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風が吹けば聖女が堕ちる  作者: 佐々垣
第三幕:才子、才に倒れる
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27:烏合の衆


「なんだ。揃いも揃って陰鬱な顔をして。僕のサロンに招いてやったというのにその態度か? 客人ならば弁えたまえ」


「ティエルノ……」


 傲岸不遜な物言いで登場したティエルノに、ウォルターが憔悴した顔で返す。遅れてやってきたサロンの主はその表情に怪訝な顔をしながら、高級な調度品ばかりを並べたサロンの現状を見渡した。

 聖女メローぺを中心に集まった、四人の子息たち。その内の二人、シリウスとアマデウスは、今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな雰囲気を醸し出している。剣呑な雰囲気はティエルノが合流したところで止まる気配はなく、アマデウスが怒気を滲ませて口を開いた。


「おい、シリウス。話が違うじゃねえか。ウンディーネの涙がありゃ、あのドワーフ野郎にも勝てるって言ってたよな!? だから決闘まで申し込んだのに……ッ、騙しやがって!!」


「知りませんよ。私は聖女様の言う通りにしただけです。無様に負けたのは貴方のせいでしょう?」


「なんだと!?」


「私だって忙しいんです。マガーデンからいよいよ鉱石が採れなくなって、前の騒ぎがお父様にも伝わってしまった。貴方なんかに割く時間はないんです」


 怒りを露わにするアマデウスに対し、シリウスは頭を抱えて大きくため息を吐く。それぞれがそれぞれを気遣う余裕を持てず、ただ己の感情を発露することしかできない状態だ。実に哀れである。こんな醜い部分、絵にもならない。

 深緑の髪をさらりと掻き撫で、ティエルノは呆れたように目を伏せる。お互いに不機嫌を表す三人を見て、ついにはウォルターでさえもため息を吐いた。


「頼むから、仲間割れはよしてくれ。ただでさえ僕たちは風評被害を受けているんだ。これ以上僕らの評判が下がれば、メローぺにも影響があるかもしれないんだぞ」


「聖女がどうなろうが僕には関係がない。ただ良い絵を描ければそれでいいんだ」


「ティエルノ。そうやって傍若無人に振る舞っていると、すぐに足元を掬われるぞ。ここ最近、僕らの没落を狙っている誰かが暗躍しているのは確実だ。今も見られているかもしれない」


「その誰かってのは特定できたのか?」


「────……いや」


「ははっ。王家の影が聞いて呆れるな」


 王家への侮辱とも取れる発言をするティエルノに、ウォルターは思わず苦虫を噛み潰したような顔をする。サロン内の空気はどんどん重くなり、静寂が肺にのしかかって来るような心地がした。その重苦しい空気を振り払うように、ウォルターは続ける。


「最近は王家も、母上への謂れなき中傷を食い止めるので忙しいんだ。君の父親が、選定の儀で不正に母上を勝たせたという噂が、王都ではもうかなり広まっている」


「なに、言わせておけば良いだろう? 此度の選定の儀も、僕が父上に前倒しをお願いした。いつの世も不正はありうるものだ。そんなものにいちいち目くじらを立てていては、疲弊して事が回らなくなる」


「……本当は、側妃陛下が帰って来るまでに終わらせたかったのに……君が火消しをしないからだぞ、ティエルノ」


「今度は責任転嫁か? 側妃陛下が帝国との外交からいつ戻ってくるかなんて、影に調べさせずとも分かるだろう。実際、僕はあの口やかましいリューズが帰ってくるのも分かっていたしな」


「分かっていたなら手を貸してくれても良かっただろう!?」


 ウォルターの激しい物言いに、しかしティエルノは面倒臭そうに目を逸らした。

 醜い言い争いを繰り広げる四人の男。それを慰めるように、ウォルターの隣に控えていた聖女メローぺがスッと立ち上がった。月光を束ねたような銀色の髪に、虹を詰め込んだ極彩色の瞳。メローぺはそのまま優雅な足取りでティエルノの前に向かうと、敬虔な信徒のように手を組んで告げた。


「ティエルノ様。貴方、最近絵が上手く描けないのではありませんか?」


「!? ほ、本当なのか、ティエルノ!?」


「うるさいぞアマデウス。それに聖女も、その言い方じゃ僕が悪いみたいだろう? 題材がないだけさ。僕の腕は衰えちゃいない」


「題材がないって……貴方、この前も下級令嬢たちを集めて裸婦画を描いてませんでした?」


「あんな貧相な体、描いたところで額縁にも収まらない。僕が描きたいのは、高貴で気品高い聖域。聖女にもそれを期待したが、当てが外れたな。これならセレナの方が余程素晴らしい────」


「ティエルノ様」


 聖女の前であろうことかセレナを褒め称えようとしたティエルノを、他でもない聖女メローぺが咎める。名を呼ばれただけだというのにその声は圧が強く、ティエルノのお喋りな口も思わず黙ってしまった。

 眩い銀髪をなびかせ、メローぺがティエルノへと近づく。そして滑らかで白い指先でティエルノの顎を掬ったかと思えば、感情の見えない冷え切った声で告げた。


「再三申し上げている通り、セレナ様は唾棄すべき邪悪でございます。清貧を装っていますが、あれは表の顔。彼女はいつか売国妃となり、悪役令嬢として邪竜と共に世界を滅ぼすのです」


「……それが、竜珠のお告げ」


「ええ。ですから私たちは全霊をもって、セレナ様を追放せねばなりません。彼女の周りに湧いた異分子も含めて淘汰し、世界をあるべき道筋へと引き戻す。それが私たちの宿命。今、皆様が被っている汚名も、輝かしき未来のためには必要な犠牲なのですよ」


「ふん。普段からその顔をしていれば、僕のお眼鏡にも適うのだが」


 まるで正義に溺れた勇者のように、愛に殉じる殉教者のように。どこまでも己が正しいと疑わず、突き進む以外の手を取るつもりがない。聖母のような微笑みの奥に、何か見せてはいけない宵闇を抱え込んだような表情。今すぐにでもキャンバスに描き殴りたい、この世の美を詰め込んだ究極の表情はしかし、一つ息を吐く間にふわりと消え失せてしまった。

 いつも通りの、見飽きた慈母の微笑みを浮かべながら、メローぺは神託を受けたように続ける。


「ティエルノ様。リューズ様とミルフォード様の動向を観察してください。二人が、貴方のキャンバスに相応しい物を持っているはずです」


「あの二人が? はっ、リューズはまだしも、あの盲目が何かを持っているとは思えないがな」


「いいえ、確実に持っています。それが竜珠のお告げです。……お願いしますね、ティエルノ様」


 有無を言わせぬ圧でもって、メローぺが優しく微笑みかける。ティエルノは何度見たか分からないその表情にゾクッとしつつ、サロンを急ぎ足で後にした。


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