理性より感情ー2
【飲み会するんだけど来ない?】
婚活パーティーに出ればそれなりに人脈は増えた。
そんな中で出会った知人から、知り合いばかりを呼んだ飲み会をするという。もちろん参加者は皆独身だ。この会で良い人がいればいいが、今回の目的はきっと情報交換だろう。
婚活業界、もといサロンやマッチングアプリは今じゃ数えきれないほどある。千佳子もいくつか渡り歩いてきたため、各々の特色はなんとなく実感していた。合う合わないはもちろん、人の集まりがいいところ悪いところはある。
年齢もそうだ。若手が集まる場所もあれば落ち着いた年齢層が集まる場もあった。
そんな情報交換という名の飲み会だ。婚活をしている人なら誘っていい。
その代わり既婚者はNG。独身ならバツイチでもバツニでも子どもがいてもいい。要は相手を探しているなら誰だってウェルカムだった。
千佳子は一瞬槇の顔がよぎったが、あれはあくまで一時凌ぎで遊びだ。
というか自分が遊ばれている気がする。
【行く。いつ?】
千佳子は久しぶりに真面目に出会いを探すか、と溜息をついた。
というのも最近は少々サボり気味だった。
槇といると話は尽きない。どうでもいい話ばかりだが、素で話せるので楽だった。婚活だと初対面からさすがにこうはいかない。向こうだってこちらがどんな猫をかぶっているのかと伺っているだろう。それをいきなり脱いで驚かせるのはよろしくない。実るかもしれない出会いを初めからぶった斬るのはダメだ。
【今度の土曜。17時半から。場所は】
男女ともに20名ずつ集まるらしい。立派な婚活パーティーだ。
だが主催者から案の定『情報提供よろ♡』と返信が来たので気軽に参加する予定だ。いい人がいればいいな〜ぐらいの気持ちだ。顔を繋いでおけばまたどこかの会で誘ってもらえるかもしれない。そんな打算と下心あり気で参加を表明した。
当日はあまり気合を入れ過ぎずに会場に向かった。
昨夜も変わらず槇と食事をしたが、酒は控えめにして予定があるからと食事だけで撤退した。槇は「あっそう」とつまんなさそうにしていたが、千佳子は何も言わなかった。遅くまで連れ回されて夕方まで寝こけるという流れを回避したいがためだ。
「あ。美味しい」
「でしょでしょ?普通に美味しいもの食べたかったからね」
「こういうのって食事はあまり期待できないもんね」
「そうなのー」
主催者のひとりである山名倫子は40歳バツイチ子なし。
27歳で結婚後33歳で離婚した。前の夫とはレスで知らぬ間に浮気されていたという。慰謝料で揉めてしばらくは結婚なんてもういい、と思っていたようだが35歳を境に婚活を始めた。
「最近どうなの?何使ってる?」
「最近はね〜」
会場でよく顔を合わせることがあり、連絡先を交換した。
婚活会場では異性だけでなく同性とも仲良くなれる。おかげで千佳子のメッセージアプリには同じ境遇の同志がたくさんいる。
「あ、ちーちゃん、みっちゃん!」
「えっちゃん久しぶり〜」
「あれ?ふたり会ってなかったの?」
千佳子と倫子に声をかけたのは須藤悦子(45)
こちらはすでに成人した子どもがおり、第二の人生としてパートナーを探している。旦那とは円満離婚だ。
「最近は会ってなかったね」
「ってかちーちゃん彼氏できた?」
「あ、私もそれ聞こうと思ったのに!」
さすが女は鋭い。千佳子はぎくーっと思いながらも内心はどこまで喋ろうかとある程度は考えていた。まあ褒められた関係ではないけれどリハビリのようなものだと説明すればいい。
槇との出逢いから今に至る関係をざっくり話した。
ふたりは枝豆やら焼きそばやらをもぐもぐと食べながら耳を傾けている。
「どうして別で探すの?」
「そうよ。その人でいいじゃない」
「友人としてはいいんだけどね〜」
千佳子は濁す。槇を結婚相手になんて考えたことはなかった。
確かに初めて会った時は指輪もしていないし、イケメンだしいっかなって思ったけど。
「雑なのよ、雑」
「お似合いじゃない」
「だからもう少し丁寧な人がいいのよ」
千佳子もどちらかといえば大雑把だ。
あまり細かいことは気にしない。仕事は丁寧にやる方だが彼とは同類の匂いしかしない。つまり、ズボラでダメ人間。おまけに粗野だ。
時々会うなら目の保養だし少々雑でも許せる。しかし結婚というものはそうではない。毎日顔を合わせるし、離婚しない限り生活が続くのだ。
「それに家に帰っても彼はご飯を作ってくれないし」
「稼ぎがあれば家政婦を雇えばいいじゃない。あんた金持ちなんだから」
「そうよ。外資なんて高給とりじゃん。その分仕事も大変なんだろうけど」
「だからこその癒しよ。彼はなんというか癒しにはならないわ」
「テンションあがるタイプ?」
「うーん。そうでもない」
なんじゃそりゃ、と二人はずっこける。
そもそも期間限定で始めた関係でなんとなく週末に会ってるだけ。
多分どちらかが「会わない」と言えばそれまでの関係だろう。
今のところ槇は律儀に毎週あの居酒屋で千佳子を待っているし千佳子も自分から提案したことなのであの店に通っている。
「みっちゃんはどうなの?」
「別れたの、振り出し。えっちゃんは?」
「まー、いないわね。この間はどこかの研究員の人と会ったけど全く会話が続かなくて」
あはははと笑っているとビールグラス片手に知った顔がやってきた。彼、坂本裕二も主催者のひとりで昔結婚相談所に勤めていたことから個人的にこういう集まりを開催している。ちなみに坂本は既婚者だ。あくまでこの会の責任者である。
今、婚活業界の需要は日に日に伸びている。結婚しない人が増えているが、結婚したくてもできない人も多い。だが、出会いを広げれば不可能を可能にもできる。坂本はサラリーマンで働く傍らいつか独立するための踏み台として休日にこのような飲み会を開催していた。
坂本の実績は多岐にわたる。千佳子の知る何人かの女性も坂本に打診されて結婚した。
例えば、婿を取らなければいけない資産家の令嬢Fと真面目が取り柄な普通のサラリーマンOをくっつけたり(当然婿に入る)、各地をキャンピングカーで旅する男性Kと某大手商社に務める転勤族の女性Nをくっつけたりと傍目で見れば間違いなく選ばない相手とマッチングさせている。
しかし、これはどちらの理想をも聞いた上でのフィーリングと紹介。
もちろん合わなかった人たちもいるが、坂本の仲介で実を結んだ人たちも多い。そんな坂本が千佳子に声をかけた。ひとり紹介したい人がいるという。
「どうしてちーちゃんなのよ」
倫子が不貞腐れる。隣にいた悦子も「私たちにも紹介しろぉ」とくだを巻いた。
「え?千佳子さん、もう決まったの?」
決まったなら普通この場にはいないはずだ。その坂本の疑問に応えるように、倫子と悦子が千佳子の近況を簡潔にざっくりと説明した。
「なるほどね〜。ちなみに相手は35歳のエンジニア職。フルリモートでひきこもってばかりいるため出逢いがないんだって。家事は得意だし、基本的に家にいるからそれをやることに抵抗はないって。ただ人によって女性より家事ができると『女としてのプライドが』とか言う人いるしそう言うのもあって、とにかくうるさく言わない人がいいんだと」
千佳子はふーん、とうなづいた。フルリモートで家に一日中いるなんて発狂しないだろうか。少なくとも千佳子は三日も家に引きこもるだけでもう人間に戻れないほどゴミ化しそうだと思う。
「千佳子さん、そういうの言わなさそうだし」
「ちーちゃんは逆に『やって』って言いそう」
「そうなんだよね。あとは全力で美味しそうにご飯を食べてくれそうだし」
「確かにね。味にはうるさそうだけど」
「失礼な」
坂本の話に倫子と悦子が楽しそうに茶々を入れる。千佳子はムッとしたけれど会うだけあってみるか、とそんな気になった。
「さかもっちゃんが言うなら会ってみようかな」
「自称オトモダチはどうするの?」
「お友達なんだからどうもこうもないわよ」
ニヤニヤと倫子が笑う。続けて悦子が「じゃあ」と千佳子に相談した。
「その、千佳子のお友達、紹介してよ」
「え?」
「あら、いいわね!42歳、未婚でしょ?それにイケメン」
悦子だけでなく倫子までのっかてきた。千佳子は「えー」と内心で思いながらこの場の空気が悪くならないように「聞いてみるだけ聞いてみる」と返事をした。