19:親の七光り
旧シェパード領、今はシャルパンティエ領の一部になっているその場所で、天然ゴーレムが発生しているとの報告があった。まだ表沙汰にはなっていないが、世間に露呈するのは時間の問題。そうなる前に天然ゴーレムを殺害し、可能であれば土の精霊もことごとく葬れ────という命令が、近衛騎士団に下った。辺境伯領の一部なのだから本来は辺境騎士団が対処すべき事柄なのだが、それよりも先に鎮圧して辺境伯領を脅す材料にしたいという魂胆が見え透いている。期待の新星、次期騎士団長と謳われるアマデウスは、メローぺに言われた通り宝剣バルムンクを携えて旧シェパード領へと向かった。
「フン……オレがわざわざ向かうまでもないだろうが、お前らに任せても上手くいかないだろうからな。オレが何とかしてやる」
傲岸不遜な態度のアマデウスに、騎士たちは何も言わない。アマデウスの態度はいつものことだし、反応するだけ無駄だと全員が理解しているのだ。これでも騎士団長の息子だし、次代の王妃と謳われる聖女メローぺと懇意にしているし、何よりかつてゴーレムを討伐した宝剣バルムンクを携えている。機嫌を取るより他に、騎士たちに選択権はなかったのだ。
乗っていた馬を適当なところに繋ぎ、アマデウスは件のゴーレムが出現したという耕作地に向かう。まだ完全に土壌が回復し切っていないのだろう、耕作放棄地のようになっていた。作物が無かっただけ、まだ良かったかもしれない。アマデウスは鞘に収めた宝剣バルムンクの柄に手をかけつつ、耕作地の中を堂々と進んで行った。
「……ん?」
斥候には向かないであろう堂々とした歩みを、盛り上がった土が阻害する。それはアマデウスの前で膨れ上がったかと思えば、土から蘇るようにどんどんと形を成していった。足が、胴体が、頭がつき、耕作地の中心に天然ゴーレムが現れる。アマデウスは意気揚々とバルムンクを抜き、仰々しくその剣先をゴーレムに突きつけた。
「フン。出たな、ゴーレム! 父上と同じように、このオレが首を落としてやる!」
『許さない許さない許さない! ですっ!!』
重複した聞き覚えのない声が響いた刹那、ゴーレムが剛腕を振り下ろす。アマデウスは軽々とそれを回避し、返す刃でゴーレムを斬りつけた。土壁に傷がつき、霜が広がる。対峙した生き物をことごとく凍らせる、それこそが宝剣バルムンクの特徴だ。アマデウスは緩慢なゴーレムの間合いに入ると、軽やかな動きで幾度となく斬りつけた。
「はッ! そんなものか、ゴーレム! 足の遅いお前などオレの敵ではないわ!」
足を、手を、首を斬りつけ、それでも斬り落とすまでには至らぬまま、アマデウスは一歩下がる。そして、己が持つありったけの魔力を剣に込めると、再び強く踏み込んだ。雷鳴のような速度でゴーレムに詰め寄り、アマデウスは剣を突き出す。凍った刃先は寸分の狂いなくゴーレムの胸を刺し、あっという間にその全身を凍らせた。
勝った。アマデウスは勝利を確信し、バルムンクを引き抜いて凍ったゴーレムの体を足蹴にする。ドシン、と倒れたのを確認してから、アマデウスは格好つけて剣に鞘を収めた。耕作地を囲う柵の前で待機していた騎士たちは、早々な決着に目を丸くする。そうだ、オレの実力は、お前たちが及ぶものではないのだ。完全に調子に乗ったアマデウスは、そのままお得意の演説を始めようとして、
『ぐぎぎ……ッ、許さないですーっ!!』
「……え?」
『ちょいや─────っ!!』
アマデウスが愕然と振り向いた直後、その眼前で業火が燃え広がる。的確に背後の敵だけを狙った火炎は、アマデウス目掛けて拳を振り上げていたアイスゴーレムを一瞬にして溶かした。霜と氷が取り払われ、水蒸気の向こうから倒したはずのゴーレムが現れた。
なんだ、何が起きた。アマデウスは腰を抜かして無様に這いずりつつ、火の降ってきた方に目を向ける。空中から火を放った下手人は、燃えるトカゲのような姿をした火の精霊だった。あの精霊は見覚えがある。忘れるはずもない。あの、アマデウスの婚約者に不躾にも言い寄っている、辺境のちんちくりんな騎士が連れていた精霊だ。ということはつまり、もしや。
「無事か? アマデウス」
「フロリアン! お前、何しにきた!?」
「ここは辺境伯の領地だ。辺境騎士団が出向くのは当然だろ? むしろなんで、アンタら近衛騎士団がここにいる。辺境伯への報告は上がってないぞ」
「ッ、それは……」
「……粗方、王家の影の者から報告を受けて、先んじて解決しようと考えてたんだろ。それで辺境伯を脅して精霊石でも貰うつもりだったのか? アンタらの考えそうなことだ」
「口を慎め。それ以上は王家への侮辱だ!」
アマデウスの非難に応えることなく、フロリアンは剣の柄に手をかけつつ前方を見遣る。氷属性が解除されたゴーレムの周りを、契約精霊であるサラマンダーのラムダが飛び回っていた。俊敏に動くラムダにゴーレムは付いていけず、鈍重な拳を何度も何度も空振りさせる。その全身には、溶かされたばかりの氷の雫がたくさん付いていた。自分にはあまりにも軽すぎる借り物の剣を鞘から引き抜き、フロリアンはアマデウスを一瞥して言った。
「……バルムンクならゴーレムを殺せると思ったのか? 土の精霊は、風属性以外じゃ殺せないってのは常識だろ」
「だが、父上は確かにこの宝剣で天然ゴーレムを殺した。殺せるはずなんだ、この剣なら! 聖女様もそう言っていた!」
「聖女様が何を吹き込んだか知らないが、アンタも見ただろ? 天然ゴーレムは、氷魔法で攻撃するとアイスゴーレムに変化する。風属性を併せ持っていない限り、殺害は不可能だ」
「っ、でも、父上はそんなこと……」
焦り、目線を迷わせるアマデウスに、フロリアンはため息を堪える。魔力の属性相性すら分かっていないとは、典型的なボンボン息子と言ったところか。魔物と最前線で戦う騎士ならば、身につけていて当然の知識だというのに。これが未来の騎士団長だなんて、近衛騎士団は大丈夫だろうか。
フロリアンは呆れを隠さないまま、軽蔑したように続ける。
「騎士団長もアンタと同じように、その宝剣で天然ゴーレムの胸を突いて殺したのか?」
「あ、ああそうだ。父上はそう言って……」
「さっきも言った通り、その剣じゃゴーレムは殺せない。胸部を突いて殺せるのは、魔導ゴーレムだけだ」
「……は?」
「魔導ゴーレムは魔術と魔力で動かすもので、動力源は胸部に埋めてある魔石だ。イザイア子爵は火と水の魔法を扱ってたから、魔石も同じ属性だろうし……氷属性の剣でも破壊出来ただろうな」
「な、何を……父上が虚偽の報告をしたとでも言うのか!?」
あり得ないとでも言う風に叫ぶアマデウスには取り合わず、フロリアンは剣を構える。もう頃合いだ。これ以上はラムダが傷を負いかねない。フロリアンは軽すぎる剣を少し不恰好に握りしめ、その剣先に魔力を込めた。ラムダが高く飛び上がり、それを追ったゴーレムが胸部を晒す。フロリアンはその隙を突くように、勢いよく地を蹴って飛び出して─────、
「……は」
魔力に揺らめく銀の切先が胸部を突いた直後、ゴーレムの体はバラバラに崩れてしまった。ドシャッ、と耕作地に乾燥した土塊が落ちたのを見て、アマデウスは慌てて体を起こした。慣れない鎧が大袈裟な音を立て、滑稽な姿を演出する。訝しげに振り向いたフロリアンを指差して、アマデウスは得意げに告げた。
「お前は風魔法を使えないはず……でもゴーレムは死んだ! ならお前の言葉は虚言だ。バルムンクでもゴーレムは殺せるんだろう!?」
「殺せないし、殺してない」
「こ……ッ、ぇ……?」
「今のは熱魔法……火魔法の派生で、土を乾燥させてバラバラにしただけだ。精霊は死んでない」
『死んでないですっ!』
フロリアンの言葉を裏付けるように、バラバラになった土塊が口々に話し出す。ゴーレムは複数の土の精霊の集合体であり、その強度は土壌に影響される。だから、土を乾燥させるだけでも無力化出来るのだ。そんなことも知らなかったのだろう、アマデウスは目を丸くして呆然と口を開けていた。
相手をするだけ無駄だな、とフロリアンはため息を吐き、ゴーレムだった精霊たちに向き直った。
「ゴーレム様、なぜ今になって暴れられたのです?」
『主人を殺したきしだんちょーとやらに復讐したかったからです! この手でボコボコにしてやるのです!』
「……そんなことをしてもイザイア子爵は喜びませんし、また農民がいなくなりますよ。そうなったら、誰が貴方達の世話をしてくれるんですか?」
『むっ……そ、それは困りますです……やっと増えてきた仲間を、死なせるわけにはいかないのです。今回はこの辺にしといてやるです』
フロリアンの説得にすんなりと耳を傾け、ゴーレムたちはいそいそと土に還っていく。フロリアンは与えすぎた熱を冷ましつつ、剣を鞘に収めた。柔らかな土を踏み締め、フロリアンはアマデウスを見下ろす。まだ状況が分かっていなさそうなアホ面を晒すアマデウスに、フロリアンは淡々とした声で告げた。
「この事はしっかり辺境伯に報告させてもらうから、覚悟しておけ」




