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風が吹けば聖女が堕ちる  作者: 佐々垣
第二幕:内に省みて疚しからず
22/46

22:身から出た錆


 フロリアンの契約精霊にしてサラマンダー、火の精霊であるラムダは、実はイザベルの領地に現れた精霊だった。シャルパンティエ領は鍛冶が盛んな地域である。故に鍛冶場の数も多く、イザベルはそこに入り浸っていた。ラムダはその内の最も古い鍛冶場の炉で発生し、火加減を勝手に操ったり止めたりして職人たちを困らせていた。どうせならと預かったフロリアンにも最初は懐かなかったのだが、騎士見習いであることを明かすと目の色を変えた。鍛冶場の炉で生まれたからであろう、武器に目がなかったのである。ラムダはフロリアンが武器を持つ時は惜しみなく協力し、彼の精霊騎士としての名を盤石なものにしていった。ラムダという存在があったからこそ、フロリアンは次期辺境騎士団長とも謳われる実力になった────それは裏を返せば、ラムダさえ居なければ勝ち目があると思われているわけであり。


「決闘の条件は対等! お互いに使えるのは武器一つ、精霊の関与はどのような形であっても禁止だ。そして! この決闘でオレが勝った暁には、お前たち兄弟とセレナ、イザベルの接触を一切禁じる!」


 騒動もまだ冷めやらぬ昼頃に、アマデウスはそんな決闘を持ちかけてきた。

 決闘。騎士の名誉と地位をかけた一対一の戦い。爵位の低い者からの申し出であれば断ることもできるが、それは騎士の名誉に関わることだった。学園の中庭だからだろう、昼休みを過ごしていた生徒たちが周りを取り囲んでいる。大衆の面前で決闘を断るのは無理な話だ。しかも決闘の条件は余程のことがないと変えられない。仕組んでやがったな、とフロリアンは歯噛みしつつも、決闘の印として地面に突き立てられた剣を軽々と引き抜いた。その最低限の返答に、アマデウスは勝ち誇ったような顔をする。


「決闘を受けるんだな? なら、審判は聖女メローぺ様にしてもらう! 神の御前だ、不正はするなよ?」


「そんなもの、騎士として失格だ。……俺が勝ったら、アンタとイザベル嬢の婚約は破棄。セレナ嬢への接触も一切禁じさせてもらう」


「んだと……っ、やってみろ!!」


「では、よろしいですね?」


 剣を構え、一定の距離を保つアマデウスとフロリアン。審判を任されたメローぺは、アマデウスの少し後ろにあるガゼボの下に立っていた。周りにはウォルターとティエルノ、それからシリウスもいる。あんなことがあったのに良く大衆の面前に出てこられるな、と思いつつ、フロリアンは軽すぎる真剣をグッと構えた。


「それでは……始め!」


 メローぺの合図と共に、二人は勢いよく踏み込んだ。アマデウスが重たい足取りで駆け寄り、剣を高々と振り上げる。フロリアンは小柄な体躯を活かして瞬く間にアマデウスの懐へと入り込むと、低い位置から剣を振り抜いた。斜め上へと駆け上がっていく剣筋は、しかしすんでのところで回避されてしまう。アマデウスは反った背中の反動を利用し、不恰好に剣を振り下ろす。フロリアンは振り抜いた剣を引き戻し、軽やかな足取りで後退した。

 騎士の決闘は、膝を折り剣を手放した時点で負けとなる。だがこの軽さでは勝手に剣がすっぽ抜けて飛んでいきそうで、フロリアンは集中出来なかった。剣は少し脆い素材で出来ているようで、手放さないよう柄を強く握るだけで鈍い音が鳴る有様だった。


「きゃーっ! アマデウス様ー!」


「どっちも頑張ってくださいましー!」


 先日の近衛騎士団の一件は話題になっているはずだが、それでもアマデウスの味方は多い。父のアンドリューの不正疑惑に噂が傾いたからだろう。フロリアンの味方は、今のところいない。これではいくら不正をされていても気付けないだろうな、とフロリアンは歯噛みした。

 振り下ろし、地面に突き刺さった剣を引っこ抜いて、アマデウスがまた駆けてくる。鈍重で構えもなっていない、鍛錬をやっていないのが丸わかりな動き。ここまでフロリアンに不利な条件を揃えなければ勝てない、そう考えるのも頷ける練度だ。だが、油断はならない。恐らく、正面から行っても泥沼試合になるだけだ。フロリアンは飛び込んでくるアマデウスを横に飛んで避け、そのまま低く地を蹴って背後を取った。剣を素早く振り上げ、アマデウスの足を狙う。真剣が確かに膝の側面へ当たり、肉を裂いた────感触があったのに。


「なッ」


「足を狙うとは卑怯、だぞ!!」


 ずるり、と奇妙な軌道で剣が押し戻され、フロリアンの姿勢が崩れる。その隙を狙うようにアマデウスが身を捻り、回転の勢いで剣を振り回した。低姿勢ゆえに射程から逃れ、フロリアンは転んだ勢いのままゴロゴロと転がって距離を取る。剣を手放さないように握り直し、急いで体勢を立て直す。回転切りで少し目を回したらしいアマデウスは、頭を振って目眩を取り払うと低姿勢で駆け出した。その剣が足元を狙うように横薙ぎにされ、フロリアンは咄嗟に飛び上がる。そのままアマデウスの顔面を狙ってドロップキックをかますと、不意打ちを受けたアマデウスが鈍い音を立てて飛んで行った。

 重たいスライムみたいな跳ね方をするアマデウスを追いかけ、フロリアンは剣を引く。まずは、あの男の手から剣を奪い取らねば。今のドロップキックは相当効いただろうし、剣で小突けば落とすはずだ。フロリアンはそう考え、土埃を立てているアマデウスの側まで駆け寄り、


「は……ッ!?」


「甘いッ! 甘いなあッ!?」


 手を狙って突き出した剣が、アマデウスの剣の腹で受け止められてしまう。ぐぐ、と押し出そうとしても、フロリアンの腕力に剣が耐えられなかったのか、微かにヒビが入った。まずい、と息を呑んだ刹那、アマデウスが剣を振り上げた。思わず姿勢を崩したフロリアンへ、アマデウスは返す刀で斬りつけてきた。フロリアンは後方宙返りでこれを回避したものの、体力の浪費に耐えられず膝をついた。

 ざわ、と周囲からどよめきが起こる。


「ふ、フロリアン様が膝を……!?」


「アマデウス様が勝ったのですわ!」


「待て、まだいけるだろ!? 立てよ、おい! フロリアン!」


 アマデウスに黄色い声を上げる令嬢の声に混じって、恐らく顔見知りであろう令息たちの野次が飛ぶ。フロリアンは額やら首やらいろんな所から汗を流し、口を開けて大きく深呼吸を繰り返した。

 ドワーフは筋肉質で小柄な分、体力が少なく耐久戦に向かない。重い物を持って振り回せるだけの膂力がある分、軽い物だと即座に粉砕してしまう不器用さがあった。剣が軽く脆く、補助の精霊もいないこの不利な条件下では、追い詰められるのも無理はない話だった。

 剣を地面に突き立て、膝を突いて項垂れるフロリアンに、アマデウスは自信満々に剣を突きつける。


「はっ、勝負あったな。降参するか?」


「はあっ、はあ……ッ、まだ、勝負は……っ!」


「膝もついて疲労困憊。そんなお前にまだ勝ち目があるって? 随分とお花畑だなぁ、オイ」


「……精霊、せき……」


「……は?」


 ぽかんと口を開けるアマデウスを、フロリアンはぐったりとした顔で見上げる。白を基調とした制服、その胸元では青い宝石が燦然と輝いていた。

 この王国では、婚約相手に自身の瞳や髪と同じ色をした宝石を贈る文化がある。文化と言っても、学生の間で流行るおまじないのような物だ。アマデウスは自ら好んで宝石を身につける男ではないし、そんな様子も見たことはない。なら婚約者のイザベルか、懇意にしているメローぺから贈られた物と考えるのが筋。ただ、イザベルからの贈り物ではないだろう、とフロリアンは考えた。


「その、宝石……誰かからの、贈り物か……?」


「は……そ、そんなの今は関係ないだろ!? さっさと負けを認めろ! 意地汚い負け犬め……!」


「……アンタは、今まで一度も……ベルに、贈り物なんてしてこなかった……婚約者のくせに、夜会のエスコートもしないで……っ!」


「はあ!? それは……あの女が悪いんだろう!? イジーが、婚約者のくせにオレを引き立てようとしないからだ!」


「なら……ベルからじゃ、ないな。婚約者以外の女性から贈り物を貰うのは、浮気に値するが……?」


 フロリアンが途切れ途切れに呟く内容に、観衆がまたどよめく。婚約者にそんな扱いを、だの、それって浮気よね、だの。風向きが悪くなってきたのを自覚したのか、アマデウスが剣を突きつけて焦ったように言った。


「うるさい! さっさと負けを認めろ! 聖女様、この決闘はオレの勝ちで……」


「……ッ、ラムダ!」


 息を吸い、大声で呼び寄せる。観衆に紛れていたラムダが、くるりと身を踊らせて現れた。火の精霊。この決闘において、禁じられた条件。ふわりと飛んできたラムダに、アマデウスは切先を向けた。


「おい、精霊を呼ぶのは条件違反だぞ! やはりこの勝負、オレの勝ちで」


「アンタ、剣で斬りつけられたのに、どこにも傷がついてないだろ」


「……あ?」


「それだけじゃない。転んだはずなのにアザも、汚れもない……何か、裏がある。ラムダにはそれを確かめてもらうんだ」


 フロリアンの宣言に、アマデウスは顔を青くする。観衆がぞろぞろと顔を出し、アマデウスの状態を確認しようとした。斬りつけられた足、ドロップキックをかまされた顔。そのどこにも傷はない。制服が破けた跡はあっても、その下の肌は無傷。確かにおかしい、と観衆が気づき始めたと同時、フロリアンはゆらりと立ち上がってラムダに手を伸ばした。


「この状況から考えられるのは……アンタが精霊石であるウンディーネの涙を装備してる可能性。あれなら傷がたちまち回復するし、疲労だって回復する。怪我もなければ疲れてもないのはそのせいだ」


「っ、名誉毀損だ! 何の根拠もない! その精霊に触ってみろ、お前の負けになるぞ!」


「ラムダに触れて何もなければ、俺の負けでいい。でももし証拠が出たら……その青い宝石が輝いたら、俺の仮説は正しかったってことになる」


「……ッ」


「そうなったら、アンタと対等な条件で、決闘を仕切り直しにさせてくれ。いいな?」


 爵位が上である者からの申請。学園内においては階級の貴賤はないと周知されていても、ここでアマデウスが断る選択肢を取ることは不可能だった。

 無言を肯定と捉え、フロリアンはラムダへと手を伸ばす。太い指先を掴んだラムダが、瞬く間にフロリアンを回復した。赤い燐光が辺りに飛び散る。そして───その燐光に反応するように、アマデウスの身につけた宝石がピカピカと輝いた。

 紛うことなく、精霊石ウンディーネの涙であることの証明だった。


「あ、ぁ……」


「輝いてるわ。まさかアマデウス様……本当に不正を……?」


「信じられないわ! 決闘は、騎士の誇りをかけた戦いでしょう?」


「そうまでして勝ちたかったのかよ。うわ〜……」


「……証拠は揃ったな。それじゃあ宣言通り、仕切り直しを要求する」


 わなわなと肩を震わせるアマデウスを見上げ、すっかり回復したフロリアンが事実を突きつける。と、その指先に止まっていたラムダが飛び立ち、ふわふわと空中に消えていった。フロリアンはそれを目で追い、空中に手を伸ばす。刹那、空がピカッと輝いて、重い鉄の塊が降ってきた。

 否、それはラムダの力を宿した戦斧、ハルバードだった。小さな体で軽々とハルバードを振り回すその姿に、アマデウスが慌てて叫ぶ。


「おい……ッ、おい待て! 対等な条件だろう!? その武器は明らかに違反じゃないか!」


「? そのウンディーネの涙は、加工された精霊石……つまり精霊具だ。そしてこの斧も、ラムダの力を借りた精霊具。互いに精霊具を一つずつ携えてる。条件は対等だろ?」


「まっ、待て、そんなの認めない! そんなのは……ッ!」


「待たない」


 火の模様が入ったハルバードを軽々と振り回し、フロリアンは棒立ちしたアマデウスに向かって飛び込む。慌てて構えた剣をハルバードの柄で弾き飛ばし、フロリアンは柄の先端の方で何度もアマデウスを殴打した。一方的な打撃に、しかしアマデウスが膝をつくことは許されない。たちどころに傷も疲労も癒えて、その逃げ道が塞がれてしまうのだ。

 まるで練習台の人形を相手取るように、フロリアンが軽々とアマデウスを追い詰めていく。アマデウスはなす術なく殴打されるばかりで、やがて中庭の端へと追い詰められた。フロリアンが腰を低くし、刃を翻す。振り抜かれた刃は寸分の狂いなくアマデウスの心臓を狙い、


「やめ─────」


 ─────パリン!!


「あ? ……ぐぉっ!?」


 ハルバードの刃先がウンディーネの涙を破壊し、返す刀でアマデウスを小突く。そのささやかな攻撃一つでアマデウスは撃沈し、中庭の上に膝を突いた。顔は汗と涙でべちょべちょ、失禁もしているのではないかと思われる始末。そんなアマデウスにハルバードを突きつけ、対照的なまでに堂々と立つフロリアンは告げた。


「勝負あったな。降参するか?」


「まら、勝負は……ぐぇ」


 何事かを言い終わるよりも先に、アマデウスが力尽きて倒れ込む。

 異例な決闘は、フロリアンの勝利で幕を閉じた。


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