31:海老で鯛を釣る
「聞こえておりますかな? リューズ様!」
「ええ。バッチリよ、ミル」
穏やかな昼下がり、学園内で人通りも多い花園のガゼボの下で、リューズはそう笑った。リューズの目線の先、テーブルの上に置かれているのは魔石が埋め込まれた小さな道具。そこから薄い四角形の光が映し出され、その中に不鮮明ながらもミルフォードの姿が映っていた。
これはリューズの発案から生み出された、ワーグナー家とコルネイユ家の共同開発品。遠くにいる相手と顔を見ながら話すことが出来る、画期的な道具だ。今はまだ試作品であり映像が不鮮明で画面も小さいが、この技術をもっと高めていけば、遠隔での会議なども可能になる。そうなればきっと、多くの人に便利が行き渡ることだろう。まだ見ぬ未来予想図に頬を綻ばせるリューズに対して、ミルフォードは興奮気味に言った。
「いやあ、流石はリューズ様! こんなに素晴らしい道具を考えるなんて! これなら安全に魔物を眺めることも出来ますな!」
「ふふ、ミルったらそればっか。でもそうね。これがあれば、危険な魔術だって無理なく観察できるかもしれないわ」
「研究に新たな一石が投じられますな! いやはや、リューズ様は相変わらず聡明でいらっしゃる!」
手放しに賞賛を送ってくるミルフォードに、リューズは頬を赤らめながら笑う。リューズの無茶とも言える発案にいつもミルフォードは付き合ってくれて、こうして実現までしてくれるのだ。宰相の器なんて話ではない、優秀すぎる令息である。少し癖のある話し方も、今やリューズにとっては愛おしく思える一部だった。
音量を調節し、画面の角度を自由に切り替えたりして、リューズは道具の動きを見る。もう少し軽量化して、簡易的な物を作れば売れそうだ。まだまだ改善の余地がある。とりあえずミルフォードと合流して、話をしようか────そう考えたリューズの頭上に、ぬるりと大きな影がかかった。
「あの盲目とお喋りでもしているのか? 相変わらずの尻軽だな、リューズ」
「……ごきげんよう、ベネディクト子爵令息。どういったご用件ですの? 見ての通り、わたしは今忙しいのです」
「その薄っぺらい光に話しかけることの何処が忙しい? 僕の要件の方がよほど価値がある。さあ、付いてこい」
「いたっ!? な、何をするんですの、ベネディクト子爵令息! 離してくださいまし!」
「リューズ様!? どうされました!?」
強引に腕を掴まれ、座っていた椅子から無理やり引き剥がされる。遠慮のない握力にリューズは顔を歪め、全力で抵抗した。突如画面外へと消えたリューズの悲鳴に、ミルフォードが声を荒げる。庭園の外から見守っていた令息令嬢はざわめくが、誰一人として助けに来なかった。
そのまましばらくティエルノとリューズは攻防を続けていたが、とうとう面倒になったか、ティエルノが何かを差し出した。その小型な魔道具を見た途端、リューズの視界がぐらりと揺らぐ。立ちくらみを起こして今にも膝を折りかけたリューズを引っ張り起こし、ティエルノは傲慢に言い放った。
「無駄な抵抗はやめろ。これはかの自死した魔術師が作ったという道具でな、魔力が少ない相手を昏睡させる効果があるんだ。魔力のないお前に抗う術はない」
「ッ、イザベルお姉様の……! 何を……っ、おやめくださいまし!」
「リューズ様!? 何をされたんです!? リューズ様!」
「教会の地下に、お前の血でないと解けない封印に閉じ込められた風の大精霊がいるらしい。お前にはそれを解いてもらう。さあ、行くぞ」
「ぐ……ッ!!」
リューズの抵抗をまるで受け入れず、ティエルノが強引にその体を引っ張っていく。周囲を取り巻く令息令嬢は足踏みするばかりで、誰も助けに行かない。画面越しに状況を理解し切れていないミルフォードだけが、悲痛な叫び声を上げていた。
「教会の地下……!? っ、リューズ様、すぐに向かいます! 無事でいてください!!」
リューズの置いていった魔道具と通信を繋いだまま、ミルフォードは魔道具片手に飛び出していく。ティエルノとリューズが立ち去った庭園、そのガゼボの下にミルフォードの状況を映した魔道具が取り残された。ティエルノを止める勇気を持てない令息令嬢たちが、状況だけは気になってその魔道具を覗き込む。薄く映し出された光の画面の中、ティエルノとリューズを追うミルフォードが映し出されていた。
そこにはやがて人だかりが出来て、ティエルノの熱狂的な信者も集まってくる。群衆は昼休憩の終わりすら忘れて、三人の行く末を見守った。────その人だかりを遠巻きに眺めて、オルガは満足げに笑う。
「リューズ嬢が……!? 助けに行かないと……!」
「まあまあ落ち着け、エイドリアン。それにオマエたちも。今回は出る幕じゃない」
「でも、リューズが……!」
「風の大精霊が解放されれば、死人が出るかもしれないんだぞ!?」
「そこはバッチリ対策やってっから、平気だ。それよか、ティエルノの没落を一緒に眺めようぜ?」
三者三様に焦る様を宥め、オルガは扇子の下の牙を獰猛に輝かせる。
オルガが仕組んだ舞台、ティエルノの没落は、魔道具越しに展開されていった。




