白よりのグレー2
「はぁあ。どこかに落ちてないかな。良い男」
春日井千佳子気がつけば39歳。
某外資系メーカーのマネジメント職に就いている。
ぶっちゃけ金はある。だが悲しいかな男運がない。
赤提灯がぶら下がる居酒屋で千佳子は小さく独りごちた。
手に持つグラスの中身を半分ほど一気に飲んで「はぁ」とため息をつく。
「家事をしてくれて、可愛い顔でおかえりって出迎えてくれる優男はどこかにいないかしら」
つい先日交際相手と別れた。相手は結婚相談所で知り合った男だ。
結婚しても仕事を続けたい千佳子に男は全面協力を申し出た。
簡単に言えば「ヒモ」になると立候補したのだ。
千佳子のマンションに転がり込み、甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
女子顔負けの家政婦のような男だった。
だが、いつの間にか金品が盗まれていた。
食費として渡していたお金を懐に入れて「足りない」と強請るようになった。問い詰めれば「お小遣いじゃ足りないから」と可愛くもないアラフォー男が頬を膨らませて抗議した。それを許せるのは大学生かつ可愛い女子だけだとその男を家から追い出した。
その流れでついでに引っ越しもした。男の荷物は処分したし「警察に突き出されたくなければ二度と顔を見せるな」と脅したので大丈夫だろう。だが同じ家にのほほんと住めるほど図太くない。早々と引っ越してようやく先日落ち着いたところだった。
「この際年下でもいいわ、もう」
本音を言えば年上がいい。年上だからと無条件に甘えられることが何よりも魅力的だ。我儘でちょっとキツめの性格である自分を「はいはい」と笑って受け入れてくれる器量がほしい。だがその話を友人にすれば「実際されるとすごく腹が立つわよ、きっと」と言われた。しかし惚れた男ならそれほど何も思わないと千佳子は考えている。現に昔年上と付き合った時に適当に遇らわれたこともあった。悪くはなかった。ただひどく自分が子供っぽく見えたのは否めないが。
「一緒に居て、楽しくて、仕事に理解があって、私より稼いでなくても気にしなくて、それで」
指折り条件を挙げながら汗をかいたグラスを口元に運ぶ。カランと音を立てて氷が溶けた。中身は氷のせいで少し薄くなっている。
子どもを考えるならもうそろそろタイムリミットだった。
今は40代でも初産の人は増えてはいる。だけど先のことを考えるとあまり喜べないのは現実だ。
「子どもが20歳で親が60過ぎか。結婚式まで生きれたら万々歳ね」
そもそもまだ相手もいないのに、と苦笑いが溢れる。
手元の携帯を見てまた溜息が溢れそうになった。送り主は友人の綾乃だった。
近々会おう、という話をしているが「旦那に予定調整してもらうね」と返信がきた。子どもを旦那に預けて身軽に出てきたい、とのことだった。
綾乃は昨年娘が産まれてママになった。今も時々メッセージはやりとりするがほとんど会えていない。だが、最近旦那が綾乃に一人時間を作ってくれているらしく綾乃からお誘いが来たのだ。
嬉しい反面、会うのが怖かった。
会えばきっと虚しくなる。この間まで同じ畑にいたのにちょっと、いや、かなり悔しい。それを隠せるだろうか。自信がない。
今では兄(45)の娘(20)にすら負けそうな勢いだ。
両親はもう嫁に出すことを諦めていて何も言ってこなくなった。それならそれでいいじゃないと思うがやっぱり一人は寂しい。
35を過ぎると残りの男たちももう訳ありばかりだ。自分を棚に上げて人のこと言えないけど、とグラスに手を伸ばして、そのグラスが空になっていることに気がついた。
「「すみませーん、お茶わり」ください!」
綺麗に声がハモった。声の主を見ればちょうど柱の影にいた男性と目が合う。影になっていて見えなかったがいい声だった。チラッと見えた顔もそれほど悪くない。