サイドストーリー3話 洗濯バトル──「洗濯機 vs メイド vs 柔軟剤」
日曜の朝。屋敷のランドリールームには、新品の大型ドラム式洗濯機が鎮座している。
ユウトは制服とタオルの山を抱え、控えめにため息をついた。つい昨日、サッちゃんが「家事も特訓!」と宣言して導入した最新モデルだが、彼女が触れるとなれば機械の寿命は不安しかない。
「ふふん、今日は“超速・超清潔”作戦ですっ!」
サッちゃんは威勢よく親指を立てると、スタートボタンを――拳で叩き込んだ。
パネルがめり込み、ピッという悲鳴めいた音が消える。
腕時計越しに響く KAIN の冷静な声が、ユウトの背筋を氷点下まで冷やした。
「指圧八百ニュートン検知。メーカー保証、失効確認――」
「ボタンはタッチ式だって言ったのに!」
ユウトの叫びもむなしく、洗濯槽は唸りを上げ、規定上限一二〇〇回転をあっさり突破。
遠心力で水しぶきが窓に花火のように散る。
「汚れは宇宙まで吹き飛ばします!」
サッちゃんは両拳を腰に当て、回転数アップを見守る。その姿は誇らしげだが、洗濯機の LED 表示は「ERROR×3」を赤く点滅させていた。
「回転数、危険域超過。脱線コースへ突入――」
KAIN の警告を BGM に、サッちゃんは次の工程に着手した。手提げタンク並みの五リットル柔軟剤ボトルを片手で掲げ、ロケットのように洗濯機へ投下。
柔軟剤は遠心力に弾き出され、フタを突き破って“フローラル弾道”を描きながら浴室の天井へ着弾――甘い香りがきらめくシャワーとなって降り注ぐ。
「柔軟剤が……飛んでる!?」
思わず見上げたユウトの制服は、たちまち花畑の香りと泡でぐっしょり。
KAIN が乾いた声でレポートを読み上げる。
「香り拡散半径三十メートル。近隣への謝罪文テンプレート送信完了」
やがてモーターの悲鳴が途切れ、洗濯機はガクンと動きを止めた。ドアを開けると、そこにはふわっふわのタオルと――繊維が千切れたユウトの制服の残骸。
「見てくださいっ! “ふんわりフローラル作戦”、大成功です!」
サッちゃんはタオルを高々と掲げてドヤ顔。彼女の足元には、柔軟剤の湖と泡の山。
ユウトはため息をつき、もはや原型を留めていない制服の切れ端を拾い上げた。
「僕の制服、どうしよう……」
「次の任務を提案。乾燥機の修理費十二万円が発生しました」
KAIN が無慈悲に追い打ちをかける。
「了解っ! 温風パンチでいきます!」
「やめてくれぇぇぇ!」
ユウトと KAIN の悲鳴がハーモニーを奏でた瞬間、サッちゃんは拳をぐるりと回し、壊れた乾燥機へ向かって威風堂々と歩み出す。――その背後で、洗濯機から最後のネジがコロリと外れ、床を転がった。
かくして屋敷のランドリールームは、再び修繕リストのトップ項目に返り咲くのだった。