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風が吹けば聖女が堕ちる  作者: 佐々垣
第一幕:門に入らば笠を脱げ
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9:善には善の報い、悪には悪の報い


 深い深い宵闇の中を、カラスに化けたオルガは飛んでいく。空から見下ろすルミエール侯爵領は、広大でありながらも閑散としていた。

 土地には精霊が宿る。空気に、水にも精霊は宿る。だから人っこ一人いなくても、必ずどこか騒がしいものだ。肥沃な土地であるなら尚更だし、精霊の数が多いバルクン王国なら騒がしくあってしかるべき。だがルミエール侯爵領、特にマガーデン魔鉱山の周囲は恐ろしいほどに静まり返っていた。


『ルミエール侯爵領の周辺からは毎年、精霊石の不法投棄の報告が相次いでる。……多分、マガーデンの精霊たちを殺して捨ててるんだと思う』


 というのは、ルミエール侯爵領について教えてくれた際にエイドリアンがボソッと呟いた言葉である。

 精霊石。精霊の手によって生み出された魔石、もしくは精霊の死体のことを指す。精霊は強力だが脆く死にやすく、オルガが爪先でちょいとやっただけで死ぬくらいには儚い。そんな精霊は魔力の濃い場所から生まれ、頭のてっぺんから爪先まで魔力で出来ている。なので、死ねば当然体を構成していた魔力が凝固し、精霊石という魔石になるのだ。バルクン王国は土地柄、魔力が豊富で精霊が生まれやすい。だが王国人は皆一様に精霊を忌避しており、殺害して精霊石にしては、扱いに困って海や川に不法投棄していた。ルミエール侯爵領はそれが特に顕著で、故にこの一帯は精霊一匹も鳴かない不毛の地になってしまったのだろう。産出量が減るのも無理のない話である。

 最近になって更に産出量が減少したのは、残り少ない精霊たちの最後の抵抗なのだろう。唯一自分に優しくしてくれた少女へ報いるために、微かな全力を振り絞っているのだ。しかし、その抵抗は無意味に終わる。このまま、同じやり方を続けていれば。


「……お、ありゃあ……ウンディーネか?」


 ルミエール侯爵一家が住む大きな屋敷、その側の湖の水がゆらりと形を成す。トビウオのような、蛇のような形をした水。あれは恐らく、水の精霊ウンディーネだろう。普段は水底に棲むとされる精霊だが、表に出て来ているということは相当怒っている。マガーデン魔鉱山の精霊たちだけでは飽き足らず、湖の精まで怒らせるとは。ルミエール侯爵家とやらは、精霊の逆鱗に触れるのが得意らしい。オルガはカラスを模した翼をパタパタはためかせ、湖畔へと着地した。

 突然の来訪者に、ウンディーネがギョロリと目を向ける。オルガはその顔を見上げ、軽薄そうに笑いながら言った。


「よう、ウンディーネ。そんな睨みつけなくてもアタシは敵じゃないぜ? 安心してくれ」


『貴様……ただのカラスではないな? 精霊……でもないようだが』


「まあまあ、細かいこたあ良いじゃねえか。それより一つ提案があんだ。オマエたちの大好きなセレナに関することでな」


『……ほう?』


 セレナの名前を出した途端、ウンディーネの目つきが変わる。精霊とは何ともまあ扱いやすい種族だろうか。欲に素直で自制を知らない、まるで子どものような傲慢な存在。今はその性格に感謝だな、と思いつつ、オルガは話を続けた。


「単刀直入に言う。もっと派手な復讐をしてみないか?」


『派手な復讐? 妙なことを言うな。人間は水がなければ生きていけぬのだろう? ここで我が暴れるだけでも、十分派手な復讐だと思うが』


「そりゃ、あの家の人間がオマエ以外の水源を持ってないなら効果覿面だろうけどよ……アイツらはオマエを飲めないから、別のとこの水を飲んで対策してるぜ。効果は今ひとつって言っても良い」


『ならば、どうするのだ? これ以外にセレナと……あのグリモワールの息子に報いる方法など無いと言うのに』


「だから、それを提案しに来たんだよ」


 自信満々に告げるオルガに、ウンディーネは不思議そうに首を傾げた。

 グリモワールの息子、というのはエイドリアンのことだろう。ここら一帯の精霊がセレナのために暴れているのは知っていたが、まさか動機にエイドリアンの存在も含まれているとは。オルガはその繋がりを見出せず、思わず尋ねた。


「ただ、その前に……一つ聞かせてくれ。オマエはなんでそんなに、エイドリアンにこだわるんだ? オマエたちが世話になったのは、父親の方なんだろ」


『簡単な話だ。あやつは、セレナを唯一幸せにできる男だからな。どうにかして我らは、セレナとあやつをくっつけねばならん』


「へえ……? セレナとくっつくのは、ウォルターとかいう王子サマだって聞いてたが」


『あんな輩に我らのセレナは預けられん』


 よほどウォルターを忌み嫌っているのだろう、ウンディーネの表面が沸騰したように沸き立つ。垂れてきた雫を振り払うオルガに、ウンディーネは遠くを見つめて言った。


『我らは、セレナが幸せになってくれたらそれで良い。……あの二人だけの世界は、何にも代え難い幸福だったのだ』


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