サイドストーリー30 「豆まきオペレーション!鬼は外、予算はギリギリ」
「朝比奈くん、助けてくれぇぇぇぇ!!」
放課後の商店街入口。
いきなり土下座しているスーツ姿の男──町内会長・大崎会長が視界に飛び込んできた。
「……デジャヴかな?」
ユウトが眉をひそめると、横から顔を出したメグミが肩をすくめる。
「節分前だからね。イベントの匂いしかしないよね」
会長は顔を上げ、涙目で訴える。
「先日電話したけど、今年の節分イベントがピンチなんだ!人手も!鬼も!予算も!三重苦だぁ!!もちろん手伝ってくれるよね?」
「最後のやつは毎年でしょ」
とりあえずその日は話を持ち帰り、夜──朝比奈邸リビング。
KAIN《町内会・節分イベントの協力依頼。詳細、共有します》
ホログラムにタイムテーブルが映る。
子ども豆まき大会
商店街ステージ
ラスト鬼退治ショー
メグミ「つまり“いつものイベント+鬼役不在問題”ってことだね」
ユウト「で、そこでウチに話が来たと」
ソファにはユウト、メグミ、サッちゃん、リナ。
……そして、窓際のカーテンレールの上に、なぜか逆さにぶら下がってる影が一つ。
「……ノア、それ、どこからどう見ても不審者ポジよ」
リナが冷静に突っ込むと、その影はシュタッと着地した。
「……任務地観察中です。問題ありません」
黒い忍装束に近い私服、長身くのいち少女──ノア。
黒百合から派遣され、ダスクフロストの動向を探る名目で、いまは朝比奈邸に“居候兼護衛”として常駐している。
ユウト「なんでうちのリビング、最近“戦闘力の高い人口密度”が上がってんだ……」
サッちゃんはというと、目をキラキラさせて拳を握る。
「ご主人様っ! 地域貢献任務ですねっ!? もちろん全力協力ですっ!!」
リナ「ただし、屋敷の壁と予算が死なない範囲でね」
ノアは腕を組み、真剣な顔でKAINのホログラムを見上げる。
「“節分イベント”……。
豆を投げ、鬼を払う──この地の“魔除け儀式”」
「言い方が物騒なんだよな、いちいち」
KAIN《イベント成功により、商店街および朝比奈邸の“地域印象値”向上が期待されます》
ノアの目がきらりと光る。
「地域印象値上昇 → 情報協力者が増加 → ダスクフロストの情報網拡充……。
──戦略的メリット、大」
「なんか一人だけ軍略会議してない?」
こうして、朝比奈邸は今年も商店街イベントに駆り出されることになった。
翌日、商店街の元カラオケボックス会議室。
壁にはKAINのホログラムで進行表、ホワイトボードには「星ヶ丘商店街節分オペレーション」と太字で書かれている。
会長「いやぁ、今年は頼もしいメンバーが揃ったのぅ!
メイドさんが二人に、生徒会関係者に……そして、なんか黒い子!」
ノア「黒い子?」
メグミ「あ、ごめん会長、こちらノアさん。うちのクラスに“転校してきた”ってことになってるし、一応友だちだよ」
ノア「一応?」
ユウト「そこは気にしなくていい」
KAIN《本題です。鬼役の割り当てを決定する必要があります》
ホログラムに「候補者一覧」が出る。
サッちゃん
リナ
ノア
会長
メグミ「まず、大人向けの“ガチ鬼退治ショー”は……リナでいいよね」
会長「異論なし! あの子、鬼角つけたら絶対ラスボス!」
リナ「褒めてるのか、それは」メガネの奥は氷のようだ。
KAIN《問題は、子ども豆まき大会の鬼役です》
会長「子ども相手だからな。“怖すぎず、でもちゃんと鬼っぽく”という絶妙なラインが必要なのだ!」
サッちゃん「それなら、私が“全力全開の鬼”を──」
メグミ「ダメ。子どもが泣き止まなくなる未来しか見えない」
リナ「あなたは鬼を殴る側専門でしょ」
しばし沈黙。
全員の視線が、ある一点に集まった。
ノア「……なぜ、こちらを見る」
メグミ「いやぁ……ほら、さ」
ユウト「“見た目ちょっとコワそうだけど、実は不器用な善人枠鬼”って、子ども向けにちょうどよくない?」
リナ「演技に関しては、“台本通りやる”タイプだから、暴走もしづらいし」
KAIN《シミュレーション結果:
ノア鬼役 → 子どもからの“怖いけどちょっとカッコいい”評価が高い傾向》
ノア「なんだその屈辱的評価は」
メグミ「決まりだね。
──第一部・子ども豆まきの鬼は、ノアさん!」
会長「よし!ノアくん、君に“童鬼役”を任命する!」
ノア「その役職名はどこから来た」
ノアは腕を組み、しばらく沈思黙考したあと──
「……了解。
“節分防衛戦・第一戦線・鬼役”……拝命する」
サッちゃん「ノアちゃんっ、一緒にがんばりましょうねっ!」
ユウト「“防衛”じゃなくて“イベント”だからな?」
ついにイベント当日
星ヶ丘商店街は、提灯と豆のポスターで賑やかだ。
屋台の匂い、子どもたちの声。
いつもの見慣れた通りが、少しだけ非日常に染まっている。
ユウト「人多いな……転ばせるなよ、サッちゃん」
サッちゃん「任せてくださいっ! 足元安全確認完了ですっ!」
会長「よーし!まずは子ども豆まき大会からじゃあ!!」
KAIN《ノアの準備状況を確認します》
控室。
鏡の前に立つノアは、黒い忍装束の上から、急造の「鬼装備」を付けられていた。
手作りの角カチューシャ
柄が絶妙にダサい虎柄マント
そして子ども用ハリボテこん棒(安全仕様)
ノア「……この装備で、本当に威圧が出るのか」
メグミ「逆にいいんだって。“なんかダサかわいい鬼”って人気出るよ」
ユウト「まぁ、似合ってるっちゃ似合ってる。真顔だから余計ジワる」
ノア「ジワるとは、具体的にどういう……」
サッちゃんが、ノアのマントの裾をきゅっと直す。
「ノアちゃんっ。
鬼さんがんばってくださいっ! みんな、本気で豆投げますから!」
「脅しの言葉にしか聞こえない」
KAIN《予定時刻です。ノア、出撃を》
ノアは深呼吸ひとつ。
「──了解。
“鬼任務”…開始する」
「「「わぁぁぁぁぁ!!」」」
広場に出たノアを見て、子どもたちが一斉にどよめいた。
「な、なんか強そう!」「忍者?鬼?どっち?」
会長「みんなー!
あの“黒い鬼”は、今年この町を狙ってやって来た悪い鬼じゃ!」
ノア(小声)「設定が雑……」
ユウト(同じく小声)「会長の台本だからな……」
サッちゃんは子どもたちの後ろで豆袋を配りながら、満面の笑み。
「さぁみんなっ!
“鬼は外ー!”って、元気に投げましょうねっ!」
メグミ(マイクで実況)「鬼役ノアさん、緊張の面持ちです。
──というか、任務モードが抜けてません」
ノアは一歩前に出ると、低く宣言した。
「さぁ来い、人間の子どもたち。
その力、測らせてもらう──」
ユウト「セリフが完全にボス戦なんだよなぁ」
会長「では、節分・第一戦!
──豆まき開始ぃぃ!!」
「「「おにはーーそとーーー!!!」」」
ばらばらばらっ!!
豆が、一斉に鬼めがけて飛ぶ──
……はずだった。
ノア「……ふっ」
スッ。
シャッ。
トン。
豆が、当たらない。
ノアは一歩だけスライドし、身体をひねり、最小限の動きで豆をすべて避けていく。
ユウト「え、ちょ、普通に回避してるんだけど」
メグミ「ノアさんそれ、“ガチ戦闘モード”だよね!? イベント!!イベントだから!!」
ノアは真顔で答える。
「敵性投擲物。
反射的に避けてしまう……。これは習性だ」
子どもたちの声が上がる。
「当たらないー!」
「この鬼、つよい!」
会長「やべぇぞ……! “豆が当たらない鬼”は、絵面的によろしくない!」
サッちゃんが前線指揮モードに入る。
「みんなーっ! 狙いをよく定めて、鬼さんの真正面に投げるんですっ!」
ノアは一瞬、サッちゃんを見た。
(……これは、子どもの遊戯。
任務としては──“当たられてやる”のも、必要……?)
彼女の脳内で、黒百合時代の教えがフラッシュバックする。
《ノア。任務とは、“ただ勝つこと”じゃない。“何を守るか”で判断しろ》
(……今守るべきは、商店街……と、子どもたちの笑顔……)
ノアは、ほんの少しだけ息を吐き、構えを変えた。
「……よし。
さぁ来い、小さき戦士たち。今度は本気で投げろ」
「「「えいっ!!」」」
バチバチバチッ(豆が当たる音)
ノア「ぐっ……!」
わざと大袈裟に、膝をついてみせる。
子どもたち「やったー!!」「鬼がひざまずいた!」
メグミ(実況)「ここで“被弾判定を覚えた鬼”ノアさん、素晴らしい大人の対応です!」
ユウト「なんかしれっと“学習型鬼AI”みたいに言うな」
会長「よーし!とどめじゃ〜! もっと投げてやれぃ!!」
豆の雨は続く。
ノア「……っ。
この程度の痛み……黒百合の訓練に比べれば……!」
ユウト「いや比較対象間違えてるからな!?」
最終的に──
ノアは豆まみれになりながら、
ゆっくりと地面に“戦士のように”倒れ込んだ。
「……見事だ。今日は……お前たちの勝ちだ……」
子どもたち「わぁぁぁぁ!!」「鬼、やっつけたー!!」
サッちゃん「ノアちゃん! すっごくカッコよかったです!!」
ノアは寝転がったまま、ぼそっと呟いた。
「……豆、顔に当たると……普通に痛い」
ユウト「よく頑張ったな……」
第一部が無事(?)終了し、しばし休憩タイム。
商店街の一角では、ミナミが何やら機械をいじっている。
ミナミ「ふっふっふ……。“自動節分支援装置・オニバスターMk-II”、完成〜」
ユウト「嫌な名前しかないな」
ミナミ「ほら、豆をずっと手で投げると疲れるでしょ?
これなら、一定の角度と威力で、自動で豆をばらまけるんだよ」
プリズミア《ミナミ〜、推奨角度は22.5度ね。人間の身長的にベストコース☆》
ミナミ「サンクス、プリズミア!」
ノアは顔についた豆の粉を払いながら、その装置をじっと見た。
「……これは、“広域散弾機構”?」
ミナミ「表現が物騒!」
会長「よーし! 第二部の“一斉豆まき”は、そのオニバスターくんに任せようじゃないか!」
ユウトは慌てて止めようとする。
「会長、待った! テストしてから──」
ミナミ「発射ぁ!!」
《バシュウウウッ!!》
……飛んだ。
ものすごく綺麗な放物線で、想定以上のスピードで。
「ちょっ!? これ、威力高くない!?」
「うわっ、耳に入ったぁぁ!」
「眼鏡のレンズに当たった!意外と重い!!」
プリズミア《あ、重力加速度1.2倍で計算してたかも〜》
ユウト「なんで盛ったんだよ物理法則!!」
ノアは豆の弾幕の中で、さっきの第一部の教訓を捨てて全力回避に戻っていた。
「これは訓練ではない。実弾だ」
サッちゃん「ノアちゃん、動きがさっきの比じゃないっ!」
リナは遠くからそれを眺め、肩をすくめる。
「ほらね。“人の手”の方が、まだ安全って言ったでしょ」
夜。
提灯の灯りが映える商店街ステージ。
会長「さぁ! メインイベント、“ガチ鬼退治ショー”を始めるぞぉぉ!!」
ステージ奥の暗がりから、黒マントを翻して現れるのは──リナ鬼。
黒チャイナに赤い鬼角カチューシャ、長い脚線美。
そのビジュアルだけで、老若男女問わず「おぉ〜」と感嘆の声が上がる。
リナ「ごきげんよう、人間たち。
今日は、あなたたちの“豆の実力”を見に来たの」
メグミ(実況)「ラスボス感あるセリフありがとうございます」
サッちゃんは前に出て、豆カゴを両手に構える。
「みんなーっ!
今度は本気で“鬼さんをお外に”追い出しちゃいましょう!」
ステージ脇の陰。
そこには、さっきまで“鬼役”だったノアの姿がある。
ノア(小声)「……ふぅ。今度は“護衛任務”だな」
彼女は人混みの中に、ダスクフロストの影が紛れていないか目を走らせつつ──
同時に、さっき豆を投げていた子どもたちの顔を、静かに見ていた。
(……笑っている)
(……“豆を投げて鬼を退治した”という、ささやかな成功体験。
──こういうものが、この町の“強さ”か)
KAIN《ノア、周辺に不審な反応はありません》
ノア「了解。……今は、“豆”だけだな」
プリズミア《ノアってさ、戦闘モードじゃないときの方が、ちょっとだけ優しい顔してるよね〜》
ノア「……気のせいだ」
ステージでは、リナ鬼が豆に“わざと被弾”しつつ、華麗に舞っている。
リナ「やるじゃない……。今日は退散してあげるわ」
サッちゃん「やりましたっ! みんなのおかげですっ!!」
会長「史上最高の鬼退治ショーじゃあああ!!」
商店街に拍手が響く中──
ノアは、ほんの少しだけ、口元を緩めていた。
片付けも終わり、商店街はすっかり静かに。
帰り道。
坂道を歩くユウトたちの後ろで、ノアが一歩だけ遅れて歩いていた。
サッちゃん「ノアちゃん、豆だらけでしたけど大丈夫ですか?」
ノア「問題ない。多少の打撲は、訓練の範疇だ」
メグミ「でもさ、最後の方、めっちゃ“当たりに行って”たよね?」
ノアはほんの一瞬だけ黙り──
月を見上げた。
「……“鬼を倒した”と、あの子たちが思えるなら。
痛みぐらい、安いものだ」
ユウト「……なんか、今日一番“カッコいいセリフ”持ってったな?」
リナ「さすが真面目忍者ね。節分でもブレないわ」
プリズミア《“鬼ノアさん”、今後もイベント用に定期起用したいね〜》
ノア「やめろ。私は鬼ではない」
サッちゃんは、ニコニコしながらノアの袖をつまんだ。
「でもわたし、ノアちゃんの鬼、すごく好きでしたっ!
カッコよくて……ちょっと優しかったです!」
ノアは視線を逸らし、小さく咳払いする。
「……次回があれば、もう少し“怖くない顔”を研究しておく」
ユウト「いや、そこは“怖い”でいいんだよ鬼は」
笑い声が、坂道にこぼれる。
こうして、今年の節分も──
賑やかに終わったのだった。




