12:正直の頭に神宿る
シリウス・ルミエールは甘やかされて育った。故に、挫折など知らなかった。父も母も優しくて、ストレスをぶつけるのにちょうど良い義姉もいる。素晴らしい環境だったのだ───数年前のある日、義姉にこっぴどく叱られるまでは。
「何を考えているの!? ウンディーネは水を汚されるのが嫌いなのよ! それなのに残したお菓子を捨てたりなんてしたら、怒られるに決まってるじゃない!」
お茶会に嫌いなお菓子が出た。だから湖を見に行くと言って、こっそりそこにお菓子を捨てたら化けて出たのだ。母に嫌われたくなかった。だから見つからないようにわざわざ湖まで来たのに、よりにもよって義姉に見つかってしまった。
反省の色を見せないシリウスに、セレナは怒りを露わにして言った。
「はあ……継母様には黙っておくから、ウンディーネに謝りなさい。ほら!」
生まれて初めて、誰かに頭を下げた。それは人生最大の屈辱だった。
だからシリウスは、セレナに仕返しをしたかった。セレナを次期王妃の座から蹴落とし、その名誉をけちょんけちょんにして、頭を下げさせたことを謝らせたかった。偉そうにしてごめんなさいと、そう言わせてやりたかった。だからメローぺに協力した。謝ってくれたら、行き遅れの義姉を使ってやっても良いと思っていた。なのに、なのにどうしてこんなことになった。なんであの、落ちこぼれの魔術師の息子なんかに、恥をかかされる羽目になったのだ。
「聖女様……竜珠さえあれば、我々は間違わないのではなかったんですか?」
「────……」
問いかける。返事はない。第一王子の名義で開いている秘密のサロンには、男が四人と聖女が一人だけだった。気まずい沈黙が室内に落ちる。空気の読めないティエルノが、筆を走らせる音だけが響いていた。睨みつけるシリウスの目に、メローぺは竜珠を握りしめながら目を伏せる。
と、不意に目を見開き、シリウスとアマデウスを見て告げた。
「……お告げがありました。シリウス様、アマデウス様にウンディーネの涙を用意してくださいまし。そしてアマデウス様は、宝剣バルムンクをお父様から借りてきてください」
「ウンディーネの涙……確かに前殺したウンディーネの精霊石は保管してありますけど、どうして……?」
「バルムンクだって、そう持ち出せるものじゃないんだが……」
「次の実地演習で、アマデウス様のお父様の真意が明らかになります。そしてウンディーネの涙は、アマデウス様がご自身の強さを証明するのに必要となるでしょう」
まるで天啓を受けた神官のように、群衆を導く女神のように、メローぺは祈る。その神聖な姿は、何にも替えられない確実な正義の形をしていて、
「お相手は、辺境伯令嬢イザベル・シャルパンティエ。そして辺境騎士団所属、フロリアン・フォーリィ」
「────ッ!?」
「貴方の正義を証明する時です───アマデウス様」
それは逃れられぬ運命のように、確かな形を持って告げられた。




