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CORE  作者: 氷星凪
第三章
11/12

第11話:贖罪

 背の低い住宅が立ち並ぶ、ネスメイの中心地から離れた一角。石造りの平屋の扉の前に立つのは、相変わらず朗らかな笑顔を浮かべるシルバだった。ノードがバイクから降り、アルラが簡単に事情を説明する。済んだ後、彼女がシルバに挨拶を交わすと、大急ぎで道を駆けていった。取り残された二人。巾着を背負うシルバは彼に一礼をすると、手のひらにこの家のと思われる簡素な鍵を握らせてきた。

「うちには五歳の子がいてねぇ、両親が短期の海外赴任でその間アタシが面倒を見てるんだけど。どうしても市場に買い物に行く時は、一緒に連れてくと迷子になるは、アタシは走れないわでもう大変なことになるから、この前修理してもらったあのライクアと一緒にお留守番してもらうことにしてる訳。だけど今日の朝、やっぱりもう長く使ってるからか、中のプルが詰まっちゃって電気が引き出せず、意識があるのかすらも分かんなくなっちゃったから、今日の一瞬だけ手伝って欲しかったのよ。わざわざ来てもらって本当申し訳無いわ」

「い、いや……俺は良いんですけど……。逆にシルバさんはいいのかなって、こんな一回しか会ったことない者で……」

「あなた、私のライクアを勇敢に助けてくれたじゃない。それだけで、十分信頼出来るわ。ああ、いけない。早くしないと市場が閉まっちゃう。すいません、よろしくお願いいたします。あと、もし良かったらうちの子のトロンと遊んでやってください。それじゃあ」

 彼女の姿が視界の中で豆になるほどまで見送ってから、ノードは鍵を開けてその家へと入った。良い意味で重厚感の無い、煉瓦造りの扉。恐る恐る「お邪魔します」と呟いた後、すぐその言葉が反響するのは中程度の部屋一個の空間。今目の前に映る石造りの床、壁で囲まれた敷地がこの家のほとんどを占めていると言っても過言では無かった。奥の部屋の隅にはテレビ、その上からレイルベル方面の様子がよく見える窓がずらっと端まで立ち並ぶ。その近くに以前電気屋に連れて来られたライクアが存在感を露わにして立てかけてある。特徴的な目の光は失われており、全身を迸る青い光は視認が難しいほど光量が弱くなっている。全身の力が抜けて垂れ下がっている四肢を見ると、立てかけられているというよりももたれかかっているように見えた。そしてその手前側、部屋の中心で今まさに積み木を積んでいるのに集中しているのがトロンという少年だった。黒髪短髪で全身に一枚の布を纏っているのみの彼はノードが来たことに目も暮れず、寝転がりながら青い四角い積み木の上に赤い三角形の積み木を積む直前でずっと葛藤を続けている。静かに部屋に上がると、柱で死角になっていて見えなかった部屋の左側の一部分の空間に、トイレと竈門とコンロが揃っているのが確認出来た。竈門の中ではごうごうと火が勢いよく焚かれており、近づくとほんのりと暖かさを感じる。その隣にビッグコアから供給された電気を使うコンロが置いてあるのが、今更ながらこの国の歪さを表しているように見えて。

「ちょっと、ドタドタ歩かないでよ。崩れちゃったじゃん!」

 振り向くと、高い声を上げてからこちらを幼子特有の鋭い目つきで睨んでくるトロンの姿があった。その手元には崩れた積み木の残骸。言うだけ言うと、またすぐに彼は無言で積み木を積み始めることに集中し始めた。その最中、ノードはテレビに反射する自分の顔を見て、ファンデーションが肌に染み込んできて僅かに固まっているのに気づく。確かにやたらと今日は、喋る度に口が動かしづらいなと思っていたんだ。無意識に手で顔を触ってしまう。そうすると思いの外表面の層が割れてしまい、ほんの少し白い肌が露出してしまい、顔を迸る青い光が蛍のような光量でテレビの画面に反射した。焦りながらも、ついまた触ってしまいそうになる手を止める。大丈夫だ、子どもにはバレないだろう。また積み木を壊してしまわないように、彼は忍び足で部屋を歩き回り、そのまま静かに腰を下ろす。だが、トロンは自分で建てた積み木の塔を指で壊して遊んでいた。片手間に積み上げ、壊して。慎重に遊ぶのに飽きた彼は、積み木を手に持ちながらこちらに視線を向ける。

「というか、お兄さん、誰?」

「え? ああ……。おま、じゃなくて、君のおばあさんが通ってる店の店員。留守番やってくれって頼まれたんだよ」

「ふ〜ん、そっか。まぁ、いつもいるこいつ壊れちゃったしね〜」

「こいつ……?」

 威圧的なノードの言葉に「うん」と相槌を打つと、立ち上がってトロンはその壁に立てかけられたライクアの元へ近づく。体や顔を見境なく触りながら、項垂れているライクアの頭を掴み、彼はその顔を加減の無い力で叩き始めた。

「おい、何やってんだ」

「よくさ、パパとかママが言うんだ。壊れそうになった電化製品とかは大体叩けば直るって。こいつも多分そうなんだよ。えいっ! えいっ!」

「やめろ、やめろって」

 いくら言ってもトロンはその攻撃を続けた。ノードは自分の立場という枠組みで押さえつけていた感情が溢れてしまい、そのまま立ち上がると彼の腕を力強く掴んで、がなるような声を彼に浴びせた。

「やめろって言ってんだろ……!」

「ひっ……」

「ライクアは、ただの物じゃないんだよ! 感情があって、意志があって、誰かを助けたいっていう使命のために動いてるんだ! もっと、大切に扱わなきゃだめだろ!」

「ご、ごめんなさい……」

 聞こえるか聞こえないかの声で、絞り出された言葉。目に涙が浮かび出しているトロンの表情を見て、ノードは思わず腕を掴む力を緩める。彼は狼狽えたまま小走りで積み木のある場所へと戻ると、ノードに背を向けた状態で、積み上げるでもなくただ自分の心を落ち着かせるかのようにただ積み木を触っていた。思わずつい衝動的に動いてしまったこの拳に、ノードは自分で一発喰らわしてからため息をつく。彼に背中を向けられた状態で聞こえてくる鼻を啜る音が、べそをかいている様子を想像させる。わざわざ留守番を頼まれているのにこれは不味いと、ノードは近くに座ろうとするが、その度にことごとく距離を離され、丁寧に背中を向けられてしまう。ただ積み木同士がぶつかり合う、冷たく生気の無い音。それが部屋を重く支配し、顔を向けてくれないトロンへの思いがノードの中で募っていく。

「ご、ごめん。流石にさっきはちょっと、強く言いすぎた」

 返事は返ってこない。まるで画面上に映る存在に話しかけているような感覚だった。座っている足を組み変えて、「うーん」と唸りながら次の一手を考える。

「鬼ごっことか、やるか? 俺、逃げるのとか、めっちゃ得意だぜ」

 沈黙を貫くままだった。言葉に被さり、積み木の音が聞こえてくるのが心に刺さった針を深く押し込んでくる。あぐらをかいたまま体を揺らし、必死に何度も頭の中で考えてからまた呼びかけてみた。でも、結果は同じ。考えてみれば、自分より歳下の存在となんて接した経験なんて無い。故にどうすれば良いかの打開策が全く浮かんでこないのだ。もはや黒服との緊急事態を想定された発信機を今使いたくなるほどの危機と言える。アルラだったら何か解決出来るだろうか。でも、彼女は今仕事の真っ最中だろう。こんなことで邪魔してはいられない。なんだ。何かないか。何かないのか。ノードにしか出来ないこと。ノードにしか……。

 近くに見える、床に散らかされた玩具。その中でも他と際立って大きい、メリーゴーランドの玩具が彼の目についた。その台の下には、いわゆる電源スイッチがあり、そして先端がプラグのコードが伸びていたのだ。……これか? だが、本当にこれを実践するべきなのか。ただの遊びだ、それにしては自分の正体を一人でも多くの者に知られてしまうというリスクを背負ってしまう。でも。目線を上げた時、窓の外に見える太陽が地平線へとその姿を隠し始めていた。萌ゆる街並み。陽光が最後の力を振り絞って、点々と建物が並ぶ寂しげな遠くのレイルベルの光景を鮮やかに引き立てている。時間が無い。これはシルバへの恩返しでもあるのだ、少しくらい自分の体を犠牲にしても悔やむことはないだろう。コードを引っ張ってメリーゴーランドの玩具を手に収めると、それをトロンの視界に入る位置に置く。瞬間、彼はその玩具に一瞬視線を向けた。深呼吸。ノードは覚悟を決め、服の襟を捲る。そしてコードを長く伸ばすと、勢いよくプラグを自分のコンセントへ挿した。オルゴール調の音楽が流れ、メリーゴーランドの遊具達がモーターにより回転を見せる。表面や内部に付けられた彩色豊かな照明が光り出し、遠くでそれを見ているだけでもなんだか気分がわくわくするような感覚が得られた。動き出した玩具に意識を向けるトロンは、ゆっくりとこちらを振り返る。うなじに繋がっているコードの元を辿るようにして、ノードの顔へと視線が映っていく。

「お兄さん……ライクア……なの?」

 困惑を見せる彼に証拠を突き立てるように、ノードは自分の手で顔についたファンデーションを余すことなく拭った。白い肌。そして、顔の表面に迸る青い光が大きく主張する。それを見てやっと理解し、彼は再び落ち着いた表情でメリーゴーランドへ視線を落とす。楽しげな動きに、音楽、照明が少年の心を駆り立てる。不思議と彼の顔には僅かながら、笑顔が戻り始めていた。彼は立ち上がり、近くの玩具箱を漁り、小型の馬車とそれを操作するリモコンのようなものを取り出すとノードに近づいてきて、それらを掲げる。

「次、これやりたい」

 今度は、笑顔で返す。

「ああ、やろう」

 うなじに刺さっていたプラグを抜き、リモコンへ繋がるプラグを挿し直す。膝に乗ってきたトロンは手に収めたリモコンを指で操作しながら、馬車のラジコンを器用に駆動させた。「すげぇな」と言うと、鸚鵡返しのように「すごいでしょ」と笑顔で純粋無垢な返答が返ってくる。その単なる言葉のラリーを交わした時に、彼は初めて自分の生まれてきた使命のようなものをありありと感じた。回るメリーゴーランド。走る馬車。次はあれ。次はこれ。というように様々な玩具で彼と遊ぶ時間は、生きている中で唯一何かに夢中になれた時間だった。いつしかノードとトロンの表情は大差ないものになっており、それは主従の関係などではなく、ただただ楽しい時間を共有する遊び相手同士の関係としてそこに在った。それゆえ、かなりの時が過ぎているのに気づかず、突然後ろから呼びかけられた声を聞いて我に帰る。

「ノードさん……?」

 シルバが扉を開け、背中の巾着を膨らませた状態で帰ってきた。彼女と目が合い、思わず冷や汗が首元を伝う。隣で玩具に夢中になり、憎たらしいほどの笑みを見せるトロン。その玩具から伸びているコードの先は、明らかにノードのうなじのコンセントへと繋がっている。必死に絞り出した言葉は、全く意味の持たない希薄すぎる文章の羅列となった。

「あの……シルバさん、これは、その、えーっと……」

「やっぱり、だったんだねぇ」

 だが、返ってきたのは意外な言葉だった。思わず聞き返してしまうノードの前に、彼女は巾着を置いて正座すると、楽しむトロンの様子を見て、自分も幸せそうにしながら彼の頭をゆっくりと撫でた。未だ状況が読み取れないノードに、彼女は柔和に語りかける。

「あなたと初めて会ったあの日に撤廃派から追い払ってくれた時から、アタシはなんとなく察してたんだよぉ。そして、この目で見たのさ。あなたの体から雷が一瞬出るのを」

「……あ、そう……だったのか。もう既に……バレてた」

「あなたを信頼したのは、間違いなかったよ。こんなにトロンも喜んでくれてるんだから」

 シルバは重々しく立ち上がると、壁に立てかけてあるライクアを腕で抱え、こちらへと持ってくる。プルで動く玩具に釘付けになっている彼を見て、彼女は口角を上げながら押入れを開けて大きな木箱を取り出すと、その中にライクアをしまった。

「また……修理に行かないとねぇ」

 市場で買ってきた食品の入った巾着を解き、今度はそれで木箱を包むように結ぶ。慣れた手つきで行われるそれは、当たり前ながら彼女が何度もその行動を繰り返してきたことを示していた。ノードは思わず問いかける。

「……一つ、聞いていいか?」

「はい」

「なんでシルバさんはそんなにライクアを想って使ってくれるんだ? 自分の家で使用しているライクアならまだしも、こんな見ず知らずの俺がライクアだと知ってもただ何も言わずに接してくれて……」

 シルバは、その瞬間酷く顔の皺を寄せた。いつも朗らかに笑う姿との落差。彼女が老人だったと思い起こされるような、どこか物寂しげで、苦虫を噛むような表情は彼から自然と目を逸らした。まるで向き合いたくない現実が、今まさに目の前に現れているかの如く。彼女は座り直すと、着ている自分の服を手で強く握り、そのまま重々しく体の中に渦巻く想いを言葉に変換し始めた。

「アタシがまだ、若かった頃ねぇ。今よりもライクアへの扱いは、それはそれは酷かったさ。道に捨てるは当たり前、裕福層の家の四方はプルの無くなったライクアで埋められてるなんてこともよく噂で聞いた。そして私も、そんな醜い人々の一員だった」

「シルバさんが……か?」

「ええ。……若い頃ってのは、この世界のありのままを当たり前として受け入れてしまうもんでねぇ。詳しくも覚えていないほど、日常的にライクアを邪険に扱っていたんだよ。他の若い奴らとつるんで、裏路地に溜まってる事も多かったしねぇ。でも、歳を取って、今、黒服を着たライクアが人間を殺し回ってるなんて噂を聞くと、そういう彼らを生んだのは、過去のアタシ達なんだと思っちまうんだよ……。だから、もう遅いかもしれないけどね。この苦境を止める責任が、今のアタシにはあると思うんだよ。トロンみたいな若い子達とあなたのようなライクアが争い合うなんていう、軋轢を繰り返さないように……」

 歴史の語り部は、余韻を残したまま静かに口を閉じた。ノードというライクアを目の前にして自分の罪を語るその姿は、許されようとも救われようともしているようには見えなかった。過去を受け入れ、この止まった世界の中で唯一前に進もうとしている人物。彼女の存在がノードにとっては、大きかった。唇を噛んだまま、余韻を切るように彼は返す。

「俺は、アルラに拾われるまで、レイルベルでずっと人間に虐げられてきた。殴られ、蹴られ、存在を踏み躙られ。人間のことなんて大嫌いで、全員この手で葬ってやりたいと何度も思った」

「……」

「だけど。俺は彼女という人間に会って、この世界に無いはずの希望を抱いてしまった。そして、その希望の一端に、シルバさん、あなたもいる」

「え……?」

「確かにあなたがしたことが本当なら、それが遥か遠い昔の話でも俺は許せません。でも、今のあなたを俺は殺したいと思えない。寧ろ、助けてやりたいと思う。あなたにとっては何の贖罪にもならないかもしれない、でも! それで救われるライクアは嘘じゃなく、ごまんといたはずだ」

 彼女は表情を変えることをしなかった。唇は震えているも、自分に涙を流す資格など無いという風に拳に強い力を込めて我慢しながら。

「アタシは、そんなに綺麗な人間じゃないよ。でも……ありがとうね」

「約束する。いつか、人間とライクアが共存出来る世界のために」

 トロンの頭を撫でる彼女は、深く相槌をした。そして、目で訴えかけるように向けられた強い視線に、ノードも応えた。だが、その空気を切り裂くように突然部屋に風が吹き込む。

「いいや、一度罪を犯した人間を許してはならない」

 どこからともなく聞こえてくる冷徹な声。彼が周囲を見回すと、部屋の隅で黒い影が残像を生んでいるのが見えた。ほぼ目と鼻の先の距離。その残像が段々と実体を帯び、立ちすくむ黒服の姿となる。手に構えられた青い光の刀がシルバに向かって振り下ろされた。

 ────ガキン。

「ぐっ……!」

 ノードは立ち上がり、その太刀を腕で受け止める。後ろで情けない声を上げながら怯えた顔をするシルバと、その腕に抱かれ、何が起きたか理解していないトロン。腕を振り上げて、そのまま衝撃を返すと、黒服は体を後退させた。いつの間にか窓が開いており、恐らくここから侵入したんだと容易に想像がつく。細身の体躯で華奢な立ち姿のまま、彼は帽子をずらしてその視線をノードへとぶつける。

「久しぶりだな」

「お前……!」

 雄弁に語るその声。目つき。間違いなかった。目の前にいるのは、黒服を着たあの優等生野郎、P-9182だった。

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