第44話「幕間の表側、裏側の冷気」
春休みの商店街は、妙に元気だ。
まだ昼前なのに、人の流れが切れない。
パン屋の前に列。惣菜屋の呼び声。くじ引き台の赤い布。
その真ん中で、嵐山レオは、必要以上に姿勢よく立っていた。
「皆さま、本日もようこそ! 春休み特別、“新生活フェア”へ!」
何のフェアなのか、本人もたぶん分かっていない。
だが、声が通る。立ち姿が目立つ。人が見る。
それで成立してしまうのだから、才能というのは時々腹立たしい。
大崎会長が腕を組み、満足げに頷いた。
「うんうん、いいねえ。こういうのは空気が命なんだよ」
レオが横目で訊く。
「会長、正直に聞きますけど、僕いま何の担当です?」
「華だよ」
即答だった。
レオは一拍置いてから、妙に嬉しそうに咳払いをした。
「なるほど。適材適所」
プリズミア《レオ、今日もかっこいい♡ ちょっと調子に乗ってるけど》
レオの口元が緩む。
「前半だけ受領」
大崎会長が首を傾げる。
「誰と喋ってるんだい、嵐山くん」
「ええと……自分の中の観客と」
「若いねえ」
商店街の空気は笑う。
その笑い声が、きょうは大事だった。
その頃、商店街から少し離れた街の外れでは、別の空気が流れていた。
古い冷凍搬入施設は、街の喧騒から半歩だけ外れた場所にある。
死んだ建物の顔をしているくせに、死にきっていない。
そういう場所は、だいたいろくでもない。
ABELの車両は、施設から少し離れた位置で止まっていた。
車内モニタの光が、ユウトの横顔を青白く照らしている。
今日は前に立たない。
ノアが先行し、施設の周囲を一周して戻ってきた。
「表側に人の出入りはありません。
ですが、温度差が薄く残っています。建物全体に」
ミナミがタブレットを見せる。
簡易マップに、低温の面がぼんやり浮いていた。
「点じゃない。面で冷えてる。
プレート単体の残りじゃなくて、中に制御がいる冷え方」
サッちゃんは車の外で、その施設を見ていた。
飛び出したい気配はある。
でも、飛び出さない。
そこが昨日までとの違いだ。
「……こういう場所、黒百合の待機所に似てます」
小さくそう言う。
ユウトが訊く。
「嫌な意味で?」
「はい。
人がいないのに、人の使い方だけが残ってる感じです」
嫌な言い方だった。
でも、よく分かった。
KAIN《観測:ホッピング反応、建物中心部に集約》
ABEL《提案:管理室を優先。深追いは推奨しない》
ユウトが短く言う。
「ノア、ミナミ。入ってくれ。
サッちゃんは俺の近くで待機。単独行動なし」
「はい」
「了解」
「……了解です」
最後の返事だけ、少しだけ間があった。
でも、ちゃんと戻ってきた。
それでいい。
商店街では、レオがますます意味不明なイベントを成立させていた。
人は立ち止まる。
子どもが寄る。
スマホが向く。
視線が集まる。
つまり、街の目が一か所に集約される。
プリズミア《レオ、いま客の流れを掴んでる♡ えらい》
レオが胸を張る。
「やっぱり僕、広報向いてるのでは?」
《少なくとも、“目立つ”は職能にできるね♡》
「僕も誰かの役に立ちたいからね」
その瞬間、プリズミアが少しだけ黙った。
それから、さっきより静かな声で言う。
《いまの、ほんとにかっこいい》
レオは少しだけ照れた。
だが次の瞬間、苦笑する。
「サッちゃんに見せたかったな……」
プリズミアは一拍だけ無言になって、でもすぐ軽く返した。
《じゃあ、あとで盛って報告してあげる》
「盛るな、さらりで頼む」
《好きな子の前だけ急に誠実だね》
「やめろって!」
施設の中は、“仮設の悪意”で整えられていた。
空コンテナ。折り畳みラック。
古い冷蔵ケース。
使われていないように見せるために、ちょうどよく使われている。
ミナミが管理室へ入って、即座に顔をしかめた。
「うわ。整理されすぎ。趣味悪い」
壁一面に、フロスト・プレートの制御ログ。
温度差マップ。
プレート配置。
そして、生活導線。
駅前。商店街。歩道橋。朝比奈邸周辺。
人を追っているんじゃない。
人の“戻り方”を追っている。
それが不快だった。
ノアがすぐに撮影と抽出を始める。
「深追いはしません。必要最小限を押さえます」
ミナミが一つの端末を壁へ投影した。
短い文字列が並ぶ。
H.D. / domestic adaptation
urban route stable
guardian anchor confirmed
reacquire window: active
verification phase: pending
ユウトが車内モニタ越しに低く読む。
「“家庭適応。都市導線は安定。守護対象アンカー確認。再取得継続。再確認フェーズ保留”」
サッちゃんは、その文字を見つめる。
昨日より、顔色は落ちない。
嫌なのは変わらない。
でも、嫌なものを見た時に消えないでいられる。
メグミの声が、家から静かに届く。
「つまり、ここは“観測の仮設中継点”。
でも向こうの中核は別。ここで全部は終わらない」
リナも続ける。
「十分よ。
ここで欲しいのは、相手の“次の一手”の確定」
ノアが別のログを開く。
そこに残っていたのは、もっと露骨な行だった。
guardian visible / injury cue / H.D. emergence / retry permitted
ミナミが吐き捨てる。
「はい、最低」
ユウトは、少しだけ笑った。
怒りすぎると逆に笑えてくる種類の最低さだった。
サッちゃんがそこで小さく言う。
「……もう一回、同じ手をやるつもりなんですね」
「そういうこと」
ユウトが答える。
「で、次でそれを終わらせる」
KAIN《警告:管理室奥、温度差急上昇。自壊シーケンスの可能性》
ノアが即座に動く。
「離れてください」
ミナミが端末だけ引き抜く。
「全部は無理! でも“retry”周りは取る!」
白い霧が吹く。
配線が凍る。
扉のレールが半分だけ固まりかける。
サッちゃんが半歩前へ出る。
そこで止まる。
ユウトを見る。
許可を待つ。
ユウトが言った。
「止めるだけ」
「はい」
サッちゃんは管理室の扉へ滑り込み、閉まりきる前のレールだけへ肘を入れた。
強い。
でも、必要なところだけ。
扉は止まり、ノアとミナミの退路が確保される。
ミナミが息を吐く。
「いまの上手い!」
サッちゃんが真面目に返す。
「許可付きです」
プリズミア《許可制サッちゃん、ちょっと好きかも♡》
「“ちょっと”なんだな」
ユウトが思わず笑う。
ノアが抜いた端末を確認する。
「十分です。
敵の再確認フェーズは確定。
次は“同じ手に同じ答えを返すか”を見に来る」
リナが通信越しに言う。
「いい。今日はここまで。
欲張らない。線は掴めた」
メグミが引き取る。
「今日は“見つけた”で終わり。
明日は“同じ答えを返さない”を見せる」
施設を出る時、サッちゃんが振り返った。
冷たい建物。仮設の悪意。
それを見て、今度ははっきり言う。
「……次は、裏切ります」
ユウトが、少しだけ笑う。
「いいね。それ」
帰り道、商店街側の通信が入る。
レオの声は妙に得意げだった。
『そっちはどうだい! こちらは“やや涼しい春の商店街”で通した!』
大崎会長の笑い声も混ざる。
「嵐山くん、派手なだけかと思ったら、意外と役に立つねえ」
『“意外と”は余計では!?』
プリズミア《レオ、今日ほんとにえらい♡ 好き》
通信の向こうで、レオが一瞬だけ黙る。
それから少し照れた声になる。
『……うん。今日はそれで十分だ』
ユウトは、その声を聞きながら窓の外を見た。
表側では、ちゃんと街が守られていた。
裏側では、ちゃんと線を掴んだ。
もう十分だ。
次で終わらせられる。
【44話・完】




