サイドストーリー4話 黒百合新人研修──「大型犬系ポジティブ後輩と理論派お姉さんの爆走初任務」
その日、傭兵団《黒百合》の臨時作戦室は昼下がりの穏やかな陽だまりに包まれていた。穏やかだったのは、私がドアを開ける直前までの話だ。
「本日付であなたの指導係を拝命したリナ・シーナよ。よろしく……」
言い終える前に床がベキッと悲鳴を上げ、私の長靴が沈むほどの穴が空いた。犯人は真正面、背丈ほどのバックパックを抱えた金髪の新人――サーシャ・ブラスト。コードネーム《ハリケーン・ドール》。笑顔で敬礼しながら、全力で床を抜いた大型犬である。
「先輩っ! 本日より全力でご指導お願いしますっ!」
お願いしたいのはこっちだ、と声に出す前に陽だまりは粉塵で曇った。
体力測定という名の惨劇
新人研修の最初は握力計測だとマニュアルにある。私は試験場の隅から新品の握力計(上限300kgf)を取り出し、彼女に手渡した。
「壊さない程度にね」
「はいっ!」
パキン。測定前に壊れるのは想定外だった。仕方なく上限500kgfモデルを渡した。
「今度こそ丁寧に――」
ボゴン。デジタル表示が“9999”でフリーズし、筐体が二つ折り。
(……地形ごと鍛えるとは聞いていたけれど、測定器も鍛えさせる気?)
続く腕立て伏せ測定では、勢い余ったサーシャの拳が地面にめり込み、コンクリ床がスロープ状に変形。私は早々に数字の取得をあきらめた。
初任務は基地裏の弾薬庫警備。仕事は簡単、敵残党の襲撃を24 時間防ぐだけ――のはずだった。
巡回開始十分後、私は奇妙な振動を感じた。振り向くとサーシャが155 ㎜砲弾を両手に、ダンベルの要領で上下させている。
「先輩! これ、良い負荷です!」
「良くないわ!! それ信管付き!」
案の定、信管がポーンと軽快に跳ね起き警告ランプが真っ赤に点灯。私は咄嗟に砲弾を抱え、砂嚢の山へ投げ捨てた。直後、基地全域に警報が鳴り響く。
トラックに乗った残党がゲートを突破。私は遮蔽物を探しながら制圧射撃の手順を叫ぶが、サーシャは聞いていなかった。ほうき型銃剣――何故か掃除具と銃身が融合した謎兵装――を構え、車両へ一直線。
「いけません! 接近は危――」
ドゴォン! サーシャのフルスイングを受けたトラックは放物線を描いて空を飛び、裏山の松林で二次爆発を起こした。敵兵は全員気絶。作戦時間、わずか二分。
結果、弾薬庫の壁三面が崩壊。だが弾薬そのものは無事。上官の損害評価は「被害軽微」。私は報告書に「物理的防壁:人型カタパルト方式」と書きながら頭を抱えた。
夜、給湯室で私は冷えたコーヒーをすすりつつ溜め息をついていた。すると背後から湯気の立つマグカップが差し出される。
「先輩、お疲れ様です! ミルクティー作ってみましたっ」
茶の色が妙に濃い。恐る恐る口をつけると、甘さの奥にプロテインの粉っぽさ。カップの底には“筋肉は裏切らない”の手書き文字。
「……これはこれでアリね」
頬が緩んだのを自覚し、慌てて表情を引き締める私。だがサーシャは満面の笑みでマグを掲げた。
「明日もよろしくお願いします!」
彼女の後ろでは、AI 管理端末――KAIN のプロトタイプ――が無機質な声で告げる。
「修繕費が予算を二一%オーバー。次回より資材ランクを下げることを提案」
私はマグカップを握り直し、静かに答えた。
「資材より、まずは彼女の取扱説明書を作る方が早いわ」
翌朝、驚いたことに上官は私たちに及第点を与えた。「一日で残党を壊滅させ、弾薬を無事に守った手腕は評価に値する」と。
そして――
「リナ・シーナ、サーシャ・ブラスト。今後もバディとして行動せよ」
辞令を聞いた瞬間、私は未来の修繕費を想像して目の前が暗くなった。しかし横でサーシャが尻尾を振る大型犬のように喜ぶのを見て、思わず吹き出してしまう。
「……先が思いやられるけど、悪くないかもね」
そう答えた直後、彼女は壁の穴を“筋肉パテ”と称して素手で塞ぎ、勢い余って別の床板をぶち抜いた。
やれやれ――このハリケーンと歩む未来は、今日も修繕費と笑い声で半壊確定だ。




