14:衆望を担う
訓練場での一件以降、シリウスの学内での評価は右肩下がりになっていた。学園内にウンディーネを持ち込み暴走させた挙句、鎮圧に協力した生徒二人に罵詈雑言を浴びせた、と。風の精霊によって流されたその噂は瞬く間に広がり、シリウスの周りには人が寄り付かなくなった。元来人当たりの良い性格ではあったが猫被りであることが露呈して、一気に取り巻きがいなくなったのである。
シリウスを庇い立てした聖女の評価は、今のところまだ据え置きである。ただ追い詰められたシリウスを庇っただけならば評価は上がっただろうが、助けに入ったセレナを黒幕だと思い込んだ言動をしたのはなかなかに痛手だった。それでもまだメローぺは、聖女として慕われている。学園に入るまで平民だったこともあってか、多少の誤解は仕方ないという評価に落ち着いたのだ。むしろ、あんなシリウスなんかに騙されていたなんて可哀想、という評価を下す者まで現れる始末だった。
シリウスを没落させる。それは上手く行ったが、まだメローぺに大ダメージは与えられていない。どうにかして取り巻き達にダメージを負わせ、冤罪が冤罪として認識される土壌を作り上げねばならない。だが、どうするべきか。シリウスはセレナの身内だったから取っ掛かりが作りやすかったが、他の三人はこう上手くは行かないだろう。騎士団長の息子アマデウス、枢機卿の息子ティエルノ、第一王子ウォルター。全員接点が薄い。ウォルターは婚約者だが、選定の儀以降一度も会いに来ていないのを見るに、関わりは持てそうにない。
何かきっかけを作らないと。そう思考していたオルガに、エイドリアンがある吉報を持ち込んできた。
「もうすぐ、兄さんとイザベル嬢が北方遠征から帰ってくるんだ。二人とも、アマデウスとは知り合いのはずだから、何かきっかけが作れると思うよ」
門まで迎えに行こう、と誘われて、オルガはこれ幸いと付いていくことにしたのだ。
昼休憩の間にも関わらず、門の付近には人だかりが出来ている。令息令嬢、多種多様な人間たちがこぞって群れを成し、門の近くに停まった馬車を取り囲んでいた。オルガはその人混みから少し離れた位置に立ち、馬車の扉をじっと見つめる。
やがて扉が開き、従者の手を取って一人の少女が降りてきた。少し薄めたアメジストの色をしたウルフカットの髪に、ピンクダイヤの如き色をした瞳。女子でありながら男子用の制服に身を包んだその姿は、背の高さも相まってまさしく男装の麗人だった。あれがエイドリアンの言っていた、辺境伯令嬢イザベル・シャルパンティエ。事前に聞いていた通り優雅な美人で、取り囲んだ令息令嬢が黄色い声を上げていた。
「イザベル様ー!」
「きゃーっ! イザベル様ー!」
「すっげえ人気だな……」
辺りを包む黄色い声に呆れた目を向けつつ、オルガはイザベルの後ろへと目を遣った。
周囲に笑顔を振り撒き手を振るイザベル、その半歩後ろに小さな人影がある。焦茶色の髪にカーネリアンみたいな橙色の瞳をした、エイドリアンにそこそこ似た顔の青年。規定の制服に身を包んではいるが、背の低さのせいか着られている感が否めなかった。女子にしては背の高いイザベルと並んでいるにしても、その男子の背は異様に低い。イザベルの胸か腰の辺りに頭が来るくらいだ。恐らく彼が、エイドリアンの双子の兄だというフロリアン・フォーリィだろう。エイドリアンの母親はドワーフだと聞いているし、血縁ならその血を引いているだろう。ドワーフは総じて背が低く筋肉質。フロリアンはその特徴を色濃すぎるほどに継いでいた。
「ドワーフか……」
オルガは何度も刃を交えた事実を思い出し、苦い顔をする。ドワーフは鉱山労働者だったり鍛冶屋だったりする場合が非常に多く、鉱物を主食とするオルガにとってはこの上なく邪魔な存在であった。何度食事を邪魔されたか分からない相手である。嫌がるのも無理のない話だった。
イザベルに近づく令息令嬢の背に隠れ、フロリアンの姿はすぐに見えなくなってしまった。辛うじて見えた頭頂部、その上にトカゲのような精霊が乗っかっている。火の精霊サラマンダーだろう。確かフロリアンは、辺境伯お抱えの騎士団に所属する精霊騎士だったか。今回の北方遠征でも怪我人を出さずに雪の精霊を鎮めたとかで、学内の評価もそこそこ良かった。アマデウスの没落、その足がかりになるかもしれない。
人混みを掻き分け進んでいく二人は、エイドリアンにもオルガにも気づかない様子で学園に入っていってしまう。迎えにきた意味無かったな、とオルガは眉を下げ、踵を返して校舎へと戻っていった。




