残響
2067年、その年の夏は猛暑日が記録的に続き、東京の街も僕たちも極度の負荷に耐えていた。
都内マンションの一室。
窓外のセキュリティーホログラムには「超巨大台風接近中…ハザードLV3」の警告文字が流れている。
僕、結城 律はダイニングのスマートテーブルで朝食を摂りながら、リビング空間に映し出された立体ホログラムTVニュースを冷徹な視線で観ていた。
水無瀬 月凪は僕の向かいに座りコーヒーを淹れている。
彼女の胸元には、祖母から受け継いだ深い藍色の青い蝶のブローチが留まっている。
彼女は僕の恋人で科学研究者である僕と同じ超国家プロジェクト機関、クロノスクロノスインダストリーに勤務している。
僕は極微干渉パルス・応用研究室 (Micro-Interference Pulse Application Lab) MIP Labに所属し「予知された災害の確率を下げる」ための確率操作を研究・検証する部署にいる。
月凪は特殊エネルギー資源発掘・応用研究室(Artifacts & Energy Application Lab)AELabの研究員。
この部署は地球上の資源が枯渇に向かう中、量子観測技術で古代文明や世界中の伝承に伝わる「計算不能なエネルギー物質や技術」を発掘・解析し、それを代替エネルギーとして応用する研究をしている。
月凪:「(律にコーヒーを渡しながら)この猛暑続きの後は台風?…しかも超大型…」
律: 「(コーヒーを飲みながら)うん、でもかなり研究も実証実験にたどり着きそうなとこまで来ているからね。もう少しのところまで来ているんだ…」
月凪: 「またその怖い顔になってる。研究は大事よ、律がその使命を全うしようとしているのもわかる。でも無理はしないで。」
律:「あ ごめん、うん、ありがとう。」
月凪:「(コーヒーを飲みながら)地球規模のエネルギー使用…核融合・分裂炉、広大なスマートグリッド、高効率バッテリー、人類が地球規模で扱うエネルギーの総量が、許容範囲を超えて増加。このエネルギーの放出と転換が、時空間の背景ノイズを観測不能なレベルで増幅させている…」
律:「うん、更にAIの急激な発展と演算…超並列処理を行うAIネットワークが、極度に複雑な計算を瞬時に繰り返すことで、観測対象である量子場にフィードバックループを発生させている。これは、計算の熱力学的帰結が、物理法則の根幹である時間の流れそのものに影響を及ぼしているという仮説…」
月凪:「結果これらの要因が、観測不能なレベルで時間軸の安定性を損なっている。この時間軸のゆらぎが、気象や地殻のエネルギー伝達にカオス的なノイズとして混入し、古典的な予測モデルを無効化する。巨大台風が急に進路を変える、地震が予知されたストレスレベルを超えて発生するといった現象の原因とされる…かぁ~フゥー(息を吐く)」
そう世界は今、深刻な環境問題(超巨大台風、異常気象による広域災害)と資源枯渇により、幾度か文明の危機的な分岐点に立たされてきている。
これら連続的な異常気象の原因は気象学、海洋学、地震学、地質学、地球物理学などの物理学、統計学によって未来予測を行うがこれらの古典的な災害に加え、予測不能な異常現象の根源として、量子的な要因が深く関わっているという仮説が一部の量子物理学者たちから提唱されていた。
数年前、ある量子力学研究チームが、大規模なAI演算中に偶然、過去の特定の時点からの情報パルスの反射を検出。これが後に「並行時間軸の観測」の基礎となった。
この量子論・相対性理論を超えたブレイクスルーが人類を旧時代から新時代へ突入させた。
律:「気象学や地震学では到達できない時間軸の量子的なゆらぎを直接観測・解析し、極微干渉パルスを用いてそのゆらぎを打ち消したり、予知された災害の確率を下げるためにMIP Labは設立されているのだから僕の責務は重大だよ…」
月凪:「あ それってAELabちょっとバカにしたぁ?」
律:「ケホッ(ちょっとむせて)まさかそんなつもりはないよ、災害確率を下げるのも重要だけど代替エネルギーの応用はこれからの世界必要不可欠なんだから…」
月凪: 「冗談。ふふ。優しいのね、そういうところも好きよ」
月凪:「律、五百旗頭博士じゃない?会見してるわ」
壁一面の立体ホログラムに、会見映像が投射された。
厳格な表情の五百旗頭 修一郎博士が、マイクに向かって声を張り上げている。
五百旗頭博士(TV音声):「......時間物理学の進歩は、人類に未来予測という恩恵をもたらしました。その一方で、時間軸そのものに対する倫理観を失う危機をもたらしています。制御不能な技術は、ただの悪夢でしかない…」
五百旗頭博士(TV音声): 「……クロノ・スキャンの観測技術は、人類の英知です。しかし、我々は干渉が理論上可能であることを知ってしまった。これは、人類が踏み込んではいけない領域なのです。この技術は、世界を救う鍵ではなく、時間の安定性を破壊するリスクを内包していることを、私は憂慮しています」
月凪: 「博士の量子力学研究チームが情報パルスのエコーを発見したのよね…皮肉よね…」
律:「僕たちは触れてはいけない禁忌を犯しているのかもしれないな…でももう引き返すことはできない…」
月凪: 「そうよ、これはいずれ人類がたどり着く真実…どう向き合うかはこれからの私たちにかかっている…。律は世界の、んー私のヒーローになるんだから正義のための研究を進めなきゃ、ね? ほら、もうこんな時間!クロノス・インダストリーの天才エンジニアと、古代資源の研究員は、遅刻なんかしてらんないんだからー」
天気は最悪だったが僕は少し晴れやかな気分でそして2人は慌てながら家を出た。




