表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風が吹けば聖女が堕ちる  作者: 佐々垣
プロローグ
4/8

4:痴人の前に夢を説く


 バルクン王国には、古くから伝わる秘宝“竜珠”が存在する。それは文字通り竜────神託の竜ヴァルプルガから賜ったとされる紅き宝珠で、未来を視る力があると言われていた。竜珠は王家の管理下にあり、その力を引き出せる数少ない人材に“竜の愛し子”という称号が与えられる。そして歴代の王は、竜の愛し子と結婚する事でその王座を手に入れていた。

 セレナは、竜の愛し子となることを期待された少女だった。生まれながらにして膨大な魔力に恵まれ、尚且つとても希少な光の魔法を扱える存在。魔法の属性は土、火、風、水に光と大きく五つに分けられるが、竜珠の力を最も引き出せるのは光の魔力とされている。息をするように光を放ち、竜珠を眩く輝かせる力を持つ侯爵令嬢。第一王子、ウォルター・カルロス=バルクンとの婚約が六歳という異例の早さで結ばれたのも無理のない話だった。

 才色兼備、高嶺の花。そんなセレナにも、一つの欠点があった。


「ねえ見て、セレナ嬢よ。また独り言を呟いていらっしゃるわ」


「魔法の腕は素晴らしいのだけれど、あの癖が治らないんじゃねえ……」


「見えないものとお話ししているなんて、恐ろしい話だわ」


 それは、常人には見えない精霊と語らう力を持っていたことだった。

 世界には精霊がいる。土に、火に、水に、風に。光にさえも、精霊は宿っている。だが精霊は、魔力量が一定数を越していないとその姿を目視することすらできない。たとえ目視できたとて、精霊はプライドが高く意思疎通が難しい生き物。語らうどころか共存するのも厳しい話。故にバルクン王国は精霊を恐れ、徹底的に排除してきた。その扱いに精霊も怒り、幾度となく侵攻を繰り返した。要するに、精霊が敵視されやすい環境だったのである。だがセレナはそんなことも知らず、庭で戯れる精霊たちを話し相手にしていた。

 複雑な事情と感情を抱えた人間に比べれば、あけすけで素直な精霊の方がよほど分かりやすくて過ごしやすい。セレナのその判断は、なかなか理解を得られなかった。それは婚約者のウォルターとて例外ではない。世間一般では敵視され、即刻排除を掲げる者もいるくらい危険である精霊を、人間よりも好ましいと言う少女。元よりセレナが表情の固い子どもだったせいもあってか、ウォルターは一年と経たずにセレナを避けるようになった。


「お前の考えていることは分からない。お前は……異常者だ。父上の願いでなければ、婚約などすぐに破棄したのに」


 婚約して一年経った記念のお茶会で、ウォルターはよりにもよって面と向かってそんなことを言った。セレナが常に無表情だったから、多少酷いことを言っても気に留めないだろうと考えたのだろう。

 だが、いくら表情が動かないとはいえ傷つくものは傷つく。所有者の少ない光の魔力を持っていたせいだろう、実の父さえも慰めてはくれなかった。セレナはその時点で、実の父親にも婚約者にも愛想が尽きてしまった。息子がこんな失言をしているのにも関わらず、笑っているばかりで咎めもしない王や王妃にも、同じく。

 それでもセレナは、ウォルターの婚約者として粛々と務めを果たした。王妃教育を受け、光の魔力を使いこなし、皆の手本になれるような淑女を目指した。実の母が死んで、父が前々から囲っていた愛人を後妻として迎え入れようとも。その後妻の連れ子である義弟が、あからさまに自分よりも優遇されようとも。それでもセレナは、未来の王妃として恥ずかしくないように全力を尽くしてきた。

 だが、そんなセレナの努力に報いてくれる存在は、指折り数えるほどしかいなかった。


「見て、セレナ様だわ」


「セレナ様ってあの、“精霊憑きの令嬢”の?」


「あのような方が未来の王妃だなんて、恐ろしい話だわ」


 十五歳になり、魔力を持つ貴族階級の令息令嬢が通う王立ガーネット魔法学園に入学してからは、更に風当たりが強くなった。ウォルターが流布したらしき噂話はすぐに広まり、セレナは次第に孤立した。セレナが奇異な見た目をしていたのも、孤立に拍車をかけたのだろう。

 プラチナブロンドの長髪に、アイスブルーの吊り目。そしていつもは髪で隠している、人間にしては少し尖った耳。父にも後妻の母にも、義弟にも似ていない風貌。実の母の祖先にエルフがいたことが原因の、隔世遺伝によるものだった。だが、そんな事情を知る由もない令息令嬢はセレナを避け、ウォルターや義弟のシリウスはその事情を知ってなお、セレナを忌避した。この耳と遺伝によって、セレナは膨大な光の魔力を得たというのに。

 それでもセレナは、ただ淡々と王太子の婚約者としての務めを果たした。指折り数えるほどしかいなくても、自分に報いてくれた人に尽くすために。今までの苦労も嘗めた辛酸も、竜の愛し子となれば報われると思っていたから。だからセレナは努力して、少しでもバルクン王国を良い方向に導こうと尽力して、


「見て、聖女のメローぺ様よ!」


「噂では、セレナ様よりも竜珠の力を引き出せるとか……」


「次の竜の愛し子は、メローぺ様しかいないわ!」


 突如転入してきた聖女とやらに、全てを破壊された。

 メローぺ・シュバルツ男爵令嬢。シュバルツ男爵の愛妾の娘で、つい最近養子として引き取られた。教会が卓越した光魔法の使い手に授ける称号である聖女の名を冠し、既に幾度となく王宮に招かれているそうだ。セレナにはそんな招待、一度として送られてこなかったのに。あまりにも露骨な待遇の差だ。その差は学園でも広まり、聖女メローぺはあからさまに優遇されるようになった。それは婚約者のウォルターですら例外ではなく、セレナを差し置いて四六時中共にいるほどだった。

 セレナは訝しんだ。ウォルターの心変わりを、ではない。メローぺの、卓越した光魔法の腕とやらをだ。光魔法の使い手ならば、回復魔法や浄化魔法など朝飯前のはず。だがメローぺは、一度としてその魔法を使った試しがなかった。更にメローぺは、極端なほど精霊に忌み嫌われていた。人間よりも精霊を信じるセレナにとって、精霊に信じられていないメローぺは警戒の対象だった。だが、


「お前は、僕の心がメローぺに向いているから焦ってそんなことを言っているんだろう? 今まで僕に尽くしてこなかった癖に、今更嫉妬だなんて醜いことだ」


「義姉さんは頭が足りないんですよ。そうやって、王太子妃の威を借りていられるのもいつまででしょうね?」


 ウォルターやシリウスはまともに取り合わず、メローぺに傾倒していった。

 セレナは焦った。確実に何かを隠しているメローぺに、国の中枢を担う人物が籠絡されている事実に。だがどうしようもなかった。いくら手を尽くしても事態は改善されないまま、竜の愛し子を選出する儀式である“選定の儀”を迎えてしまったのだ。

 そしてその選定の儀で、事件は起こった。セレナは────未来を視たのである。


『セレナ・ルミエール侯爵令嬢!お前との婚約は本日をもって破棄させてもらう!』


 自分の運命が変わるその日を、変わるまでの道筋を、その全てを。

 だが同時に呪われた。事前に竜珠に仕込んであった魔法によって、セレナは昏倒寸前まで追い詰められた。結果、竜の愛し子に選出されたのはメローぺだった。

 セレナは理解が追いつかなかった。なぜあの時、視た未来があんなものだったのか。国の安寧と幸福を願った未来の果てが、どうして婚約破棄だったのか。なぜメローぺの周りに、ウォルターとシリウスだけでなく、枢機卿の息子と騎士団長の息子がいたのか。何もかもが分からなかった。分からなくて、分からなくて、それでも────視た通りにすれば、国に安寧をもたらすことができる。それだけは、確信できた。

 竜珠が見せるのはいつだって、最善を尽くした果ての未来だ。示された通りに行動すれば、最善の未来に辿り着ける。その啓示を受けたのならば、セレナはその通りに動くしかない。それで幸せになれるのなら、国を導いていけるのならば────セレナの努力に報いてくれた、数少ない彼らを幸せに出来るのならば。


「それで、アタシの力を借りたいって?」


「ええ。それが、竜珠の示した道です」


「竜珠、ねえ……」


 王立ガーネット魔法学園内にある、寮の一室。身を蝕む呪いに歯噛みするセレナの眼前で、黒髪の美少女が興味深そうに紺碧の目を細めた。吊り上がった目は気高い印象を与え、青い宝飾が散りばめられた黒いドレスは上品な雰囲気を醸し出していた。

 机上に並べられたオリハルコン───セレナの領地で産出した鉱石───をまるでオヤツのように貪る少女は、凜としているセレナを見つめながら呟いた。


「まあアタシとしても、落とし物が見つかるなら願ったり叶ったりなんだけどよ……なんだっけ、神託の竜?」


「はい。神託の竜、ヴァルプルガ。このバルクン王国の危機を救い、竜珠を託したとされる神竜です。我が国は、その竜珠の神託によって発展してきました」


「……なーんか壮大な話になってるけど、要するにアタシの落とし物って、オマエたちの国の大事なものになっちゃってるんだろ? 良いのか、そんなん貰っちゃって」


「元はと言えば、竜珠はヴァルプルガ猊下の物です。竜珠がそう指し示したのならば、返却することこそが国を良い未来に導くことに繋がるのです」


「まあ、納得してるんなら良いけど……」


 そう言って少女───ヴァルプルガは、一際大きなオリハルコンをギザギザした牙で噛み砕いた。王国史で語り継がれている神託の竜ヴァルプルガはもっと大きくて雄々しい白き竜だったはずだが、どうにも今は人間の少女に化けているらしい。更にヴァルプルガは本名ではないと言うのだから驚きだ。

 それはともかく、これで竜珠の示した通りになった。このまま竜珠の示した未来を辿っていけば、必ず幸福な未来に辿り着ける。これは間違っていない。これこそが正しい道。だからきっと、この痛みさえも、いつかは愛しく思えるはずで。


「……本当に大丈夫か? 治さなくていいのか?」


「ええ。この呪いは、証拠として保全しておきます。ですから、猊下は───私の代わりに、学園へ潜入してくださいませ」


「おう、任しとけ! 絶対に完璧に、誰にもバレないようにオマエを演じ切ってやるぜ!」


 呪いによって閉じていく視界の中、ギザギザの歯を晒しながら勝気な笑みを見せる、自分とよく似た顔が見えて───変身は完璧でも、表情はさっぱりですわね。

 そんな感想を最後に、セレナの意識は閉じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ