17:坊主憎けりゃ袈裟まで憎い
「ふうん……そういう経緯があったのか。道理で、婚約者っていう割にはオマエとあの水色人間、仲悪そうだと思った」
「水色人間って……もしかしてアマデウスのこと言ってるの?」
「そんな名前だったか? まあいいや、それより……オマエの父親はなんで騎士団長を恨んでんだ?」
イザベルの話を一通り聞き終わり、エイドリアンのツッコミを無視してイザベルに詰め寄る。オルガのその質問に、イザベルが少し目を伏せた。もしかして、何か言いにくいことだったのだろうか。アマデウスを没落させる良い機会なのに。訳も分からず首を傾げるオルガに、フロリアンが少し気まずそうな顔で言った。
「それは……言いにくいことだから、また後で」
「良いのよ、フロー。わたくしから説明するわ」
「っ、でも、ベル!」
「良いの。先に言ったのはわたくしだもの」
何かを訴えようとするフロリアンを手で制し、イザベルが笑う。そして、机上に置かれたティーカップを指先で撫でると、傷をなぞるようにポツポツと話し始めた。
「……あれは、わたくしが生まれる前の出来事だったの」
───アルコル帝国に隣接する辺境、シャルパンティエ領。その中の南の、比較的温暖な気候の辺りは、かつてシェパード領と呼ばれていた。読んで字の如く羊飼いの多い地域で、穀倉地帯としても有名だった。そしてその地は、ある女領主が治めていたのだ。
しかしある日、疑惑が持ち上がった。その女領主が、領地内で天然ゴーレムを使役しているという通報があったのである。
「天然ゴーレム? ゴーレムはゴーレムじゃねえの?」
「バルクン王国では、精霊が宿って自然発生したゴーレムを天然ゴーレム、魔術を使って動かす精霊のいないゴーレムを魔導ゴーレムって呼んでるんだよ」
「へえ〜……細えのな」
天然ゴーレムは、精霊が宿っている。そして当時、精霊を使役することは禁じられていた。その少し前に、風の大精霊による侵攻があったからである。
女領主は訴えた。領地にいるのは魔導ゴーレムであり、農業を手伝わせるために自分が作った物であると。魔導ゴーレムの作成と使役に法規制はなかったし、農業が目的なのであれば破壊対象にはならなかった。更に女領主は辞めたばかりの元宮廷魔術師であり、非常に珍しい二属性を操る魔術師であった。火属性と水属性を扱える彼女が魔導ゴーレムを作れるのは、何の違和感もない話だったのである。
「二属性か……二刀流なら見たことあるぜ?」
「それは見たことないけど……王国だと、普通は一属性しか扱えないからね。その人はすごく貴重な人材だったんだよ」
「魔導ゴーレムは火魔法と水魔法、あとは土魔法ちょっと使えたら作れるからな。難易度は高いが」
「ふーん」
だが、王宮の面々はそれを信じなかった。天然ゴーレムだと疑わず、何度も立ち入り調査を行ったのだ。しかし天然ゴーレムだという証拠はなく、魔導ゴーレムを作るためであろう術式や本、素材ばかりがわんさか見つかった。王宮側の勘違いだろう。世論はそう傾きつつあった。
しかしある日、当時まだ副騎士団長であったアンドリュー・マラルメがシェパード領に訪れた。そしてその際、件のゴーレムに襲われたのだ。アンドリューは携えていた氷属性の宝剣バルムンクでゴーレムを殺害し、王宮にこう報告した────シェパード領のゴーレムはやはり、天然ゴーレムであったと。
「……氷属性の、剣?」
実際に戦った人間がそう言うなら、間違いない。当のゴーレムは既にアンドリューによって破壊された後だったが、王宮側は天然ゴーレムだと断定しシェパード領の女領主に罰を与えた。当時の精霊使役規制法に基づき、女領主の持っていた魔術的文献や資料、更には領地から採れた穀物なども軒並み没収してしまったのである。
とても過剰な処罰に見えるが、当時の世論は女領主に味方しなかった。直近に、風の大精霊による侵攻があったのが影響したのだろう。精霊である天然ゴーレムを使役し、あまつさえそれを魔導ゴーレムとして偽ったのが悪い。世間は女領主の敵に回った。女領主は自身の魔術研究成果の全てを奪われ、領民を数多失ったことに心を痛めた挙句────領地内の屋敷で自死したのだった。
「ふーん……辺境伯が騎士団長を恨んでたのは、食べ物の恨みか。いくら身内のやらかしでも、食べ物を奪われちゃなあ……」
「猊下。辺境伯が恨んでるのはそこじゃないと思うよ。さっき猊下も気になってたでしょう? 氷属性の宝剣バルムンクって」
「あー、それ! 気になってたんだよ。氷属性って水属性の派生だろ? 確かに土塊の精霊には効くだろうけど……普通に考えたら、凍土の精霊になるよな?」
「ええ。それはこの問題の争点。でも、お父様が騎士団長を恨んでいる原因は別にあるわ」
「別? 他に何かあったかよ?」
ピンとこないオルガに、イザベルは恐ろしいほど完璧な笑みで答えた。
「事件で自死した女領主。彼女の名はイザイア・シェパード。領主になる前の名前は───イザイア・シャルパンティエ」
「……シャルパンティエ……」
「ええ。お父様の妹君で、わたくしの叔母上にあたる方ですわ」




