13:雪は豊年の瑞
バルクン王国辺境、アルコル帝国と接している場所であるシャルパンティエ領。その内の北方、一年の殆どで雪が降り人の寄りつかない極寒の地であるノースルーフに、辺境騎士団一行は佇んでいた。
眼前、険しい山岳地帯を乗り越えて、分厚い雪雲が降りてくる。否、それは雪雲ではない。もふもふとした丸っこい鳥の形をした、雪の精霊である。一度人里や田園地帯に降りてしまえば、莫大な寒気をもたらして植物をことごとく凍らせてしまうだろう。そうなる前に食い止める。それが、今回の辺境騎士団の役目だった。
陣形を固めている騎士たちの中から、一つの影が歩み出る。枯れ葉のような焦茶色の髪に燃えるような橙色の瞳、オリハルコンで出来ている鈍色の鎧に黒々とした斧を携えた、騎士というより戦士の出立ちに近い小さな青年だった。青年は数歩歩み出て、雪の精霊へと手を差し伸べる。真白な綿が目と鼻の先に寄り、鎧の下の肌に霜焼けを作った。懐から火の精霊が飛び出て、冷えていく体を何とか食い止める。青年は全身を覆う寒気に奥歯を噛み締めながら、今にも乾いて貼り付きそうな口を開いて言った。
「フロスト様、なぜこの先に行かれようと思うのですか」
『無論、シェパード領の同胞が、妾を呼んでおるからじゃ。邪魔をするな、グリモワールの息子よ』
「……シェパード領は、最近ようやく精霊が戻ってきたところです。今、貴方様が行けば、水の精霊が死に絶える恐れがあります」
『だから、妾の下僕どもを住まわせようと思っておるのじゃ』
「精霊が戻ったとて、この寒気に晒されれば、農民たちがいなくなります。そうなれば、回復してきた土地を耕す者がいなくなる。不毛の地に逆戻りしますよ」
『むぅ……それもそうか……』
グリモワールの息子と呼ばれた青年────フロリアンの説得に、雪の精霊はあっさりと納得する。刹那、体に対して小さい翼を広げると、仕方ないと言った様子で飛び立った。
『妾とて、同胞を死なせるのは本望ではない。今年はここに留まってやろう。それで良いか?』
「はっ。寛大なご判断、感謝いたします」
『ふふ、お主は相変わらず精霊をおだてるのが上手いのう。父親譲りか。また話せる時を楽しみにしておるわ』
フロストが雪雲を連れて飛び立ち、国境沿いにそびえる山岳へと戻っていく。引いていく寒気を、フロリアンは冷えた肺から白い息を吐いて見送った。




