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風が吹けば聖女が堕ちる  作者: 佐々垣
終幕:風が吹けば桶屋が儲かる
43/46

43:虎の威を借る狐


「は、は……?」


「あ〜……やっと変身解けたぜ。肩凝るし腕も攣るし、キッツイんだよな〜……」


 馴染む体をググッと伸ばし、オルガは久々の開放感に頬を緩める。だが呑気なのはオルガだけで、観衆も聖女たちも息を呑み、オルガを凝視していた。まあ確かに、セレナだと思っていたものがいきなり黒髪美少女に変わってしまったら、驚くのも無理はない。オルガは節々を伸ばして息を吐き、鋭い目でウォルターたちを見た。蛇に睨まれた蛙のように固まっていたウォルターは、しかしハッと我に返ると、


「ふ、不審者だ! ひっ捕らえろ!」


「おっと!」


 ウォルターの指示に半拍遅れ、近衛騎士たちが一斉に駆け込んでくる。オルガはその剣先をひょいと手で退け、指先でちょいと騎士たちを小突いた。その軽々とした動作とは対照的に、騎士たちは鉛玉のように吹っ飛んでいく。そこらの令息令嬢には当たらないようにしたから、そこは安心してほしい。

 あっという間に近衛騎士を鎮圧したオルガに、アマデウスは腰を抜かす。シリウスは支離滅裂な言葉を発してウォルターの背に隠れ、ティエルノは何故か快楽を覚えていた。そうして盾にされたウォルターは、全身を震わせながらも尋ねる。


「な、なんなんだ! お前は、一体……!?」


「だから言ってるだろ? ヴァルプルガ猊下だよ。ま、小さくて可愛い美少女だし、想像と違くても無理はねえか。ははは!」


「う、嘘です! その人はヴァルプルガ猊下ではありません。竜珠がそう告げています!」


「……あァ?」


 胸元の竜珠を握りしめ、声高らかに言うメローぺにオルガは睨みを効かせる。だがその圧にメローぺは怯むことなく、周囲の男たちは蜘蛛の糸を見つけたかのように縋りついた。滑稽でみっともない姿だが、それだけ何かに縋りたい状態なのだろう。

 オルガは面倒臭そうに頭を掻きつつ、メローぺを睨みつけて言った。


「オマエさあ、それ辞めろよな。竜珠のお告げだ〜ってやつ。ドラゴンの威を借るゴブリンかよ」


「それを言うなら虎の威を借る狐だな」


「おーそれそれ……って姉貴!? いつの間に!?」


 すぐ隣から掛かった声に驚いて振り向けば、見慣れた和装に身を包んだスイレンと目が合った。この卒業パーティーの下準備は手伝ってもらったが、てっきり本番には現れないものだとばかり思っていた。またぞろ、幻覚か何かでも使って潜り込んだのだろうか。そんなオルガの予想を裏切るように、ウォルターが声を荒げる。


「なっ……なんなんだお前たちは! 次から次へと!」


「ああ、驚かせてすまない。私はこの子の姉……ふむ、そうだな。リューシスと言った方が通りはいいか」


「リューシス!?」


「まさか、アルコル帝国の……!?」


 スイレンの名乗った聞き覚えのない名前に、いくらか意識が追いついたらしい観衆がどよめく。アルコル帝国のリューシス。詳しくは知らないが多分、どこかで使った偽名なのだろう。

 護国のドラゴンたちが揃い踏みし、聖女はわなわなと肩を震わせる。オルガはまだしも、スイレンの圧には流石に敵わなかったか。観衆のざわめきは広がっていく。混乱と困惑がこの場を支配していく。段々と熱が上がっていく会場を、不意に鋭い声が制した。


「皆様、静粛に。その御方は間違いなく、アルコル帝国における審判の龍、リューシス様です」


「ろ、ローズマリー側妃陛下!?」


「その方の魔力反応と、帝国に保管されているリューシスのツノの魔力反応を照合したところ……完全に一致しました。その方は、リューシス様で間違いありません」


「じゃ、じゃあ、ソイツも……」


「ああ。この子は間違いなく私の妹。お前さん達の言う、神託の竜ヴァルプルガだとも」


 絶対的な証拠と裏付けを提示され、観衆たちは一気に静まり返る。そういえば一昨日くらいに王宮に行ったと言っていたが、それはこのためだったのか。

 オルガがヴァルプルガだと証明され、観衆は何も言えずにオルガを凝視する。元からそれを知っていたエイドリアンたちだけが、変わらぬ様子でオルガを見つめていた。そこまで驚くことでもないだろうに、やはり人間達の考えは分からない。

 オルガは高いヒールをカツカツと響かせ、ウォルターたちに歩み寄る。近寄った気配にウォルターは腰を抜かし、怯えた顔でオルガを見上げた。オルガはその顔をじっとりと見下ろしながら、ネズミを嬲るネコのように笑ってみせた。


「これで分かったか? 節穴殿下サマよお」


「な、なんで……なんでっ、ヴァルプルガ猊下が、こんなこと……!?」


「セレナに頼まれたのさ。オリハルコンをたらふく食わせてやる代わりに、この断罪劇で自分の無罪を証明してくれって」


「は……!?」


「セレナも可哀想だよな。勝手に予定をずらされて、味方もいないのに選定の儀をやって……こーんな未来を見た挙句、闇の魔法で眠らされちまうんだからよ」


 巻き込まれたセレナに心底同情した声で、オルガは滔々と説き伏せる。オルガの口から語られる真実にウォルターは唖然として、ぽっかり口を開けたままオルガを見上げた。端正な顔は恐怖に歪み、声をみっともなく震わせて、ウォルターは尋ねる。


「闇の、魔法って……それなら、セレナは……?」


「今頃、長い眠りについてるだろうよ」


「……ッ!」


「───勝手に殺さないでくださいまし、ヴァルプルガ猊下」


 無感情にも思える平坦な声が響き、オルガはパッと顔を上げる。観衆が道を開けたその先、会場の入り口に少女が立っていた。青い星空のようなドレスにプラチナブロンドの髪、切れ長の薄い瞳と尖った耳。セレナだ。本物のセレナがそこにいる。駆け寄ったエイドリアンの手を取り、セレナは柔く微笑んで言った。


「ありがとう、アディ」


「セラ! もう歩いて大丈夫なのかい?」


「ええ。それよりも……メローぺ・シュバルツ子爵令嬢。あなたに聞きたいことがありますの」


 エイドリアンのエスコートを受け、中央まで歩み出たセレナがそう告げる。話題の渦中へと引き戻されたメローぺは顔を青くし、セレナを見つめた。堂々たる令嬢の帰還に、観衆たちが何事かと囃し立てる。セレナは感情を感じられない顔のまま、胸に手を当てて尋ねた。


「予定よりも前倒しにされた選定の儀……あの時、わたしは闇の魔法の呪いを受け、深い眠りに付きました。この呪いを竜珠に仕込んだのは、あなたですね?」


「─────」


「ルミエール侯爵家からシュバルツ子爵家に対し、大量の精霊石の譲渡記録が見つかっています。しかも魔力印のない、非公式な記録ばかり……あれだけ大量の精霊石を、一体どう使ったんですの?」


「……闇の魔力は、人や精霊、魔物の魂を生きたまま食らうことで発現すると言われてますな。確かに、精霊石を大量に摂取しても会得できますが……しかしまさか……」


「ルミエール侯爵家に現れたウンディーネも、メローぺ嬢が精霊を食べたと言ってた。まさか、それで闇の魔力を……!?」


 セレナ、それとミルフォードやエイドリアンの指摘を受け、メローぺは押し黙る。その周囲には黒いモヤが、闇の魔力が漂っていた。

 恐らくメローぺは、精霊石を食らうことで闇の魔力を得た。そしてそれで人々を操り、聖女の称号を手に入れ、竜珠すらも手中に収めた。竜珠は闇の魔石、闇の魔法を増強する効果もある。それで、ウォルターたちの抱いていたセレナへの嫌悪感につけ込み、こんな断罪劇を開かせるに至ったのだろう。まさしく醜悪な傾国の美女、人心掌握に長けた悪魔だ。こんなに恐ろしい相手に目をつけられるとは、セレナもとんだ災難である。恐らくは、今の王妃も同じなのだろう。この国、大丈夫なのか。

 セレナたちの指摘に、しかしメローぺは答えない。長い長い沈黙が落ち、観衆の目線が突き刺さった。もう、竜珠のお告げという手は使えない。闇の魔法での操作も、オルガとセレナが阻止する。八方塞がりにされた聖女は、一体どう出るのか。第三者のつもりで事の成り行きを見守っていたオルガはしかし、突然顔を上げたメローぺと目が合ってしまった。オルガを見つめ、怖いくらい完璧な笑みを浮かべたメローぺは、優しく諭すように言う。


「いいえ……いいえ! 私は分かっています、ヴァルプルガ猊下。貴方はセレナ様と、悪役令嬢セレナ様と手を組み、いずれ世界を滅ぼす邪竜!」


「…………は?」


「言わずとも分かります。私は全てを知っています。貴方は周囲に理解されず、やがて群れを殺めて闇に染まり、孤独に生き続け……セレナ様に同情して、世界を滅ぼそうとするのです!」


「……は?」


「しかしセレナ様にも帰る場所があると知り、裏切られたと殺めてしまい……最後には私と殿下によって倒される! 貴方はそういう筋書きに生まれた、悲しき邪竜なのですよね?」


「は?」


 何を言っているんだ、コイツは。

 メローぺの語る言葉が一から十まで理解できず、オルガはたまらず顔を歪める。人を邪竜呼ばわりなんて良い度胸だが、コイツには一体全体何が見えているのだろうか。世界を滅ぼす気なんてオルガにはないし、群れを食い殺したのはスイレンだし。何もかもがおかしい。それが恐ろしかった。

 理解できないのはオルガ以外も同じようで、エイドリアンやイザベル、ウォルターやアマデウスさえも困惑している始末だ。自分の味方さえも困惑させるとは、逆にすごい話である。しかし一体何を言いたいのだろう。理解が追いつかないオルガを、からんころんと軽い足音が追い越した。その音に気づいて顔を上げれば、表情の冷え切ったスイレンがそこにいた。

 あ、これはまずい。


「───先ほどから聞いていれば、随分な物言いだな。小娘が」


「……ぁ」


「儂の可愛い可愛い妹が邪竜で、人間如きに倒される定めだと? 笑えん冗談だ。腹の足しにもならん」


「ひ」


「どうせなら食ってやろうと思っていたが、貴様なんぞ食ったら腹を壊しそうだ。どれ、八つ裂きにして肥料にした方がまだ────」


「姉貴姉貴! ダメだって!!」


 本性が垣間見え、完全に本来の姿に戻っているスイレンにオルガは叫ぶ。スイレンの魔力に当てられたせいだろう、オルガの変身も半分解けていた。ツノと翼と尾が現れ、しかしその姿を気にも留めずスイレンに駆け寄る。白い鱗に爪を立て、殺意のみなぎる赤い目に呼びかけた。白い五芒星がオルガを見て、刹那その殺意が緩む。しゅるりと全身が唸り、瞬く間に人間の姿へと収まった。

 呼吸さえ許されないような空気感が抜けて、会場に音が戻ってくる。何人かは気絶してその場に倒れ、泡を吹く有様だった。令嬢は腰を抜かし、エスコート相手に起こしてもらっている。背後を見れば、六人も汗をかいて膝をつく有様だった。

 危ないところだった、とオルガは息を吐く。スイレンの本来の姿は、目にするだけで動けなくなる圧倒的な存在感を持っていた。オルガは耐性があるものの、人間たちは違う。死人が出なかっただけ幸運だ。これだけスイレンを怒らせるとは、メローぺは随分と逆鱗に触れるのが上手い。あんな威圧を至近距離で受けて大丈夫だろうか、とオルガは目を向けて、


「おいオマエ、大丈夫か……って」


「違う。違う違う違う! ウェルテル様は私の味方! そうじゃなきゃおかしい……ッ、それ以外あり得ない!!」


「お、おい、いきなりどうし」


「正しいストーリーに戻さないと……ッ! 世界をっ、世界を救って!!」


「ひ、ひぃ……!?」


「早く、早く早く振り向いてください! ────プレイヤー様ぁッ!!」


 刹那、膨大な闇が噴出し、聖女を飲み込んでしまった。


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