21:井の中の蛙大海を知らず
実のところ、アマデウスはイザベルに良い印象を抱いていなかった。男装の麗人だかなんだか知らないが、女の癖にズボンなんて履いていたし。貴族が立ち入る場所ではない鍛冶場に潜り込んでは、下級市民どもがやるべき武器鍛治の真似事なんかをやっていたし。最近は魔石をジュエリーに加工して売り出す商売なんかを始めていて、とにかく女にしてはすごく生意気だったのだ。婚約だって父が過保護を発揮して取り付けたもので、アマデウス本人は乗り気ではなかった。恋愛は自由であるべき、そう言っていたのは父本人だったはず。ならば、自分にも好きな人と婚約する権利が欲しかった────その好きな人こそが、セレナである。
アマデウスが知り合った時、セレナは既にウォルターの婚約者だった。いつも無表情で何を考えているか分からなくて、虚空に向かって話しかけている変な女。何度か「気持ち悪いからやめろ」と進言してやっても、セレナは頑固として聞き入れなかった。アマデウスはその頑固さが気に入らなくて、剣技を見せつければ頷いてくれるだろうと研鑽を重ねた。
戦う相手はもっぱら精霊だった。切りやすいし的もそこそこ大きくて、練習するにはもってこいだったのである。精霊石も落ちて一石二鳥だから、とアマデウスは毎日のように斬りつけていた。そんなある日、偶然ウォルターがセレナを引き連れて、アマデウスの練習場までやってきたのだ。
『ほら、分かるだろう? セレナ。精霊はやっつけるべき存在なんだよ。君の言う、素直で扱いやすくて可愛い生き物なんかじゃない』
『────……』
『ねえセレナ、僕は善意で言ってあげてるんだ。君も未来の王妃になるんだから、そのくらい分かってくれなきゃ困るよ』
その時はまだ、ウォルターがセレナを気にかけている時期だった。だがウォルターの説得にセレナは微塵も耳を傾けず、精霊を斬りつけるアマデウスを見つめていた。その顔は────未来を憂うような、アマデウスを心配するような。そんな、不安な顔をしていた。
衝撃が走った。あの不気味女は、こんなにも可愛い顔が出来るのかと。庇護欲を掻き立てる、しおらしい顔が出来るのかと。アマデウスは理解した。コイツはオレが守ってやらねばならない。コイツは、オレに守られるべきだ。
だから、だからこそアマデウスはメローぺに協力した。嫉妬に狂うセレナにお灸を据えて、立場を理解させる。そうして婚約破棄されたセレナを、この手で迎えにいくのだ。イザベルなんて、あのちんちくりんの騎士にでも投げておけば良いだろう。恋愛は自由であるべき。ならば、ならば、それならば。アマデウスの強欲も、許されて然るべきなのだ。
───そうして、アマデウスは肥大化した自尊心と狭すぎる視野に気づかないまま、この時を迎えてしまったわけである。
「フロリアン・フォーリィ! 貴様に決闘を申し込む! 一対一の真剣勝負だ!」




