39:畑に蛤
「はあっ、はあっ、はあ……っ」
王宮の奥の奥にある、フェニックスの羽の保管庫を目指して走る。異様な雰囲気のウォルターに、使用人たちは怖がって声をかけてこない。ウォルターは時折足を引っ掛けて転びながらも、もがくように走り続けた。
どうしてバレた。なんで見破られた。あの呪いは何だ。どうしてメローぺは庇ってくれなかったんだ。
ぐちゃぐちゃの感情を抱えながら、ウォルターはひたすらに走る。フェニックスの羽に触れて、その加護を受けなければ。そうしなければ、自分がフェニックスの羽の管理を怠っていたと気付かれてしまう。ただでさえ評判が悪い現状で、大事な役目さえ怠っていたと気付かれては後がないのだ。
「クソ……ッ!」
ウォルターは精霊が嫌いだった。だからフェニックスの羽に近づくのが嫌で、管理は父と母に任せていた。メローぺが現れてからはもっぱらメローぺに任せきりで、実際それで上手くいっていたのだ。このまま行けばメローぺが王妃となるのだから、この事実が明るみになることはない。そう思っていたのに、まさかステータスから見破られるだなんて。
保管庫の扉に縋りつき、魔力認証で鍵を開ける。この保管庫には王家の人間と、竜珠を持った人間しか入れないようになっているのだ。ウォルターの魔力に反応し、扉がゆっくりと開く。ウォルターは扉が開き切るのを待たずに、その隙間へ体を捩じ込ませて入り込んだ。
「はあっ、はあ……ッ、あった!」
もつれて転び、床に手をつきながらも、ウォルターはフェニックスの羽が閉じ込められた透明な箱へと駆け寄る。透明なガラス越しに、夕焼け色の羽がゆらゆらと輝いていた。加護を、加護を得なければ。しかしどうしたらいい。ウォルターは訳も分からないまま、囲っていたケースを力任せに退かし──────、
「────はッ?」
────じゅわ、と。
赤い羽に黒いシミが出来て、ゆらりと伝播していく。それは羽を蝕み、どんどん欠けさせていった。一瞬で、しかし鮮明に。羽は外気に触れて消滅した。
赤い燐光が飛び、ウォルターに降りかかる。身が軽くなるような感覚に包まれた刹那、身につけていた白い制服が燃え上がった。それは炎ごと風に攫われ、ウォルターは瞬く間にパンツ一丁にさせられてしまう。唖然とし、呆気に取られ、ステータスの欄に『フェニックスの加護』との表記が増えたのを確認し、そして。
「はっ、は……? あぁ……!?」
羽を奪われ、服を奪われ、尊厳までも奪われた。誰のせいか、誰が仕組んだのか、それは考えずとも分かった。アイツだ、アイツだ。絶対にアイツだ────あの忌々しい精霊憑き、セレナのせいだ。
「……ったいに……絶対に罰してやる、セレナぁ……ッ!!」
お門違いな怨嗟の声を上げ、ウォルターはみっともない姿で咽び泣いた。




