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第39話「解析:フロスト・プレートは“合図”で“罠”」



玄関前の空気が冷えたまま、朝比奈邸の夜は終わった。

翌朝、家の中はいつも通りに見えるのに、どこか“戦時の静けさ”が残っている。


リビングのテーブルには、遮蔽袋に二重封入された銀の板。

便宜上それはフロスト・プレートと名付けられた。


ミナミがその前で腕を組み、珍しく真面目な顔をしていた。

「見せびらかす用の物証って、いちばん嫌い。……でも、解析しがいはあるね」


サッちゃんは、距離を守って立っている。

拳は握りかけて、ちゃんと開いている。最近の彼女は止まれる。


「ミナミさん、壊していいですか?」

「壊したら情報が死ぬ。今日は“壊さない”が勝ち筋」

「ぐぬぬ……」


プリズミア《サッちゃん、“壊さない”に耐性ついてきたね♡》

KAIN《注意:物証は解析価値が高い。破壊は損失です》

ABEL《提案:作業は換気・隔離・導線固定で。作業者以外は距離を保持》


リナがコーヒーを置く音が、会議開始の合図みたいに響いた。

「今日やることは三つ。解析、逆追跡、運用更新。」


ユウトが頷く。

「了解。……最初は解析だな」




ミナミの作業台は、いつの間にか“現場”になっていた。

温度計、簡易スペアナ、遮蔽ケース、静電手袋。

派手さはないが地味な科学が並ぶ。地味ほど強い。


ミナミは遮蔽袋の外から、プレートの表面温度を測った。

「外気は常温。なのにプレートだけ局所的に低い。冷媒が入ってるというより……温度差を作る仕掛けだね」


ノアが横でメモを取る。字が綺麗すぎて怖い。

「温度差で存在を主張する。視認性と、もう一つ……センサー誘導」


ミナミが頷く。

「そう。人間にも機械にも“ここにある”って言える」


KAIN《観測:温度降下は周期性を持つ。受動放熱ではなく能動制御の可能性》

「周期性?……なるほど」


ミナミはスペアナを近づけた。

数秒、無音。

それから、画面に小さな山が立つ。微弱。だけど、いる。


「周波数ホッピングの痕跡がある。送ってるというより、呼吸みたいに漏れてる」

ユウトが眉をひそめる。

「漏れてるのを“わざと”?」


「うん。たぶん“受動型ビーコン”。電波の反射も混ぜてる。

こっちが見ると見える。でも、こっちが反応すると、相手にも反応が返る」


リナが一言。

「釣り針ね」


サッちゃんが静かに言った。

「……触ったら、位置がバレる」


リナは断言しない。

「冷却系。ダスクフロスト線“か”同系統」


KAIN《補足:検知した周波数は冷却系駆動ノイズと部分整合。確度:中〜高》

ABEL《提案:完全廃棄ではなく逆追跡を優先。隔離管理下で運用するのが妥当》


ミナミが珍しく真顔のまま言う。

「……温度と電波なら、私が解析に回れる。遊びじゃなく」


ユウトは頷いた。

「頼む。今回は“楽したい”じゃなくて、“終わらせたい”」


ミナミは短く答えた。

「了解」



解析が進むほど、嫌な事実が固まっていく。

これは偶然じゃない。生活圏に混ぜてきた。


ノアが伝票の控えを出した。

「印刷所名義は偽装に使えます。問題は中継が一回多いこと。

印刷所の通常ルートは直配なのに、今回は中継倉庫が挟まっている」


リナが即答する。

「中継倉庫。そこが混入点の候補」


ユウトが聞く。

「印刷所に確認できるか?」


「出来るわ。ただし“問い方”が重要。気づかせると、追えなくなるわ」

メグミがオンラインで繋がっていた。

画面越しの声が、さらりと刺さる。


「“事故調査”で入ると、相手は身構える。

“納品トラブル”として聞けば、向こうは仕事で答える」


リナが頷く。

「翻訳、助かる」


「仕事だから」


ノアが続ける。

「まず印刷所に“チラシ束の枚数差異”で問い合わせます。

次に配送会社へ“伝票番号の分岐”を確認する。

倉庫名が出たら現地確認。……ただし単独行動はしません」


サッちゃんが即座に言った。

「私が行きます!」


ノアが真顔で返す。

「先輩は目立ちます」

「えっ」

「最も目立ちます」


ミナミが小声で追い打ちする。

「サッちゃんは、存在が戦術核なんよ」


「褒めてます?」

リナが即答した。

「褒めてない」


ユウトが整理する。

「現地はノアと俺。必要ならミナミも同行。サッちゃんは屋敷防衛ね」


サッちゃんが一瞬だけ不満そうに唇を尖らせる。

だが、すぐに背筋を伸ばした。


「了解です。守ります。壊さないで」


KAIN《評価:適切。サッちゃんは抑止力として屋敷に残すのが合理的です》

プリズミア《“抑止力”って言われて嬉しそう♡》

「嬉しくないです!」



リナがA4を一枚出した。題名が短い。


春休み戦時運用 v1(暫定)


ユウトが半目になる。

「また紙か」

「紙は強い。人を守る」


内容は短い。必要十分だった。


荷物:屋外開封・距離・遮蔽・記録


外出:行き先と帰還予定の共有


連絡:ノアを窓口、緊急時はKAIN


物証:破壊禁止、隔離、ID付与


目標:追尾状態を終わらせる


最後の一行だけ、妙に重い。


「……“追尾状態を終わらせる”」

「終わらせないと春休みで終わらない。撃退で満足したら、また来る」


ノアが頷く。

「追尾を断つには、相手の“見えている状態”を壊す必要があります。

ただし壊すのは物理ではなく、認識の前提です」


メグミが画面越しに続ける。

「つまり“正しい情報を渡さない”」

ミナミが言う。

「つまり“釣り返す”」

リナが締める。

「つまり“運用で勝つ”」


そこでサッちゃんが、小さく言った。

「……つまり、私が暴れない」


全員が一瞬だけ黙った。

それが今日いちばんの成長の言葉だったからだ。


ユウトは、さらりと返す。

「暴れなくていい。必要な時に、必要なだけでいい」


サッちゃんは頷いた。

けれど、その頷きは少しだけ硬い。

“使われない強さ”に、まだ慣れていない顔だった。


「……屋敷に残るの、正しいのは分かります」

声は小さい。

「でも、ご主人様が外に行くのに、私だけ待つのは……少し、嫌です」


ミナミが空気を読んで視線を逸らし、ノアはメモを取るふりをした。

リナだけが真正面から聞いている。そういう人だ。


ユウトは一拍だけ考えてから言った。

「置いていくんじゃない。任せるんだよ」


サッちゃんが顔を上げる。


「ここが一番大事になる。

俺たちが外で動いてる時に、帰る場所が揺らいだら終わる。

だから、サッちゃんに任せたい」


言い終えてから、少しだけ照れる。

だが引っ込めない。引っ込めると、言葉は弱くなる。


サッちゃんの目が、ほんの少し揺れた。

嬉しいのに、不安がまだ残っている目だ。


「……任せる、ですか」

「うん。守れって命令じゃない。信頼して預ける」


プリズミア《信頼って、たまに“好き”より効くよね♡》

リナ「煽らないの」


サッちゃんは小さく息を吸って、背筋を伸ばした。

もう、さっきまでの“置いていかれる側”の顔じゃない。


「……了解です。屋敷、預かります」

それから、少しだけ間を置いて。

「ご主人様が、ちゃんと帰ってこられるように」


ユウトは頷いた。

「帰る。そこは任せろ」


そのやり取りだけで、部屋の温度が少し変わった。

戦時運用の会議なのに、ちゃんと“家”の話になった。




ミナミがフロスト・プレートを遮蔽袋ごと専用ケースに入れ、端子のない外部アンテナを接続した。

危ないのは“強く出す”こと。だから微ゼロ。


「完全遮蔽だと相手が“見失う”。見失うと、次はもっと乱暴な手を打ってくるからね」

リナが補足する。

「だから“見えてるふり”をする。見せたいものだけ見せる」


「……釣りだな」

「はい。釣りです。ですが“管理釣り堀”です」

ノアが真顔で言う。


プリズミア《管理釣り堀♡ かわいい言い方》

「かわいくありません」


ミナミが小さくスイッチを入れた。

電波は微弱。温度差も微弱。

“いる”だけの合図。


KAIN《観測:外部ホッピングの反応が増加。相手側センサーの照会と推定》

ユウトが低く言う。

「食いついた?」

ミナミが頷く。

「食いついた。……速いね。相手、近い」


空気が少し重くなる。

“春休み前の予兆”が、“春休みの案件”になっていく音がした。


ノアがすぐに言う。

「今日中に中継倉庫を特定します。明日、現地確認。

相手が動く前に、こちらが先に動く」


リナが頷く。

「同意。スケジュール確定。」


メグミが画面越しに言った。

「学校側の動きは私が押さえるから。変な噂が立つと、相手が混ぜやすい」

「助かる」




夜。

ユウトが廊下を歩くと、サッちゃんが玄関の近くに立っていた。


外を見ている。

見ているが、飛び出さない。

それだけで成長だと分かるのが、この家の少しおかしいところだった。


「……眠れないのか」

声を掛けると、サッちゃんは小さく首を振った。


「眠れます。たぶん。……でも、玄関、見ておきたくて」


玄関の向こうは静かだった。

静かすぎて、逆に何かが潜んでいる気配だけがする。


ユウトはサッちゃんの隣に立つ。

近すぎず、遠すぎず。

今日の二人には、その距離がちょうどいい。


サッちゃんがぽつりと言った。

「私、怖いです」


ユウトは少しだけ目を細める。

サッちゃんが“怖い”を言葉にするのは珍しい。


「敵が?」

「……それもあります。でも、もっと嫌なのは」


サッちゃんは言い淀んだ。

喉の奥で引っかかっていた本音を、無理やり引っぱり出すみたいに。


「ご主人様が、怪我するかもしれないことです」


言い切ってから、目を伏せる。

あの時のことを、まだ自分の中で終わらせていない顔だった。


「前に、ご主人様が傷ついた時……私、頭が真っ白になりました。

強くなるより先に、いなくなればいいって思いました」


ユウトは息を吐く。

想像していた。けれど、本人の口から聞くと重さが違う。


「……うん」

「でも、それ、違うって今は分かります。

分かるんですけど、怖いのは怖いです」


玄関の外は静かだ。

静かなまま、二人の声だけがそこに落ちる。


ユウトは少し考えてから、いつもの調子で、でも手を抜かずに言った。


「怖いなら、怖いままでいいよ」


サッちゃんが顔を上げた。

予想していなかった答えをもらった時の顔だ。


「無理に平気な顔しなくていい。

盛らない、ってそういうことだろ。

怖いなら怖い。嫌なら嫌。ちゃんと言っていい」


サッちゃんの目が、ゆっくりほどけていく。

強がらなくていい、と言われた顔だ。


「……ご主人様は、ずるいです」

「なんで」

「そういうこと言うと、安心しちゃいます」


ユウトは少しだけ笑った。

「安心してくれ。俺は帰る。

帰る場所を、サッちゃんに任せたんだから」


サッちゃんが息を呑む。

昼間に交わした言葉が、夜になってちゃんと効いてくる。


「……はい」

今度の頷きは、昼間よりずっと柔らかい。

命令じゃなく、預かったものを守る人の顔だった。


「ご主人様」

「ん?」


サッちゃんは、ほんの少し迷ってから言った。


「……向こうも、待ってるんですね」


その“向こう”が敵を指しているのか、運命みたいなものを指しているのか、あえて曖昧なままだった。


ユウトは玄関の向こうを見たまま答える。

「だろうな。……でも、待ってるのは向こうだけじゃない」


サッちゃんが目を丸くする。

ユウトはそこでやっと、サッちゃんの方を見た。


「こっちも待ってる。終わらせるために」


春のはずなのに、玄関前の空気は冷たかった。

でも、その冷たさの中で、二人の間にだけは小さく熱が残っていた。


その時、KAINの声が落ちる。


KAIN《観測:外部照会が一度停止。代わりに、駅前方向からの微弱反応を検知》

ノアが即座に反応する。

「……移動した。生活圏の外周です」


リナの声が、廊下の奥から静かに届く。

「来る。……でも、まだ“前夜”」


サッちゃんは玄関の外を見たまま、小さく息を吸った。

「はい。……待てます。今は」


ユウトは頷く。

「うん。今は、それでいい」


春休みが始まる。



【第39話・完】

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