20:人を恨むより身を恨め
旧シェパード領での一件は、瞬く間に学園内で広まった。発生したのは天然ゴーレムであったこと。辺境伯領で発生した事態にも関わらず、近衛騎士団が報告もせずに無断で乗り込んだこと。宝剣バルムンクを持ち出してまで向かったアマデウスは、太刀打ち出来なかったこと。辺境騎士団に所属しているフロリアンが、天然ゴーレムを鎮圧したことなど。あの耕作地で起こった出来事が、隅々に至るまでつぶさに噂されていた。
その噂には尾鰭がついて立派になっていき、やがてイザイアの死をめぐる議論へと発展していった。やはりあれは冤罪だったのではないか。あれは魔導ゴーレムだったのではないのか。王宮はそれを分かっていて、罪を被せてイザイアを死に追いやったのではないか。過熱していく噂にアマデウスは耐えられなくなり、寮の廊下をおぼつかない足取りで歩いていた。
「クソッ、クソ……ッ! なんでこんなことに……父上もオレも、間違ってなんかいないのに……ッ!!」
受け入れられない現実に、アマデウスは思わず壁を殴る。
父は、騎士団長は素晴らしい御人だ。次々に武勲を立てて一段飛ばしに出世して、あのシェパード領の一件で騎士団長に昇格した。かつて国を襲った風の大精霊を鎮めたともされていて、さまざまな人に慕われる素晴らしき人格者だったのだ。学生時代からその高潔さは表れていて、上流貴族からのイジメに遭っていた当代の王妃を救い出し、主犯格にして王の婚約者であった令嬢を見事に断罪した。
だから自分も、それに倣おうと思ったのだ。百年に一度の聖女、竜の愛し子であるメローぺ。気高く高潔で美しい彼女が、ウォルターの婚約者であるセレナに虐められていると訴えてきた。だから自分が守ってやらねばと、揺るぎない正義感を燃やして責務を全うしたのだ。なのにセレナは歯牙にもかけず、己の悪評を不正に上塗りして、更には取り巻きを作ってこちらを貶めようとしている。この前はシリウスが酷い目に遭った。この負の連鎖は止めなければならない。だが、どうすれば良い。
「あの泥棒猫……ッ!」
アマデウスが恨む相手は明確に、フロリアン一人である。アマデウスの婚約者であるイザベルに言い寄り、騎士気取りで付き纏い、恋路を邪魔する愚か者。それを許容するイザベルも大概だ。一度しっかり理解させてやらねばならない。お前たちの運命は、アマデウスの指先一つでどうにでもなるものなのだと。
「アマデウス様」
「……聖女様……」
透き通るような声音に顔を上げれば、すぐ目の前にメローぺが立っていた。窓から差す月の光に照らされて輝く姿はあまりにも神秘的で、まさしく救世の乙女。アマデウスは壁に打ち付けていた拳を解き、神にも縋る気持ちでメローぺに抱きついた。
アマデウスの心を察したように、メローぺが優しく抱きしめてくる。柔らかくすべらかな指先が、アマデウスの髪を優しく梳いた。メローぺの豊満な胸に抱かれて、アマデウスは目を伏せる。聖母のような微笑みを見せ、メローぺは告げた。
「大丈夫です、アマデウス様。私は、貴方の本当の魅力を知っています。本来の貴方は気高く美しく、誰からも愛されながらも理解されない孤高の花……私は、すべてを知っています」
「聖女様……聖女様ぁ……!!」
「貴方は正しい。間違っていない。それを、剣で証明しましょう」
メローぺはそう言って、縋っていたアマデウスの腕を解く。かと思えば緩く開いた拳に何かを載せ、そっと押し戻した。握らされた冷たい感触が気になって、アマデウスは思わず手を開く。
そこにあったのは、青く眩く輝く精霊石だった。
「これは……」
「ウンディーネの涙です。シリウス様に頼んで取り寄せて頂きました。これさえあれば、貴方は貴方の正しさを証明できる」
「─────!」
「大丈夫。私を信じて……今こそ、貴方の力を見せる時です」
「……ッ、はい!」
メローぺの極彩色の瞳に惑わされたような心地で、アマデウスは威勢よく返事をした。これがあれば、アイツらを見返してやれる。自分の正しさを証明できる。あの、噂に踊らされるだけの馬鹿な生徒どもに、真実を突きつけてやれるのだ。アマデウスは大事に大事にウンディーネの涙を握りしめ、メローぺに頭を下げてから踵を返す。こうしてはいられない、準備をしなくては。
ドタドタと去っていくアマデウスの背を眺め、メローぺも踵を返す。そして、窓から差す月の光に照らされながら、敬虔な信徒のように呟いた。
「異分子を排除し、世界を正しき道へと引き戻す。そうすればまた、貴方は私を見てくださいますよね? ────ご主人様」
宵闇へと溶けていくその顔は、まるで恋する乙女のような色を浮かべていた。




