7:火のないところに煙は立たぬ
結論から言うと、オルガの作戦は成功した。精霊を使い、セレナの好感度を上げることが出来たのである。
方法は単純明快。精霊同士の喧嘩を宥めていることを令息令嬢に知らしめた。だが、先日の訓練場の事件のように、いちいち大事にしていては逆に疑われる。だからオルガはかつてセレナがやっていたように、精霊たちが喧嘩する前に宥めて回っていた。しかしこれだけではただの二の舞。そこでオルガは精霊たちを使い、セレナの善行を言いふらしてもらった。
風の精霊たちはおしゃべり好きである。普通の人間たちには気づかれないだけで、毎日毎日猛烈にお喋りをしている。風の噂、という言葉があるように、風の精霊が噂を流布するスピードは他の誰にも劣らない。更に、このガーネット魔法学園にはものすごい数の風の精霊がいる。まるで台風一過の後に思えるほどの数がいるのだ。だからオルガはその精霊たちに、セレナの善行を噂話として提供した。
勿論、風の精霊たちの声は人間には聞こえない。なので、オルガは風の精霊たちの声を光の魔法で増幅させ、それとなく人間たちの耳に入るようにした。出どころの分からない噂ほど広まりやすいものはない。結果、オルガはだった一週間で、セレナの評判を上向きにすることが出来た。相変わらず接触を図ってくる生徒はいなくとも、あからさまに悪口を言う生徒は格段に減ったのだ。これは良い変化である。
「オルガ!」
「姉貴! ……って、全然忍ぶ気ねえのな……」
「なあに、心配はいらん。周囲の人間の魔力を使って、その人の視界を弄る闇魔法を使っていてな。今の私は、ただの無害な従者に見えていることだろう」
「すごい芸当だな……アタシは姿変えてんのによ……」
精霊の楽園とも呼ばれている薔薇園。誰もいないその場所で話しかけてきたスイレンに、オルガは呆れた目を向けた。眼前、スイレンは故郷の服らしい和装に身を包み、真っ白な髪を腰の辺りまで伸ばしている。額からは二対の透明なツノが生え、白いまつ毛に彩られた瞳はしっかりと閉じられていた。見慣れた、スイレンの化け姿だ。からんころんと下駄を鳴らす姿は学園の中でも特に奇異なものだが、騒ぎになっていないのを見る限り、魔法は相当強力らしい。
その話は一旦避けておくとして、一体どんな用事だろう。首を傾げたオルガの思考を読み取ったかのように、スイレンは懐から封蝋のついた手紙を取り出した。
「……これは?」
「オルガが化けてる娘……セレナだったか? その弟君からの伝言だ」
「弟君……って、シリウスか!? なんで姉貴がこんなの持ってるんだよ?」
「ああ、実は前乗っ取った馬車が、聖女と弟君の取引に使われてたやつでな。そのおかげで私は弟君の従者兼、取引物を運ぶ御者としてこき使われているんだ」
「どんな偶然だよ……」
あまりの強運にオルガはドン引きするが、スイレンは気にしていないように笑う。いつものことだし考えても仕方ないか、とオルガは差し出された手紙を受け取った。
真っ白な、セレナ宛の手紙。真っ赤な封蝋の意匠は、ルミエール侯爵家の家紋だった。差出人は父親辺りだろうか。オルガは長い爪先で雑に手紙の口を破き、内容に目を通して、
「……はあ?」
あまりにもあんまりな中身に、オルガは思わず顔を顰めた。
手紙の中身は要約すると、領地にある鉱山の産出量が減っている。お前が何かをしでかしているに違いない。即刻やめさせろ、というものだった。何かをしでかしている、と言われても、オルガはこの姿になってからは鉱山荒らしなんてしていない。確かに鉱山は好物の鉱物の山であり、とても魅力的な食べ放題の地ではあるが、オルガとて礼節くらいは知っている。事実無根の冤罪である。酷い話だ。
しかし、相手は仮にも侯爵。いくら娘を忌み嫌っているとは言え、根も葉もないことを書くはずがない。そうなると、セレナが鉱山に何かをしていると思われる原因がどこかにあるはず。しかし、一体何だろう。そういった話はセレナから聞いていないし、聞き出そうにも今は昏睡中だ。どうしたものか、と考えるオルガのすぐ背後に、足音が駆け寄ってきた。
「猊下! ここにいたんだね」
「エイドリアンか。紹介するぜ、これがアタシの姉貴」
「ほお〜、お前さんが……初めまして。オ……じゃない、えっと……この子の姉の……姉だ、うん」
「お初にお目にかかります、姉上様。エイドリアン・フォーリィと申します」
スイレンのあまりにも漠然とした自己紹介に、エイドリアンは丁寧な礼で応えた。
そよ風に白いマントを揺らしつつ、エイドリアンは顔を上げる。すると、オルガの持っている手紙に気が付いたのか、不思議そうに首を傾げた。
「猊下、その手紙は……ルミエール侯爵から?」
「おう。なんか、鉱山の産出量が減ってるのはセレナのせいだろって手紙が来て……心当たりねえか?」
「ああ、それは……多分、あの辺りの鉱山が、ルミエール侯爵の手には負えないからだと思うよ」
「と、言うと?」
侯爵の手に負えない。鉱山は侯爵の領地であるはずなのに、手に負えないとは一体どういうことなのか。
オルガの言葉を先取りするように尋ねたスイレンへ、エイドリアンは少し困ったような顔で語り始めた。
「話せば長くなるんですが……」