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理性より感情ー3




 「佐野優介です」


 その後すぐに坂本が一人の男性を連れてきた。

 それが今しがた話をした紹介したい男性だった。


 銀縁の眼鏡が少し冷たそうな印象をもたらせるが表情は柔らかい。

 偏見かもしれないがエンジニア職といえばコミュ障で人見知りの印象のあった千佳子だったが、佐野と名乗った男は普通の会話はできそうに見えた。

 顔立ちも悪くなかった。クラスにひとりいそうな、物静かで目立たないけど実は顔立ちが整っている…というキャラだ。


 「須藤悦子です」

 「山名倫子です」


 千佳子が名乗る前に悦子と倫子が先に名前を告げる。

 35歳、フルリモート、家事等はしてくれるという条件に食いついたのは千佳子だけではない。もちろん坂本は「千佳子に」と紹介をした。

 それは佐野の要望に±5歳という条件があったから。そしてできれば初婚がいいとのこと。いいも悪いも前の旦那と比較されたくないという。

 そのため離婚歴のある倫子と悦子は佐野の条件上では外れる。ただし人間なんてどうなるかわからない。


 「春日井千佳子です」


 千佳子は最後に名を名乗る。ジトっと倫子と悦子を見たものの目を逸らされた。ふたりは槇というおもちゃを見つけた千佳子に男性を紹介されたことが面白くないらしい。とはいえ、初めは冷やかしで時を見て離れていくだろう。坂本が「千佳子に」ということは前提条件でふたりは佐野の求める女性からずれていることぐらい理解している。


 予想通り、少し話すと悦子と倫子が席を立った。

 どうやら顔見知りがいたらしく「ちょっと行ってくるね」とグラス片手に行ってしまった。佐野は「愉快な人たちですね」と笑っている。

 というのも、ここまで怒涛の質問攻めだった。千佳子はポカーンとしながら二人の様子を眺めるしかできない。口を挟む余裕さえなかった。


 

 「お仕事は楽しいですか?」

 「ええ、まあ。それなりに」

 「中管理職だと聞きました」


 佐野は坂本から千佳子の状況をある程度説明されていたらしい。

 曰く外資系のバリキャリだが中間管理職という立場で頭を悩ませている。

 曰く仕事でくたくたになり帰ってきて家事をする気力がなく女子力がゼロに等しい。

 曰く長年婚活をしているが、千佳子の年収やキャリアがその辺の男より良いせいで男性に敬遠されている。本人は「ヒモ」でもいいと言っているがヒモになることに抵抗のない男は稀だ。よほどのクズか、家事が大好きな貴重な存在である。実際、先日まで貴重な男性だと思っていた男に裏切られたばかりだった。若い頃は何かと服やジュエリーや旅行などにお金を注ぎ込んで楽しんだが、30代になると貯金に回し結婚生活後のことや老後が気になり始めた。40代になると、資産として一つマンションを買おうか、それとも田舎に家でも買おうかと考える始末。もちろんアンチエイジングには抜かりないし、欲しいものはあまり躊躇うことなく買う。だけど欲しいものが徐々に減っていくし、装いも流行が気にならなくなってきた。つまり、お金だけある。


 「私はそれが苦痛でフリーに転向したんです」

 「そうなんですか。でもディレクションも大変では?」

 「まあ、そうですね。ただ上に下にと挟まれることはないので。客のことを考えての提案ですし、ペース配分や納期もこちらの条件を飲んでくれる人としか仕事はしないので」


 はは、と頬をかきながら若干後ろめたそうに笑う佐野は少し子供っぽかった。落ち着いた話し方のおかげか少し緊張した心が凪ぐ。

 五歳も年下だがいい大人だ。あまり年齢差は気にならない。


 というか、あの男が子供っぽすぎるのね。


 カラオケ行こう、ボーリングしよう。

 あれ食べたい、これ食べたい。付き合えよ。千佳子。


 「春日井さん?」

 

 千佳子がぼんやりとしてしまったせいか佐野はどこか伺うように千佳子の顔を覗き込んだ。身長は180センチ近くあるらしく、槇と背丈はよく似ている。

 ひとつ言えば佐野の方がシュッとして見える。それは年齢のせいか、彼の姿勢のせいか。


 「いえ。姿勢がいいな、と」

 「あぁ。昔剣道をしていまして」

 「なるほど」


 そりゃ姿勢が良くなるわけだ、と千佳子は納得と頷いた。


 


 「もしよかったら連絡先聞いてもいいですか」


 飲み会もそろそろという時に、一度離れた佐野が戻ってきた。

 あのあと話していたのだが、倫子と悦子が戻ってきた時に他にも人を連れてきたのだ。そのまま話が中断され、佐野は他の人とも話したいでしょうし、とその輪から離れてしまった。だが、佐野狙いで来た複数人の女性たちは追いかけるように佐野の後をついて行ってしまったが。


 「あ、はい」

 「ちなみに、春日井さんは今すぐ結婚したい人ですか?」

 「え??」


 佐野は千佳子に実際どれぐらい焦っているのか聞いていた。

 というのもできればゆっくりと時間をかけて距離を縮めたいと考えているらしい。


 「もちろん、お互いを知ってからお付き合いの流れになると思います。ただ、人によって●歳までに結婚したいからとっととお互いを知ってダメなら次の相手と考える方もいらっしゃるようで」


 テンポが合わなかったことがある、と佐野はかつての経験を話してくれた。

 第一印象は良い子だった。お互いなんとなく惹かれるものがあったようだ。

 ただ、彼女はできれば早く結婚したかった。年齢的なものもあった。「私と結婚する?しない?どっち?」と迫られて思わず「ごめん」と言ったという。


 「もうこの年になればそれほど焦りはないわ。確かにその子のように20代ギリギリなら周りを見て焦ってたと思うけど」

 「春日井さんは焦ったんですか?」

 「まあ、少しは」


 一応話の流れとして盛った。白状すれば余裕をぶっこいていただけだが。

 それに当時付き合っていた彼もいた。のちに喧嘩別れすることになったが。


 「意外ですね。なんだかそんな感じしないので」

 「結婚式が続くと少しは焦るわよ」


 主に懐が痛み、いつその祝い金を回収できるのかということに関してだ。

 当時は周りに比べると経済面は良い方だったが、それでも欲しいものは山ほどあったし、お金なんてあればあるほどありがたかった。同じメンツが集まる結婚式には同じ洋服では参加できないし、と見栄を張ったこともある。

 ただ、既に結婚していた友人は堂々と同じワンピースを着ていた。

 「それほど余裕がないから」と笑っていたが、彼女自身既に結婚しているし飾る必要がないと思っていたのでそれでよかった。未婚の場合、結婚式の二次会や披露宴会場もいい出会いの場になる。もちろん目立った行動はしないが、さりげなくチェックするのは当然だった。


 「結婚式は派手にやりたい派ですか?」

 「昔はそう思ってたけど今はそれほど」

 

 もう40にもなればむしろ出てくれる友人がいるのかすら怪しい。

 会社の同僚を誘うのも面倒だし、嫁いで地方に行った友人を呼ぶのも気が引ける。


 「そんなお金あるなら他に使いたいわ」

 「同感です」


 佐野がうんうんと頷く。そして「よかった」と苦笑した。


 「この質問すると、理想の結婚式を語る女性がいらっしゃるので」

 「なるほどね」

 「どこどこのホテルで誰がデザインしたドレスが着たいとか」

 「思わず計算しちゃうわね」

 「新婚旅行はモルディブがいいとか」

 「仕事大丈夫かしら」

 

 千佳子は思わず半目になった。千佳子の今の会社はお祝いごとは非常に手厚くフォローしてくれる。休暇も二週間ほど丸っとくれるだろう。

 ただし、仕事の状況によって千佳子が心配なだけだ。そして戻ってきた時に何事もトラブルがなければいいが、同じチームの数名の顔が浮かんで目を瞑った。


 

 


 


 


 

 

 

 


 

 

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