彼は少しだけ逡巡した。だが、結論はひとつしかなかった。
「……クリスティーヌ。さっき話した通り、僕はもう剣は握れない」
「剣と違って魔力がこめられない鎌では魔狼を倒せるかどうかわからない」
「でも戦えるのは……村を守れるのは多分僕だけだ」
「魔法の助けは頼みます。やれるだけやってみる」
レイは、魔狼に向かって、魔力のない農耕用の鎌を構えた。
「土の耕し方なら、この五年で君よりも詳しくなった」
「そしてありがたいことに土には魔力が宿っている!」
レイが掌を地面に向けた瞬間、大地が唸りを上げた。地中に溜め込まれていた膨大な魔力が、一気に彼の体に流れ込む。
「信じられないわ。この魔力量なんなの?」
クリスティーヌは常識外れの魔力の量に驚いた。
「おい。悪いけれど、この村の作物を、お前等の餌にするわけにはいかない。この野菜はうまいんだ。もったいなくてお前等にくれてやるわけにはいかないんだ!」
レイはこれまで村人に見せたことのない殺気を纏い魔物の行く手に立ちふさがった。
目指すは王道。自分の読みたいように、を目指しました。
スーパーではなく近所の農家さんから買うトマトは香りも強く皮も薄くとても甘く、それをイメージしました。




