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風が吹けば聖女が堕ちる  作者: 佐々垣
プロローグ
1/4

1:一聖女二王子三悪役令嬢


『セレナ・ルミエール侯爵令嬢!お前との婚約は本日をもって破棄させてもらう!』


 朝っぱらから鳴くコカトリス並みに響く美声で、金髪翠眼の男が叫ぶ。顔立ちが整った男の目は明らかにこちらを見ており、白手袋に覆われた指がビシッとこちらを指差していた。人を指差してはいけないと教わっていないのだろうか。

 その不躾な男の周りには、これまた見目麗しい男たちが並んでいる。皆一様に顔が整ってはいるが毛髪の色や顔の系統がバラバラで、判別がつかない可能性は割と低い。これだけ広い空間なのだからもっと間隔を空けて並べば良いだろうに、男たちは所狭しと並んでいた。もしかして寒がりで、姉の言っていたおしくらまんじゅうとやらをしているのだろうか。しかし、おしくらまんじゅうをする程に寒い場所だとは思えない────というかそもそもどこなんだ、ここ。

 疑問を抱く心とは正反対に、体はやたらと豪奢な扇子で口元を覆いながら問い返す。


『婚約破棄、ですか。理由をお聞かせ願えますか、ウォルター殿下』


『そんなもの、分かり切った話だろう? お前は竜の愛し子であるメローぺ・シュバルツ男爵令嬢に悪質な嫌がらせを行っただけでなく、彼女が選定の儀で不正を働いたという醜聞まで流した! 己が竜珠に選ばれなかったからと非道な行いに走るなど、淑女の風上にも置けん!』


『お言葉ですが、殿下。こういったことは、別個で話し合いの席を設けて行うべきかと。このようなめでたき場でやることではございません。陛下も王妃陛下も出席なされていますので』


『だからこそだ! 父上と母上には許可を貰っている。これはお前だけではない、お前の取り巻きである令嬢令息も纏めて処罰するために設けた場だ!』


 到底自分のものとは思えない難しい単語が飛び交い、思わず困惑する。ひとまずは、状況を整理すべきだろう。

 目の前にいる金髪、やたらめったら白い礼服に身を包んでいる男がウォルター。会話の内容を聞くに、王太子とかいうやつだろう。確か人間の中では特に偉い存在だったか。

 そして周りにいるカラフルな男たち。人間の基準で見れば、イケメンとかいう部類に入るのだろうか。生憎人間の美醜の基準は分からない。土地によってコロコロ変わるものだから。

 色とりどりすぎて目が痛くなりそうな男たちの中央には、これまた真っ白なドレスを身に纏った誰かが立っている。体型やら顔つきを見るに人間の女だろうが、男たちが庇うように立っているせいでよく見えない。おしくらまんじゅうではなく、かごめかごめをやっているのだろうか。

 それはともかくとして、問題はこちら側だ。ウォルターとの言葉の応酬を聞く限り、今の自分はセレナ・ルミエール侯爵令嬢とやらなのだろう。侯爵も令嬢もよく分からないが、恐らくセレナが名前。そしてそれが最大の問題────アタシは、セレナなんて名前じゃない。

 我が名はオルガ。家名はまだない。というより家名も姓の文化もない、一端のドラゴンである。血の繋がりがない、同じくドラゴンの姉に育てられてスクスク育った、どこに出しても恥ずかしくない西洋竜である。どう見たって人間には見間違えようがない、黒々とした鱗の筋骨隆々なメスのドラゴンだ。

 それがなぜか、セレナとかいう人間の女に間違えられている。人違いならぬドラゴン違いだ、と訴えようにも、体が言うことを聞かない。困惑するオルガを振り回すように、視点が左右に動いた。周囲を見渡しているようだ。体の主、恐らくセレナの周りには、これまた見目麗しい人間たちが並んでいる。向こうのウォルターとやらと違う点を挙げるとするならば、男女比がセレナを含めて三対三の綺麗なバランスであることだろうか。皆一様にウォルターの方を見つめている、というより睨みつけている。その鋭い視線を確認してから、セレナは改めてウォルターに向き直った。


『取り巻き……とは随分な物言いですね。処罰するだけの罪状と根拠がおありで?』


『勿論だ。お前たちはメローぺ・シュバルツ男爵令嬢を聖女の座から引き摺り下ろすために、我々に対する数々の名誉毀損や器物破損を行った! 竜の愛し子であるメローぺ嬢から、竜珠を奪い取るためにな!』


『怒らないであげてください、ウォルター殿下。わたくしは、ただ罪を認めて謝ってくれたらそれで良いのですから』


 鈴を転がすような可憐な声が、男たちで出来た壁の向こうから響く。ウォルターはその声にドキッと頬を赤らめて、横に退けた。そして、ウォルターの背後に隠れていたであろう聖女を見た途端、オルガの思考が停止する。

 月光を束ねたような銀髪に、天翔ける虹のような極彩色の瞳。純潔を示すような純白のドレスに身を包んだ、まさしく聖女といった出で立ちの少女────だが、問題はそこではない。その真っ白な、でもオルガの姉には劣る色のドレス。その胸元で誰よりも何よりも輝く、ドス黒い影を秘めたガーネットのネックレスだ。それが、オルガの思考を打ち砕いた。

 話の流れを見るに、竜珠と呼ばれているであろうガーネット。オルガはそれに見覚えがあった。その宝石は竜珠でも何でもなく、間違いなく。


「────いや、その竜珠とかいう宝石、アタシが姉貴に貰ったヤツなんだけど!?」


 大昔にどこかで落っことしたきりの、姉からのプレゼントだった。

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